昔からスカーフが好きでした。
たとえば白いシンプルなワンピースが1着あったら、それを手持ちのスカーフで雰囲気を変えるのがお気に入りでした。
襟元に巻くのは勿論、ウエストに巻いたり、時にはバッグの持ち手に結んでみたりしていました。
誰も私の服装など見ちゃいなかったのですが、いつもと同じではなく、ちょっと目先を変えるのが、オシャレと思っていたのです。
今も相変わらずスカーフは好きで、つい衝動買いしてしまいます。
が、目的は大きく変わりました。
ファッション云々ではなく、防寒対策のグッズとして必要不可欠となっているのです。
外を歩いている時は暑く、レストランや美術館に到着した時は、ばたばたと扇子で扇ぎまくるのですが、やがて、館内の冷房によって身体は冷やされていき、あっという間に鳥肌が。
そんな時には、バッグからスカーフを取り出します。
バッグの中にはいつも小さく折り畳めるサブバッグを用意していて、そこにスカーフを入れておくのです。
そのスカーフを首に巻きつけてしばらくすると、快適とまではいきませんが、そこの設定温度でも耐えられるぐらいにはなります。
薄いシルクのスカーフでも、首に巻いただけで、体感温度が随分と変わるのは不思議です。
CAさんのように、小粋にスカーフを巻くといった技をもってはいないので、ただ縛るだけ。
オシャレとは程遠い状態です。
そもそもスカーフは首が長い方でないと、似合わないアイテムです。
首の短い私なんぞがどんだけ素敵な柄のスカーフを巻いていたとしても、寸詰まりになって、苦しそうにしか見えません。

先日電車に乗っていた時のこと。
シートに座っていた60代ぐらいの女性は和服姿でした。
その膝には30センチ四方程度の物がのっていました。
それを包んでいたのが、高級ブランドのスカーフでした。
とても高価なスカーフを風呂敷替わりに使ってしまう大胆さにびっくりでしたが、とてもしっくりしてもいて、こんな使い方もあるんだなと感心しました。
貧乏性の私なんかは、どうしても購入金額が頭にちらついてしまい、風呂敷として使うということに抵抗感がありますが、こんな風に柔軟な発想で物を使えたらいいなと思いました。
肩幅がありません。
しかもなで肩。
なので、肩で着る洋服は基本的に似合わない。
昔水泳をやっていたのかと思うような肩幅のしっかりある女性を見かけると、悶絶しそうになるほど羨ましい。
こんな私なので、当然ショルダーバッグは1つも持っていません。
ショルダーバッグを肩にのせた途端、吊りひもが直滑降してしまうので。

以前、女性のバッグのデザインをしている男性に話を聞いたことがありました。
その日、展示会で発表されていた新作は、どれもショルダーバッグ。
好きなものを1つ、差し上げましょうと言われました。
ありがとうございますとお礼を言って、1つ頂戴すればいいものを、バカ正直に私は言いました。
「せっかくなのですが、実は私、なで肩でショルダーバッグだと吊りひもがズリズリと落ちてくるので、結局吊りひもを手で持ち上げ続けて歩くことになってしまうので、いただいても、使えないのです」と。
すると、その男性デザイナーは、そういう女性の仕草が見たくて、バッグはデザインしているんですと言い出しました。
きょとんとしている私に、説明してくれたところでは、女性がショルダーバッグの吊りひもを何度もかけ直す仕草をとても可愛いと思っていて、その仕草を見たいがために、わざと止まりにくい素材を使ったりまでしているとのこと。
はた迷惑なといった言葉が浮かびましたが、そこは大人。
ぐっと我慢して、本当ですか? と再確認するに止めました。
すると男性デザイナーは厳かに頷きました。
そして、私に「ちょっとやってみてよ」と促してきました。
行きがかり上、仕方なく、ショルダーバッグを肩にかけます。
と、すぐに吊りひもが落ちてしまうので、掛け直します。
その時「それっ。それだよぉ。その仕草」と男性デザイナーの大きな声が。
「酔ってますか?」との質問も口に出さず我慢していると、「この仕草を嫌いな男はいないはずだから、女性たちももっとそのことを意識して、ショルダーバッグの吊りひもをかけ直して欲しいんだよねぇ」と男性デザイナーは言いました。
このデザイナーが言うのはホントーでしょうか?
だとしたら、男性の目線と女性のそれとは随分違うもんだなぁと思います。
最近よく和菓子を食べます。

これは、以前いただいたお饅頭。
小ぶりながら、どしんとお腹にくるような甘さが美味しかったです。
なぜ最近和菓子を食べるようになったかといえば・・・自分に牛乳と卵白にアレルギーがあると判明したため。
このほかにも色々な食材にアレルギーがあり、食品の裏面に書かれている原材料名をルーペで追うのが日課になりました。
そんな時には、思わず「あーメンドー臭い」と呟いてしまいます。
が、アレルギー源を摂らないと、明らかに体調がいいのも事実でして、メンドー臭くはあっても、今日も原材料名の蘭にルーペをあてるのです。
なんといっても残念なのは、牛乳と卵白がダメだと、スイーツ系のほとんどがNGになってしまうこと。
これ、当初予想していた以上に、メンタルに響きます。
コンビニで主役といえば、やはりスイーツの棚。
店内のスポットライトはすべてスイーツの棚に向いているに違いないと思うほど、光り輝いています。
当然、足は自然とそこへ向かってしまいます。
牛乳と卵白を使っていないスイーツはないという現実を受け入れるまで、5分以上かかります。
棚に並ぶ品を端から端までチェックしていき、見逃したものがあったのではとの思いに駆られ、もう1度すべての品をチェックするのに、それぐらいの時間が必要なのです。
結局、打ちひしがれて棚から離れ、羊羹やお煎餅といった渋いオヤツをレジに運びます。
グレてしまいそうになる気持ちを宥め、いつの日か生クリームたっぷりのロールケーキやショートケーキを食べられる日がくるさと、自分に言い聞かせます。
私のような遅延型のフードアレルギーは、一定期間その食材を除去したら、再び摂ってもいい日がくると言われています。
その日がくるのを心待ちにしながら、今日もコンビニのスイーツの棚の前に立ちます。
じっとスイーツを凝視し続ける女がいたら、それは私かもしれません。
小説「恋愛検定」の電子書籍版の配信がスタートしました。
本は電子書籍でいう方は、こちらもあわせてご検討ください。

こちらは、紙の本を扱ってくださる書店さん用のポップです。
これ、書店で見かけたよ、という方はいらっしゃるでしょうか。
ここに「恋愛検定」の本がありますよと、遠くからもわかっていただけるのではないかと期待しているのですが。
一消費者として書店を訪問した際、やっぱりこういうポップに目が留まり、買っちゃうことがあります。
ふむ。そこまで言うなら、買ってみるか、なんて気持ちになって。
そこの書店員さんの手書きポップも、そうですね。
その本への愛が熱く語られていたりして、そこまであなたが薦めるなら、読んでみようかと、買う気にさせられるのです。
作家になって間もない頃のことです。
出版社の営業担当者から、書店に置くポップにしたいから、著者からのメッセージを手書きして欲しいと依頼がきました。
手書き?
マズい。
私はかなりの悪筆。
本の売り上げに貢献できるどころか、マイナスの効果を生み出しかねない。
そこで、手書きじゃないとダメでしょうか? と尋ねると、ダメですと即行で返事がきました。
仕方がないので、渡された紙に試し書きをしてみます。
が、遣る瀬無くなるほど、下手。
そこで色でごまかそうと、ピンクや赤のペンで書いてみますが、却って悲惨な状態に。
下手な字でも、愛嬌があったり、味わいがあったり、個性的という範疇に入るような字であったりすればいいのですが、見てる方が哀しくなるような字なのです、私の場合。
しかし、逃げることもできず、結局、依頼された数の紙にメッセージを書いて担当者に渡しました。
担当者がそれを実際に書店に持っていったのか、また書店員さんが、それを飾ってくれたのかは不明です。
書店で自分が書いたポップを目にしたことがないのは、偶然でしょうか。
習おう。
そう決心した私は、ペン字の通信講座に申し込みました。
一週間ほどで届いたテキストを見ながら練習し、課題を提出し、添削してもらうの繰り返し。
三十代半ばになって、ペン字を学ぶことになろうとは夢にも思っていませんでした。
すべての課題を提出し、最終的に出された評価はBぐらいで、精一杯やってもこの程度なんだと己の力不足を痛感。
が、それでも以前と比べれば、ましにはなったような気が。
書いた字をじっと見つめても、哀しくはならなくなりましたから。