ヘアブラシの

  • 2015年05月25日

ヘアブラシのピンの間にたまる埃をなんとかしたい。
が、私がもっているヘアブラシは台座が木製で、丸洗いできない。
そこでブラシクリーナーなるものを購入し、ピンの間にたまった埃や髪の毛などを掻き出してきました。
が、メンドー。
物臭な私はやはり、丸洗いできるヘアブラシを買うべきと今頃気が付き、ネットで検索。

と、電動ヘアブラシなる単語を発見。
「電動」と聞き、腰を抜かしそうなほど驚きました。
いつのまに世の中はそんなことになっていたんだと、びっくりしたのです。
てっきり頭の上にヘアブラシを置いたら、自動で毛先までスルスルと滑り降りながら髪を梳かし、再び自動で頭頂まで移動し、ちょっと横にズレてから再びスルスルと毛先まで滑り降りるようなものかと思ったからなんですね。
お掃除ロボットのような感じです。
が、違った。
商品説明文を読んでみると・・・音波振動で髪の絡まりをほぐし、サラツヤ髪に導くとあります。
どうやら自分の手を動かして髪を梳かなくてはいけないようです。
電動歯ブラシのように、ヘアブラシ本体が振動する模様。
それにしても「導く」という単語を、商品説明文で見かけたのは初めてかもしれません。
導かれた後どこへ辿り着くのでしょうか。
まだ見ぬ世界に誘われるようで、胸は期待感でいっぱいに。
heaburasi
期待感を抑えることは到底できず、電動ヘアブラシを購入。
数日後に届いた品を開封してみると・・・外観はいたってフツー。
で、ピンが1本抜けていた。
HPの商品掲載ページにレビュー欄があり、買って開封したらピンが数本抜けていたといった文章をいくつも見ていましたが、自分のもそうであるとは。
商品に対する期待感がみるみる減っていきます。
が、気を取り直して説明書きにある通りに電池を2個入れて、スイッチオン。
と、ブーンという鈍い音が。
手を載せてみると、小刻みに震えているのがわかります。
で、ゆっくり髪を梳かしてみる。
ん?
もう一度。
んん?
抵抗感が低すぎる。
じっとブラシを見つめれば、ピンとピンの間がメッチャ開いている。
なので、髪がピンとピンの間を通り抜ける時抵抗を感じず、するっと毛先まで通ってしまう。
いいのか、これで?
髪の絡まりをほぐしと説明文にはありましたが、絡まりを避けて通過しているから、引っ掛かりを感じないのでは? と思うのです。
が、何事も焦って結論を出してはいけない。
しばらく使っているうちに髪の変化を感じるようになるかもしれない・・・と、大人な考察をしてしばらく様子を見ることに。
ということで、早く導かれたいとの思いを胸に、毎日電動ヘアブラシでブラッシング中。

ふと思うのは、当初私が探していたのは、丸洗いできるヘアブラシだったという事実とどう向き合えばいいのかということ。
電動ヘアブラシは丸洗いできません。
ただ、ピンとピンの間が人差し指が通るほど開いているので、指ですうっと簡単に埃を取れるかもしれません。
そんな小さな希望に目を向けたりでもしなけりゃ、やってられませんって。

会議で

  • 2015年05月21日

会社員時代浮かんだ疑問を口に出していい時と、いけない時があると知りました。

当時勤務していたのは靴のメーカー。
月末になると営業部のスタッフたちの顔色が険しくなりました。
私がぶらっと営業部のあるフロアに下りていくと、その殺気立った気配に「なんだ、なにがあった?」ときょろきょろしたもんでした。

なんでも大抵の取り引き先の支払いは、27日から31日までの数日に集中しているとか。
大方のスタッフが目標額に到達していないので、慌てて取り引き先を周り注文を取ろうとする。
このため月末になると、営業部には切羽詰まった感が漂うとのこと。

そう耳にした私は、各部署のスタッフが出席する会議で頭に浮かんだ疑問をぶつけました。
「会社の売り上げを考える時の締日を、月末じゃなく15日とかにするのはダメなんですか?」と。
数日で売上を挽回するのは難しいだろうが、もう少し時間的余裕があれば、計画的な営業活動をしやすくなるのではとの考えでした。
eigyouseiseki
たちまち部屋に溢れていく気まずさを、今でもはっきりと覚えています。
反対意見は出ず、だからといって賛同も得られず、そうかといって無視はできない類の質問だったのか、室内にはただ密度の濃い空気が充満していく。
その時、昼休憩開始を知らせるチャイムが鳴りました。
その場にいた全員がほっとしたような顔をしたのも、鮮明に記憶しています。
自分の持ち物を手にどんどん部屋を出て行く皆を見送りながら「マズいことを言いましたか、私?」と隣の上司に小声で尋ねると、「マズいことじゃなかったから、困ったんだろう」とのコメント。
ランチを終えて、午後1時から会議は再開されました。
が、淡々と売上や業務の報告が続くばかり。
どうやら午前中の私の質問はなかったことにするつもりのようでした。

私の意見を採用しない、一考する価値もないと判断したのは誰だったのか、またその理由も不明です。
それから5年後、私がその会社を辞めるまで会社の締日は月末のままでした。
月末になると営業スタッフが青い顔をするのも。

会社という組織の中では、慣例を変えるにはとてつもなく大きな勇気が必要だと学んだ一件でした。
あなたの会社はどうですか?

映画「椿姫ができるまで」

  • 2015年05月18日

最近観た映画で面白かったもののご紹介。

まずは「椿姫ができるまで」。
ヴェルディのオペラ「椿姫」が上演されるまでを追ったドキュメンタリーです。
こういう映画や舞台作品が完成するまでの密着ドキュメントが大好きで、数々観てきた私ですが、その中でもこれはずば抜けて素晴らしかった。
opera
稽古が進んでいくのを追いながら「椿姫」という作品のストーリーも楽しめる二重構造になっています。

椿姫を演じるフランスのオペラ歌手は、生意気さ全開で、演出家の指示を軽くいなして好き放題といった様子。
それが稽古を重ねるうち、二人の間に信頼が生まれ、全身で演出家の言葉を聞くようになっていくまでの過程が見所。

歌手と演出家だけじゃなく、衣装や小道具担当など様々な舞台に関わる人たちの興奮具合も伝わってきて、なんだかこっちまでワクワクしてきます。

アシスタントが「ちょっと確認したいことがあるんですけど」と言って、演出家に近付いていくのですが、その手には付箋がたくさん付いた台本が。
こういう何気ないシーン、たまらなく好きです。
「あぁ、そうだよね、アシスタントさんって、細かいツメをたくさんしなくちゃいけないから、大変なんだよね」なんてちょっと同情したり。
スタッフの打ち合わせ中、小道具のグラスが足りないことが発覚し、演出家が「誰が手配することになってた?」と皆に尋ねると、全員が自分じゃないと責任逃れをしようとするシーンも、あるある、あるね、こういうこととくすりと笑ってしまったり。

椿姫が徐々に魂を吹き込まれ、作品となっていくまでの過程は見ものですし、感動ものです。

次にご紹介するのは「42 世界を変えた男」。
アメリカで黒人初のメジャーリーガーとなった野球選手の伝記映画です。
実在した人物の映像作品の場合、現実がそうだからという足枷があって、エンタメ作品としての完成度を高めるのが難しいケースが多いように感じます。
ですが、この作品は脚本が素晴らしく、カットすること、光をあてること、光の影として散りばめるだけに止めることの判断が見事。
野球に興味がない人も、野球を愛した人、野球に愛された人の人生に心を添わせることができる仕上がりです。

横断歩道

  • 2015年05月14日

小学校まで10分ぐらいかかりました。
子どもの感覚なので、その距離は結構あるように思っていました。
実は自宅から5分で行ける場所に小学校がありました。
エリアからいくと、私はそちらの学校に行くべきであったと後で聞きました。
本来であればそちらに行くべきであったのに、なぜ行かなかったかというと、祖母が反対したというのです。

そちらの小学校へ行くには、大通りを渡らなくてはなりませんでした。
赤信号だったら待ち、緑になったら横断歩道を渡る・・・これが私にはできないと祖母は思ったというのです。
私を誰よりも理解していた祖母が「無理じゃないかねぇ、この子に横断歩道を渡るのは」と言ったとのこと。
確かに私はぼんやりしていた子どもでした。
残念ながらそれは現在も続いていますが。
通学時間には恐らくみどりのおばさんがいるでしょうし、ほかの子どもたちもいるでしょうから、それほど危険ではないと今の私は思うのですが、当時祖母は猛反対。
oudann
結局私は学区を無視し、遠い小学校へ通うことに。
そちらの学校には、住宅街の中をてくてく10分歩けば辿り着けます。
信号がある場所はゼロ。
当時は誘拐の心配などはあまりなかったのでしょう。
下町の住宅街で、大人の目がしじゅう光っているようなエリアだったせいもあったかもしれません。

それにしても、一人で横断歩道は渡れないだろうと判断された自分が不憫です。
確かに私は祖母を心配させるに十分なエピソードを残してきました。
幼稚園の頃には、ルート別に花の名前のついたバスに乗って帰るのですが、なぜかそのバスに乗り遅れる。
遊びに夢中になっていて・・・なんて子どもらしい理由があればいいのですが、ただぼんやりしていて、自分が乗るべきバスの列に並べず、気が付いた時には園庭に一人なんてことが、週に1回ぐらいある。
その度に祖母が迎えに来てくれました。
そんな時祖母は叱りませんでした。
「それじゃ、帰ろうかね」と言うだけ。
私の手を握り、二人で歩いて帰るのです。
こんな経験を何度もしていれば、私が横断歩道を渡れないだろうと判断するのは無理からぬこと。

祖母のこの判断のお陰で、私は車事故に遭うことなく、小学校を無事卒業することができました。
できれば、卒業できたことを祖母自身に確認して貰いたかったのですが。

ブログ内検索

  • アーカイブ


  • Copyright© 2011-2026 Nozomi Katsura All rights reserved. No reproduction and republication without written permission.

    error: Content is protected !!
    Copy Protected by Chetan's WP-Copyprotect.