怒りの声
- 2014年03月13日
それは、日曜の午後でした。
近所にちょっとした用事があり、家を出ると、女性の怒声が聞こえてきました。
進行方向に、七十歳を超えていると思われる女性が、「それは違う。それは違うよ」と大声で言っています。
週末の自宅近くは大変静かで、そのせいで、女性の声はそこら中に響き渡っていました。
女性が怒りをぶつけている相手は・・・こちらも七十歳を超えていると思しき男性。
夫婦でしょうか。
この男性は、そんな風に怒りをぶつけられることに慣れているような風情で、反論もせず、その女性に目を向けることもなく、ただ歩き続けています。
男性は前方を見据え、無表情。
そこには、困ったり、不快そうだったりといった表情さえありません。
まるで女性が存在していないかのような態度。
隣の女性は、大声でなにかについて怒りながら、身体を男性に向けているので、横歩き状態。
女性のその様子からは、男性に立ち止まり、自分の話を聞いて欲しいように思われましたが、男性の足が止まる気配はありません。
急ぐでもなく、女性の速度に合わせるでもなく、マイペースで歩き続けています。
夫婦だとして、年齢から推測すれば、長く苦楽を共にした二人のはず。
イメージ的には、互いに嫌いなところはあっても、長年一緒に時を過ごしていくなかで、諦めとか、許容するとか、理解するとかいった気持ちに達し、いい塩梅に熟成されていくのが老夫婦と思っていました。
ところが、ところが。
件の二人を見る限り、二十代のカップルと変わらない。
それが、やけに新鮮に感じられました。
いったいぜんたい、なにがあなたをそれだけ怒らせているのだろうかと、耳を欹ててみましたが、二人の背後にいた私には、単語しか入ってきません。
そこで、二人を追い越し、前に回り込むことに。
早足で、耳に全神経を集中させて二人の横を通過し、前に到達。
と、二人は突然、進路を右に取り、私とは違う方向へと進んでしまいました。
結局、二人の横を通過した前後の短い間しか、女性の声を聞きとることはできませんでした。
そこで拾えたのは「仮に○○さんが、そうだったとしてみなさいよ」という言葉だけ。
これじゃあ、どういった類の話なのか、皆目見当が付きません。
二人のそれからが気になってしょうがないので、こんな激しい感情をぶつけ合う老夫婦の物語でも書いてみようかと、そんな気になってきました。