仕事場にやって来た編集者が、「恋愛小説を、ぜひ」と言いました。
なにかの間違いではないかと思い、「もう一度、言っていただけますか?」と尋ね返してしまいました。
「少年ものを」「ジジイものを」「働く女性が活躍する小説を」といったオファーはよくいただきます。
ですが、「恋愛小説を」と言われたのは、初めての経験でした。
どうしようと、途方に暮れている私を見かねたのか、編集者は「広い意味での恋愛で、いいですから」と譲歩案を提示してくれました。
広くても狭くても、「恋愛」がとてもやっかいなテーマだということに、かわりはありません。
これは困ったと、腕を組むばかりです。
少し時間をいただくことにしました。
半年後に編集者が再び仕事場にやって来た時、恐る恐る、「恋愛の神様がいるってことにしてもらえないでしょうか?」と口にしました。
賭けでした。
「そんなもの、あり得ません」と言われたら、小石でも蹴って拗ねるぐらいしか道はありません。
もし、編集者が「それは面白そうですね」と言ってくれたら、ガッツポーズです。
どっちだろうと、顔色を窺っていると――。
「面白そうじゃないですか」とのコメントが。
良かったと、思わず胸を撫で下ろしました。
実は、代案を用意していませんでした。
もし、この案が通っていなかったら……「恋愛」という名前のペットを飼う人の話にでもして、お茶を濁していたような気がします。