理解できない存在

  • 2018年02月08日

人の好き好きは千差万別。
世間の皆様がお好きなモノでも、私にとっては理解できないといった存在が結構あります。

例えば栗ご飯。
あれ、美味しいですか?
私は栗とご飯は別々に楽しみたいです。
ご飯は美味しい。
栗も美味しい。
ご飯も栗も好きです。
ですが、一緒に食べようとは思わない。
栗の食感と、ご飯の食感は相容れないと私は思うのです。
別々に食べさせてくれと願ってしまう。
あれはやはり、栗とご飯を同時に口の中に入れるのが正しい食べ方なんですよね?
でもご飯の方が先に喉を通っていき、栗は結構長いこと口の中に残ってしまいます。
結局栗を食べたといった感触が残る。
だったら栗だけデザートとして食べさせていただきたい。
ご飯と一緒に炊き込む意味がわからない。
普通炊き込みご飯にする理由の一つとして、その具材の味がご飯にしみ込むからで、それによって味わいが深くなるためにするんですよね?
が、ご飯に栗の味わいはしみ込まない。
と私は思う。
それは繊細な舌をもっていないせいかも。
ご飯に栗の旨味がしみ込んでいるとは感じ取れない、鈍感な舌の持ち主でゴメン。

もう一つ以前から疑問に思っていたことがあります。
大学芋は私の中ではデザートとして扱いたいとの希望があるのですが、世間にはオカズとして受け止めている方が結構いらっしゃる。
本来甘味の強いサツマイモを、甘い砂糖でコーティングしている品な訳ですから、デザートでしょと私は思うのです。
が、お弁当の中にオカズ然として入っていたりする。
オカズ然とはどういうことかというと、その大学芋が置いてある場所が、中央付近だったりするのです。
お弁当の配置を見れば、どれが主役なのか、どれがいぶし銀の脇役なのかわかります。
私の感覚では大学芋はデザートなので、隅にいて欲しい。
なのに脇役の位置にいたりするんですね、こいつは。
で、隅を見るとフルーツや甘いものがいて、ほら、やっぱりと思うわけです。
料金とスペースからいって、デザートが2つというのは考え難い状況を見れば、そのお弁当の製作者は、大学芋をデザートだと思っていないことは明らか。
なんだかなぁと思うのです。

そういうお弁当と出合った場合、私は大学芋を甘やかしません。
お前は中央にいてオカズ気取りだが、本当はデザートなのだよと教えてあげなければいけない。
なので、最後の最後に食べる。
私の大学芋への考え方と食べ方は変なのでしょうか?


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