春よ来い

  • 2014年04月10日

極度の冷え性の私に、春はまだ来ていません。
そうかといって、真冬同様の服装をする勇気はない。
じゃあ、どうするか。
アンダーシャツとも呼ばれるババシャツの背中に使い捨てカイロを貼るのです。
kairo
先日、指定されたレストランへ。
勿論、背中には使い捨てカイロが。
方向音痴の私は15分前に待ち合わせ場所に着くように、家を出るようにしています。
左手には地図を表示させたスマホ。
右手には方位磁石。
バッグの中には駅からレストランまでの地図を印刷した紙。
こうした万全の態勢で臨みますが、迷います。
迷っている間に、あったはずの15分の予備時間は、なくなっています。

やっとレストランに辿り着いた時には、汗だく。
このまま一生迷い続けるのではなかろうかという冷や汗と、ぐるぐると同じ場所を歩いたせいで搔く運動したがうえの汗の、ダブル汗。
すでに着席していた方々に遅れたお詫びをすると「到着して早々なのですが、トイレへ行かせていただきます」と宣言。
トイレに行き、背中のカイロをベリベリと剥がします。
ふうっと大きく息を吐いてから、席へ。

先方からすると、席で待っていたら、私が物凄い勢いでやってきたかと思うと、「トイレへ」と宣言してまた風のように去っていってしまうという事態。
ん?
といった状態で待っていらしたことでしょう。
再び現れた私が、やけにすっきりした表情でいることにほっとしたかもしれません。
そうした方々の第一声は「大丈夫ですか?」。
具合が悪くて、トイレに直行したのでは? と思われるようです。
実は使い捨てカイロをね・・・と説明すると、大抵の方が「今、カイロですか?」と驚きます。
そんな時には「厚着ができず、店内にも暖房が効いていない今こそ、カイロなのです」と説明するようにしています。
ごくたまに、「あっ、わかります」と言ってくれる人がいて、そんな時には同士を見つけたように嬉しくなります。

こんな私が寒さを感じなくなるのは、5月頃。
その日を心待ちにしています。

大声

  • 2014年04月07日

声の大きい人っていますね。
知り合いの中にも、声の大きい人が何人もいます。
あまりに声が大きいので、周囲の人にとっては大変な騒音になっているだろうと思い、こっちはひやひやします。
それで「声が大きいよ」とボリュームを落とすよう諭すのですが、当の本人は自分の声が騒音になっていることには無頓着なようで、一瞬きょとんとした顔をするぐらいで、一向に声量を絞る気配はありません。
さらにお酒なんかが入ると、ボリュームは上がりっぱなし。
周囲もどんちゃん騒ぎをしていて、というのであればいいのですが、近くで訳ありげなカップルがなかなか難しそうな話をしていたりすると、なんとも申し訳ない気持ちになるのと同時に、その知人に猿轡をはめたくなります。
耳が悪いのだろうか? と思ったこともあったのですが、私が小声で話してみると、しっかり聞き取れているようなので、そうしたことが原因ではないようです。
oogoe
以前、声の大きな知人と書店に行った時のこと。
いつもの調子で大きな声で話し掛けてくるので、「声が大きいから、もっと小さくして」と頼みました。
が、小さく意識できるのは一、二分ぐらいが限界のようで、すぐに元のボリュームになってしまうのです。
その度に「声が大きい」とか、口の前に人差し指をあて「しー」と合図しましたが、効果ゼロでした。
どうもその人にとっては、音量が0か10の2種類しかなく、4で抑えるとか、ここは6でもOKとかいった、その場に応じて音量を調整するのは難しいようでした。

先日、美術館から駅へと歩いていた時のこと。
ゆっくり歩いていた女性の二人組を追い越しました。
と、背後からどこかで聞いたことのある声が。
それは大変有名な方の声と喋り方にそっくり。
とすると、私が追い越した二人組のうちの一人が、その有名な方だったのでしょうか?
あるいは、そっくりさんか。
振り返って確かめたい衝動を抑えつつ、耳を澄ましていると・・・この人の声が大きいのなんのって。
耳を澄まさなくても、四方に響き渡る大声。
どうやら共通の知人男性の話をしているようなのですが、あまりに声が大きいので、内容がすっかり聞こえてきてしまうのです。
件の女性は、その知人男性を先生と呼んではいるものの、尊敬はしていないようで、辛辣な言葉でもって人格を全否定。
その先生がしでかした失態のエピソードが、語られていきます。
やがて、心配になってきました。
本物なのか、そっくりさんなのか、わかりませんが、本物だとしたら、こんなに有名な方が、人通りの多い場所でこれほど大声で、一人の人物をこき下ろしてしまって、大丈夫なのだろうかと。
なんだか聞かされているこっちの方が、ドキドキしてきました。
近くにリモコンがあったら、その人に向けて、音量ボタンの-を押したいところです。
結局、信号が点滅しだしたので、横断歩道を走り抜けた私が振り返った時には、女性の二人組は人ごみにまぎれてしまい、本物かどうかは確かめられませんでした。

悪口を言う時は、小声で。
今回の教訓はこんなところでしょうか。

目覚まし時計のミステイク

  • 2014年04月03日

毎朝起床は午前7時半。
なにか特別な予定でもない限り、午前7時半にアラームが鳴るように設定してあります。
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先日のこと。
アラームが鳴ったので、音をオフにして、いつものようにトイレへ。
途中脱衣所を通るのですが、そこにある小窓から差し込む陽がやけに暗い。
どうやら今日は天気が悪い様子。
雨が降っているのかも、などと思いながらトイレのドアを開けました。
なんとも眠い。
スポーツの大きな試合が海外であった時など、その中継を観て夜更かしをすることはよくあるのですが、昨夜はそういったものはなかったんだけどなぁと首を捻りながら、トイレを出ました。
部屋に戻り、ふと、時計に目をやると、なんと、午前六時。
はあ?
と、朝っぱらから大声を出して、二度見しましたが、やはり午前6時。
念のため電話機のモニター画面を覗くと、こちらも午前6時。
隣室の置時計を確認すると、こっちも午前6時。
なんてこと。
今一度確認したところ、アラームの設定時刻は、午前7時半になっています。
ということは、午前7時半にアラームが鳴るよう設定されているにもかかわらず、午前6時に鳴らしちゃいました、てへっ、といった事態の模様。
ミステイクなのか?
デジタル目覚まし時計がこんな失態をしでかすのか?
訳が分からないまま、取り敢えず、布団の中に戻ることに。
が、さっきまで眠かったはずなのに、そんな気配は消えていて、あと1時間半は眠れるんだぞと自分に言い聞かせれば言い聞かせるほど、どんどん頭はすっきりしてしまいます。
それで、つい、目覚まし時計の暴挙について考えを巡らせることに。
目覚まし時計は壊れたのでしょうか?
しかし、壊れ方として、設定された時刻より早く鳴ってしまうなんちゅうのは、アリなのでしょうか?
壊れて、鳴らなかったというのだったら、なんとなく、理解できるのですが。
そういえば・・・ここ数日、モニターに表示される数字が薄くなっているように感じていました。
電池が無くなっているのかなとも思いましたが、電池交換時期は、モニター画面に電池のマークが点滅して教えてくれることになっていたのに、そうしたものは出ていなかったので、数字が薄くなって見えるのは気のせいだろうと理解していました。
もしかすると、あの時点で故障していたのでしょうか?
結局、予定外の1時間半を、布団の中で目覚まし時計のことばかりあれこれ考えて過ごしました。

翌日、目覚まし時計の乾電池を新しいのに入れ替えたうえで、ラストチャンスをあげることにしました。
私は件の目覚まし時計のほかに、いつももう1つ目覚まし時計を枕元に置いていまして、そっちは5分遅れの、午前7時35分にアラームが鳴るようにセットしています。
で、翌朝・・・私を起こしてくれたのは、7時35分に設定した方の目覚まし時計でした。
ラストチャンスをものにできなかった目覚まし時計が示す時刻は合っていましたが、アラーム音は鳴らず。
壊れたんでしょうね。
翌日、早速目覚まし時計をネット注文しました。

やっぱり目覚まし時計は2個はないと心配ですからね。
皆さんは何個の目覚まし時計を使っていますか?

新刊「我慢ならない女」の電子版

  • 2014年03月31日

単行本の新刊「我慢ならない女」の電子版が3月28日に発売になりました。
紙派ではなく、私は電子版派よという方は、そちらもご検討ください。
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私自身は紙派でして、電子書籍なるものを購入したことも、試してみたこともありません。
友人の中にはすでに老眼が進み、文字を大きくできるのはいいよぉと言う人もいるので、一度試してみようと思ってはいるのですが、なかなか重い腰が上がりません。

トライできない理由の一つに、読書する場所の問題があります。
私の読書タイムは、入浴中なのです。
ほぼ毎日半身浴をするのですが、その際、バスタブに半分だけ蓋をかぶせて、そこに本をのせます。
両腕も蓋にのせた状態で、ページを捲っていきます。
本からしたら、湿気が多くて、酷い扱いじゃと怒っているかも。
申し訳ない。
お風呂で本を読むと言うと、よく「傷まない?」と聞かれるのですが、パッと見た感じでは傷んでいるようには見えません。
十年前に風呂場で読んだ本のページを捲ってみても、特段痛みが激しいとか、ページがペロンペロンになったとか、変な染みが付いたといったことは一切なく、いたってフツーです。
二十年後、三十年後になって、ダメージが出るのかもしれませんね。
この読書する場所を変えない限り、電子版へのトライは難しいでしょう。

そうはいっても、風呂場での読書を止めることはムリ。
一日の終わりにお湯に浸かりながら、仕事とはまったく関係のない小説を読むのは至福の時なのですから。
時に、物語に夢中になってしまい、気が付いたらのぼせていたということもしばしばではありますが。
そんな風に「我慢ならない女」も、すべてを忘れて没頭させるだけの力のある小説だといいのですが。

SNSなどで現実の人と繋がっている時間と同じくらい、物語の中に身を委ねる時間も大切にしてもらえたらなぁと、いつも願っています。
物語の中に入っている時のなんともいえない心地良さ。
それは、きっと明日生きる力になるように思うのです。

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