最寄り駅から自宅へと向かっている時でした。
角を曲がり、小さな飲食店が並ぶ狭い道に入ったところ、タクシーが立ち往生していました。
そこの通りは、車1台がぎりぎり通れるぐらいの道幅。
が、その先は、行き止まり。
間違えて入ってきちゃったんでしょうね。
100メートルほどバックして、大通りに出るしかありません。
タクシーはちょっとずつ、ちょっとずつ、バックしていきます。
そのタクシーのせいで、歩行者は足止めを食っており、気が付けば、タクシーを取り囲むように、人がどんどん増えていました。
タクシーの運転手にとっては、物凄い、プレッシャーとなっていること、間違いなし。
それじゃなくても、入っちゃいけないところに入ってしまって、こっぱずかしいところへもってきて、早くバックしろよという顔をした歩行者たちに取り囲まれているんですから。
もし、私だったら・・・。
間違いなく、車を降りて、「運転の上手い方、いらっしゃいましたら、変わっていただけないでしょうか?」と声を上げていますね。
やったこと、あるんです。
契約していた駐車場近くのこと。
下水工事をしていて、車道は半分ほどが塞がれていました。
マズい。
と運転席の私は思いましたが、工事関係者らしき男性は赤い棒を振り回し、行けると合図してきます。
ムリ。絶対、ムリ。
と、早々に判断した私は、車を降り、訴えました。
「あなたは通れると判断されているようですが、私は運転が下手で、この幅に車を通すことは無理だと思います。とはいっても、通らないわけにはいかないので、恐れ入りますが、運転を変わっていただけないでしょうか? あそこが、駐車場で、あそこに停めたいんです」と。
えっ?
という顔をしていましたね、その男性は。
それでもしつこく訴え続けていたら、なにかを決意するかのように「わかりました」と言ってくれました。
そして、運転席に座ると、ゆっくりと狭い車道を進んでいきました。
と、工事作業の音がぴたっと止んでいることに気が付きました。
作業をしていた5人のスタッフたち全員が、機械を止め、きょとんとした顔で、私の車を運転する仲間を、目で追っていたのです。
駐車場にぴたっと停めて、降りてきた男性に、私は深々とお辞儀をし、何度もお礼を言いました。
あっ、いえ。
と言葉少なに、仲間の元に戻る男性。
その男性を迎えた仲間たちの口が、「お前、なにしてんの?」と言っているように見えました。
さらに、事情を聞いたらしい人の口元が「マジで?」と言っているようにも見えたのは、気のせいではなかったように思います。
無理と思ったら、事情を説明し、代わりにやってもらう。
結果、何度もの危機を、助けていただきました。
助けてくださった方々に、深く感謝しております。
中学生になると、母が言いました。
働け、と。
母のモットーは、「働かざる者、食うべからず」でした。
学校で禁止されていると、私は訴えましたが、そんなものはバレなきゃいいんだと反論されました。
日頃、学校の規則遵守には煩い母が、バイトをすることに関してだけは、規則を破れと促してくるのです。
が、中学生を雇ってくれるところなど、そうそう、あるもんじゃありません。
働き口が見つかったらね、ぐらいに考えていた私は、そのままにしていました。
すると、業を煮やしたんでしょう。
母が、○○スーパーで、いろんな職種の求人票があったから、面接に行って来いと言います。
まだ、素直だった私は、言われた通り、そのスーパーの人事課へ。
セーラー服姿の私を見た、担当者が「高校生?」と聞いてきたので、「中学生です」と答えると、「うちは、高校生からなのよぉ。高校生になってから来てね」と言われてしまいました。
そう母に告げると、実に残念そうな顔をしていましたっけ。
これで、バイトをするということは、私の頭から消え去りました。
が、母は忘れていなかった。
高校生になると、「より取り見取りじゃないか」と言い出しました。
なんのことかと思っていたら、高校生なら、いくらでも働き口があるぞ、という意味のようでした。
毎日のように、どこでバイトをするのだと聞かれ、そのプレッシャーに耐えられなくなってきた私が、本気で、どこか探さないと、マズそうだと気付き始めた頃のこと。
痺れを切らした母が、先に動きました。
駅前のパン屋でバイト募集の情報をゲットしてきたのです。
募集のチラシに「高校生可」と書いてあったと、嬉しそうに報告してきます。
これを拒否したら、母からどんな嫌がらせを受けるだろうかと考えると、空恐ろしく、面接に行くことに。
採用してもらい、ドジでマヌケな高校生のバイトが1人、誕生しました。
そのバイト先では、様々な年齢の人たちがいて、いろんな思惑があったり、複雑な人間関係もあったりもして、それまで、ぽわわんと生きていた私には、大層刺激的でした。
世の中というものを最初に教えてくれたのは、学校ではなく、このバイト先だったように思います。
私の小説では、ほとんどの登場人物が働いています。
それは、自分では無自覚で、ある取材の時に、そう指摘されて、気付いたのですが。
人が成長できるのは、働いている中で。
そう思っているせいかもしれません。
高校生のパン屋から始まった、私の職場は、その後色々変わっていきましたが、どこでも、たくさんのことを教わりました。
働くって、人の営みの中で、とても大切な行為のように思います。
あなたにとって、働くことには、どんな意味がありますか?
原稿はキーボードを叩いて、書いていきます。
このほかに、手書きで行う作業もあります。
「ゲラにアカを入れる」と呼ぶ行為の時です。
印刷所から上がってきた原稿を、再度読み直し、ここはやっぱり変えたいと思った時には、赤色のペンで、修正内容を手書きし、印刷所の担当者にどう直すかを伝えることを、「ゲラにアカを入れる」と言います。
こういった時、まず、1回原稿を読んでいくのですが、その際には、鉛筆で、ちょこちょこと紙の余白に修正内容を書いておきます。
読み終えたら、再度読み直していくのですが、この時、印刷されている文章と、変えようと考えた自分の鉛筆の文字を比べ、どちらがいいか、それともまったく別の文章に変えるかといったことを考えます。
よし、これで。
と、決めたら、赤色のボールペンで正式に修正内容を書いていきます。
次に、書いてあった鉛筆の文字を消します。
印刷所の人が、どっちが本当の修正指示か、わからなくならないよう、消し去っておかなくてはいけないからです。
で、消しゴムでもって、ごしごしとやります。
あっちも、こっちも消して、ごしごしとやりますと、当然、結構な量のカスが出ます。
これを、手ではらうのですが、指には脂があるんですね。
紙に、はらった時の指の跡が残ってしまったりします。
私の指が脂性なのかもしれませんが。
神経質なほうではないのですが、この「ゲラを汚くする」という行為はどうにも、許せんのです。
そこで、なにかよい方法はないだろうかと考えた末、脂っぽい手でカスをはらうから、跡が残るのであって、手を使わなければよいのではないかとの結論に辿り着きました。
それで、購入したのが、羽ぼうきです。
ネットで購入し、届いた封筒を開けた途端、獣の臭いがした時には、失敗したのではと思いましたが、やがて、鼻が慣れたのか、臭いが薄れたのか、気にならなくなりました。
この羽で、ゲラの上の消しゴムのカスをはらうと、指の脂が紙に残らず、すっきりした気分で作業を進めることができます。
と、ここまでだと、とてもゲラを大切にしている人で、終わる話なのですが・・・。
気持ちはあっても、ドジを治すことはできず、でして。
コーヒーの染みを付けてしまったり、顔を掻いた後で触ったせいか、ファンデーション色の指紋をくっきりと付けてしまったりと、印刷所の方が顔を顰めそうなことも、しょっちゅうしでかしています。
ここ最近使っている化粧品に、新シリーズが出たそうで。
その化粧品を、私はネットで購入しているのですが、そのサイトに行った途端、このメーカーが、この新シリーズにどれだけ力を入れているかがわかるほどの、目一杯のアピールページになっていました。
ちょっと説明を読んでみると、その新シリーズは、画期的で素晴らしいもののようで、肌の拡大図や、化学式のようなものが並び、ホワイトニングという言葉がたくさん出てきます。
それまで、そこのメーカーの化粧品で、肌の調子に問題はなく、注文すると2日後には届くスピード感も気に入っていたので、これからも使い続けるつもりでした。
が、新シリーズにする必要性も、特段感じられず、そのまま従来品を注文することにしました。
届いた箱の中には、これまた、新シリーズがどれだけ素晴らしいかを謳ったチラシが大量に入っていました。
わかった。この新シリーズ、売りたいのね。でも、私はこれまでので、いいから。
と、我が道を行くつもりでした。
が、この新シリーズPR大作戦の量が凄くて、そのうちに、そんだけ言うのであれば、新シリーズにしてみようかという気持ちに変化していきました。
ホワイトニング効果はいらない、というわけでもありませんしね。
値段も従来品とほとんど変わらないですし。
で、新シリーズの方を注文することに。
化粧品、乳液、クリームの3種類を新シリーズに切り替えて、使い始めると・・・。
ぽつぽつと吹き出物ができはじめ、あれっと思っているうちに、悲惨な肌荒れ状態に。
今までの人生で、これほどまでに肌の状態が悪いことはなかったというぐらい。
元々、肌が弱いので、化粧品を切り替える時は、試供品などで、合うかどうかを見極めてからにしていたのですが、今回は、それまで使っていた品のシリーズということで、大丈夫だろうと高を括ってしまったのです。
すぐに、従来の品を注文し、使ってみると、2日ほどで、肌荒れはなくなりました。
新シリーズに入っているなにが、私の肌と合わなかったのかはわかりませんが、こういうこともあるんですね。
同じメーカーから出されている化粧品だからといって、すべての品が自分に合うとは限らないのだと、身を以て知りました。
ほんのちょっとしか使わなかった新シリーズの化粧品を、ゴミ箱に捨てる時、はぁとため息がもれたのは、なんとも残念な、もったいない気持ちになったから。
これからは、必ず試供品で試してからにしようと、心に誓ったのでした。