スタジオで

  • 2019年05月23日

友人A子からメールが。
明日写真スタジオで撮影するので、今日はその準備としてエステに行って来たと書いてある。
「写真スタジオで撮影って?」と疑問を書いて返信。
ブログやSNSで使用するプロフィール用の写真を、スタジオで撮影して貰うのだという。
「シミやクマを消すなどの修正はしてくれるのだけれど、一応エステに行っておいた方がいいと思って」と言ってきた。

突っ込みどころがたくさんあって、どこから攻めたらいいのかがわからない。

まずブログやSNSで使用するプロフィール写真は、そんなに重要なのかと私は尋ねる。
すると「当たり前だ」との回答が。
全世界に自分の顔写真が発信されるのであるからには、これぐらいでいいかなといった出来の写真を使用したら、一生後悔する。
100%納得できる自分の顔写真を用意し、それを掲載したいと宣う。

次にスタジオで撮影するとなるとお金が掛かるわけですが、その出費を後悔しないぐらいの仕上がりなのかと質問。
プロの力というのは凄くて、素人とは仕上がりは全然違うのだという。
オプションのヘアメイクも頼むそうで、プロたちの力の結集によって、大満足の1枚となるらしい。

素人とプロの違いというのは、私も体感したことがあります。
取材の種類によっては、ヘアメイクさんが付くことがあり、それをプロのカメラマンが撮影してくれます。
こうした時にはそのテクニックを1つでも学ぼうと、ヘアメイクさんの手元を凝視するのですが、普段私がやっていることとそう変わらない。
なのに、出来上がった顔を見ると・・・どちら様でしょうと、鏡の中の自分に問い掛けてしまいそうなぐらいの別人になっている。
そしてカメラマンの前に。
「右の肩を少し後ろに引いてください」「顔はこっちに」「目だけこっち」などと、細かい指示がカメラマンから出る。
私はただ言われた通りにする。
こんな不自然な体勢を取ったことは、生まれてから一度もありませんと思っていても言葉にはしない。
大人しく指示に従う。
そうして撮影された画像を見せて貰うと・・・本来の私とは違う生き物が写っている。
そしてプロってすげぇなと思うのです。

問題はヘアメイクさんが付かない時との差。
ヘアメイクさんが付くのが特殊で、多くの場合は自分で行い、それをプロのカメラマンが撮影。
カメラマンの腕によって、普段の私より充分マシにはなっているのですが、ヘアメイクがセルフだと限界が。
これによって私の写真には、2種類のものが存在することに。
が、それをいったい誰が気にするのかと考えると・・・私だけでしょう。
であるならば、私さえ忘れてしまえばそれでいいんだと、この論法で着地するようにしています。

1週間ほどしてA子のブログを覗いてみたら・・・じっと見続けた後で、えっと、多分、A子かな? となんとか確認できるぐらいのプロフィール写真でした。
やっぱりプロってすっげぇ。

専門雑誌

  • 2019年05月20日

専門雑誌が大好きです。
全体としては雑誌の刊行部数は減っていると聞いていますが、そんな時代にあって頑張っている専門雑誌は結構あります。

その魅力に嵌ったのは小説の執筆のため。
登場人物の仕事や趣味に設定した世界を勉強するため、その専門雑誌を購入したのがきっかけでした。

専門雑誌の内容は・・・どれも濃いし熱い。
そこが今、沸騰しているところなんだぁとか、そこが壁なのかぁとか、様々なことを窺い知れて面白い。

こうした専門雑誌は、全ページを隅々まで読み込みます。
記事だけでなく広告ページも楽しいからです。

飲食店経営者向けの専門雑誌の広告では「今日入ったパートさんでも扱える」とのキャッチコピー付きで加工機械が紹介されていました。
盆栽の専門雑誌では「サツキに最適な土はこれに決まり」と言い切るキャッチコピーが。
読者の姿がはっきりと見えているからこその広告ページが多いのが特徴。
門外漢からするとそれらすべてが新鮮で楽しい。
鳥、鉄道、サイクリング、写真、犬、受験・・・様々な専門雑誌が未知の世界を教えてくれました。

ボウリングの専門雑誌では「誰か〇〇を止めてくれ」といった記事を発見。
同じページには西洋人に見える女性の写真が掲載されていますし、〇〇のところには女性っぽい名前が入っているので、その人のことを差している様子。
その写真は太腿ぐらいの太さをした二の腕で、ボウルを後ろに振り上げている瞬間のもの。
真剣で闘志を前面に出しているその姿は、ちょっと怖いぐらい。
記事を読まなくても、その人がぶっちぎりで勝ち続けているんだろうなというのが推察される。

こういうその世界におけるスーパーヒロイン、ヒーローを知るのも、専門雑誌の楽しみの一つです。
記事を読むと想像通りいくつもの大会で、考えられないぐらいの高得点で優勝し続けている模様。
完璧なフォームから繰り出されたボウルが、ストライクを積み重ねて優勝をもぎ取っていくらしい。
記事の最後に置かれた写真を見ると、表彰式の時のものなのか、ぶっちぎりヒロインが笑顔でトロフィーを掲げている。
幼子を泣かせるぐらいの迫力があった投球写真とは打って変わって、穏やかな笑みを浮かべている。
こうしたギャップっていいですよね。

私が大好きな専門雑誌もWEB化の傾向に。
未だに紙派の私としては、WEB化は致し方ないにしても、紙の形態も残して欲しいと思っているのですが。

自動運転

  • 2019年05月16日

昔、どんな車に乗っているかが、女性からのモテ度を左右するといった時代がありました。

「〇〇ちゃんの彼は、△△(車種)に乗ってるんだよー」「えー、すごーい」
といった会話が成立するほど、彼がどんな車に乗っているかが大事な要素だった時代です。

当時の自分を振り返ってみると、友人らに自慢できるような車の助手席に座って、ドライブを楽しんだ・・・なんて記憶はまったくない。

私が運転免許を取ったのは30歳の頃。
彼が運転する車の助手席に座って、という希望を捨てたんでしょうかね。
自分で稼いで買った車を、自ら運転するといった方向へ意識が変化したようです。

フリーライター時代には車で取材先に行くこともあり、オトボケな伝説を各地に残していました。
ところが小説を書くようになると、車で移動する機会が激減。
取材先に伺うといった時も、電車の方が時間を読めて便利。
そうなると駐車場代や車の維持費なんかが勿体ない気がして、手放すことに。
一度車のない生活をしてしまうと、なくても全然不便じゃないと気付き、もう一度という気にはなりませんでした。
そして最後に運転したのがいつだか思い出せないぐらいの、月日が流れました。
一応免許の更新は続けていますが、今、運転できる気は全然しません。

今後再び運転席に座ろうかなと思う日が来るとしたら、それは自動運転の進化が完璧なところに到達した時でしょうか。
初めて自動車の自動運転の開発が進んでいると聞いた時は「そんなまた」と、遣り過ごしましたが、進化は着実に進んでいるようですし。

初めてゆりかもめ線に乗った時の衝撃を、今でもはっきりと覚えています。
取材先が指定してきたのが、ゆりかもめ線のある駅前に建つ本社ビルでした。
なんの知識もなくひょいと乗車。
たまたま一両目の最前列に座る。
線路が高い位置にあり見晴らしがいい。
窓から見える景色に「おお」と感動。
景色を堪能した後でようやく気付く。
このようになんの遮蔽物もなく景色を見られるのは、運転席がないからだという事実に。
ないよ。運転席が。
もしかして最後車両だった? と振り返った時に、ドアが閉まるとアナウンス。
そして前方に動き出す。
運転手がいないのに走り出している。
思わず座席の手摺りを摑む。
自動運転なんだと理解したものの、不安は減らない。
運転手がいないというのに、動揺しているのは私だけ。
他の乗客は落ち着いている。

「ちょっとスピードが速過ぎるんじゃないですかね」と言いたいぐらいの速度で電車は走行。やがて減速。
そしてホームに滑らかに停車。
ドアが開いた時、思わず呟いたのは「すげぇ」という言葉でした。

私が知らない間に乗り物は進化を遂げていると、気付いた日でした。
こんな風に、ある日自動運転の車の運転席におっかなびっくり座り、「すげぇ」と呟く日も近いのかもしれませんね。

オリンピックのチケットを

  • 2019年05月13日

東京オリンピックのチケットの申し込みは出来ましたか?
私はなんとか済ませることが出来ました。
申し込みのサイトでは混雑が予想され、すんなりと申し込めるとは思っていませんでした。
しかしそんなことは、運営者側だって百も承知なはずで、なんらかの対応策が講じられているはずと思っていたのですが・・・。

申し込み開始の初日は恐らくとんでもなく混むと思ったので、逸る気持ちを抑えて我慢。
二日目にサイトにアクセス。
すると列に並んで待ってくれといった指示が。
待っている間は、そのページをずっと開いておくようにと書かれている。
その予想待ち時間は2時間。
パソコン画面の端にそのページを出しておき、それをチラチラ見ながら、執筆。
執筆に集中できるはずもない。
そして残り5分となったところでトイレに行き、心と身体のスタンバイを完了させ、歩き続けるイラストをじっと見つめる。
ほわぁんという気の抜けたような音がした後で、画面が変わる。
サイトにアクセス出来た模様。
チケット申し込みと書かれた場所をクリックすると・・・また待ちの画面になり、列に並んでくれと言ってくる。
今度はおよそ1時間だという。
準備してしまった心と身体を持て余す。

まぁ、なんらかの制限をしないと、全員がアクセス出来ないといった事態になりかねないので、こうした防御策も致し方ないんでしょうね。

1時間後にやっと申し込みのページに入れたので、すでに決めていた競技のチケットをカートに入れていく。
そして合計金額の欄を見てちょっと動揺する。
払えるのか? 多分、払うことは出来る。
少し減らす?
いやいや。オリンピックの自国開催などもう二度とない。
これぐらいの贅沢をしたって罰は当たらない。
仕事、頑張ろう。
と、考えたところで気が付く。
申し込んだチケットが全部当たるつもりでいることに。
そんな幸運が舞い込むとことはないでしょう。
毎週買っているミニロトだって、一度も当たったことがないのですから。

例え競技会場で応援は出来なくても、テレビ観戦で楽しむとしましょう。
競技によってはテレビの方が、わかり易いものもあるし。
と、今から当たらなかった時に、自分に言い聞かせる言葉を呟いてみるのでした。


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