蒸す

  • 2012年03月26日

突然、「蒸す」という行為を、どうしてもしたくなる時があります。
なぜでしょうか?
まったくもって、わかりません。
深く考えても、しょうがないので、前世で、蒸し料理人だったんだろうというあたりで、手を打っています。

が、蒸し器をもっていません。
そこで、「蒸したい」という欲望を抑えきれない時には、深めの鍋に、丼などの高さのある食器を重ね、最上部に皿と食材をのせます。水を入れ、蓋をして、「どうだ。工夫して、蒸してるぜ」と満足感を得ています。

もういい加減、蒸し器を買ったらどうなんだろう。
と、ようやく思い至り、ネットで探してみることに。
オーソドックスな蒸し器を探していたのですが、なんと、シリコン製のタジン鍋なるものを発見。
これだと、レンジで簡単に蒸し料理ができると謳っています。
これよ、これ。
こういうものが欲しかったのよと、早速購入。
で、届いたのが、これ。

同封されていたレシピ冊子の中にあった、レシピ通りに、野菜を蒸して、サラダを作ってみました。
ふっくらと蒸せて、満足、満足。
蓋の部分は、押し潰せるので、収納スペースを取らないというのも、お利口さんです。
押し潰した時が、こんな感じです。

と、ここで、餃子に挑戦しようと思い立ちました。
小さい頃、我が家では、餃子といえば、蒸し餃子でした。
たま~に、母が焼き餃子に挑戦することもあったのですが、当時はフライパンにテフロン加工なんてありませんでしたから、上手に焼かないと、皮がフライパンにひっついてしまいます。残念ながら、母は料理上手ではなく、餃子の皮は、フライパンに全部、もっていかれてしまうのです。テーブルに出された餃子は、すべて、底にぽっかりと穴が開き、中の具が見えている状態でした。娘の私からの大ブーイングに、「フライパンが」と言い訳をする母。そんな母に私は「できないことに挑戦しないでくれ。お願いだから、蒸してくれ」と懇願。
以後、我が家では、焼き餃子は封印されてきました。
一人暮らしを始めた私が、焼き餃子に初挑戦したのは、随分と前のことです。
テフロン加工のフライパンを使用したにもかかわらず、母が作った焼き餃子と同じ状態に。
不思議です。
テフロン加工って、そもそも、なに?
と、首を捻るばかりです。
そして、気が付きました。
不器用なのは、母譲りだということを。
私は天に向かってツバを吐いていたのですね。
そして、もう、餃子は二度と焼かないと、心に決めました。
以降、餃子は、工夫を重ねたオリジナルの蒸し方で調理してきました。
ですが、この蒸し方だと、深い鍋、重ねた食器などなど、洗い物が多くって、片付けが面倒でした。
もし、このシリコン製のタジン鍋で、餃子が蒸せたら、この上ない幸せ。
今一度、レシピ冊子に目を通してみましたが、蒸し餃子については書かれていませんでした。
やってみるしかないようです。
そこで、蒸し餃子に挑戦。

ところが・・・大失敗。
餃子の上のところにある、ひだひだの部分が、がっちがちに硬くなってしまい、とても食べられる状態ではありませんでした。
ひだひだ――難敵です。
懲りもせず、もう一度、別の会社の餃子でトライしてみましたが、やはり同じ結果になりました。
結局、蒸し餃子の時は、今まで通りの、鍋と食器を重ねる作戦で戦うしかないと、わかりました。
なんか・・・残念です。

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