お土産でいただいたお香。
ちゃんと包装されていても、いい香りがほんのりと漂ってきています。
それじゃ、優雅にお香を焚いてみようと、包装紙を剥がし、説明書きにある通りに、受け皿の窪みに、十センチほどの長さのお香のスティックを差したてます。
ん?
どうやって火を点けるんだ?
説明書きには「火を点ければ完成」と、さらっとまとめられているだけ。
マッチやライターの類は同封されていない模様。

はて。
我が家にマッチはあっただろうか。
タバコを吸わない私は、マッチを使う機会がありません。
当然、マッチもライターも買う習慣はなし。
以前、サイフォン式のコーヒーメーカーを使っていた時には、アルコールランプに火を点けるのに必要で、マッチを買っていましたが、その手間が面倒になって、ドリップ式のコーヒーメーカーに切り替えた際、一緒に捨ててしまっていました。
そこで我が家を見回してみると・・・火がない、ということに気が付きました。
キッチンにあるのは、IH式のクッキングヒーターで、ここにも火はありません。
さてさて、お香を焚くためにだけ、マッチを買うことになるのかと考えた時、閃きました。
以前購入して、デスクの足元に置いてある非常用の持ち出し袋には、マッチが入っているのではいかと。
3日間過ごせるという非常時に必要な物が詰まった持ち出し袋を購入していましたが、中身の詳細は自分で用意したのではないため、はっきりしません。
が、非常時に火は必要と考えたメーカーが、隅に一個ぐらい入れておいてくれているのではと期待したのです。
その非常用の持ち出し袋を開けて探ってみると・・・ありました。
マッチが1箱。
そこで改めて中身を確認してみると、ろうそく、軍手、持ち手つきポリ袋、Tシャツを5センチ四方程度のサイズに圧縮したもの・・・などが入っていました。
こうして見てみると、とても考え抜かれた末に、選ばれた品が入っているのだなと、感心します。
と、感心はその程度にしておき、お香を焚かなくてはと本来の目的を思い出し、そこにあったマッチを使って、火を点けました。
たちまち広がる、優雅な香り。
今日の夕飯は焼き肉だけは止めようと、そんなことを思いました。
多分、私の前世は名古屋人だったと思う。
どうしてって、名古屋の食べ物を、とても美味しいと感じるから。
関西のものとは違う、一癖ありの食べ物が、ソウルにガツンとくるんですね。
初めて名古屋の地を訪れたのは、随分と昔のこと。
靴関連の会社でOLをしていた時です。
セールの時期になると、本部スタッフもあっちこっちのセール会場に派遣され、お手伝いをします。
そこで派遣されたのが、名古屋でした。
ビジネスホテルから、セール会場に出勤するのですが、ホテルには朝食を摂れる場所はなく、上司に連れられ、地下街の喫茶店に。
「コーヒーを頼めば、朝食が出てくるから」と、上司は意味不明なことを言い、勝手に「ホットコーヒーを2つ」と頼んでしまいました。
しばらくして出てきたのは、ホットコーヒーに、トースト、ゆで卵、サラダ。
呆然と、テーブルに並んだ品を眺めている私に、上司は「なっ」とだけ言って、ばくばく食べ始めました。
後になって、名古屋では、朝、喫茶店でコーヒーを頼むと、軽食が出てくるという慣習があると知りました。
朝、コーヒーだけが飲みたい人は、店主に「家で食べて来たから、値段は一緒でいいから、コーヒーだけをください」と、しっかりとお願いしなければならないというルールを、名古屋在住のスタッフに教えてもらいました。
その日の昼も、びっくりしたことがありました。
現地のスタッフと昼食に、セール会場近くのうどん屋に行きました。
なににしようかと、壁に貼られているメニューをぐるりと見回していると、「なにも指定しないと、麺はきしめんになりますからね」と、隣席のスタッフが教えてくれました。
「きつねうどんと注文しても?」と私が確認すると、「名古屋では、うどんというのは、きしめんのことなんです」と解説してくれました。
おおっ。
異文化との遭遇。
そんじゃと、「きつねうどん」と注文してみると・・・。
出てきた丼の中にあったのは、きしめん。
地域によって、色々あるんだなぁと、感じ入った記憶があります。
辞書で「きしめん」と引くと、元々は小麦粉に水を適量加えてこね、小さくつまんで丸め、押して碁石の形に似たものを作り、煮たのを棊子麺といったという・・・とありました。
「きしめん」の「きし」は碁石のことだそうです。
ものの成り立ちって、すごく不思議ですし、その後の変化も面白いですね。

こちらは、お土産としていただいた品。
普段から名古屋の食べ物が好きとふれ回っていると、こういういいことがあります。
さっそくその日に、ソウルフードをいただきました。
学生時代、年賀状を書くのがメンドーでしょうがありませんでした。
お正月休みが明ければ会うことがわかっている友人に、改まって、今年もよろしくーなどと書くのも恥ずかしくて、できることなら避けたい年中行事の一つでした。

ところが、年を重ねるごとに、年賀状がとても大事なものになっていきました。
生活環境が変わっていく友人たちとの大切な連絡ツールになったのです。
もしかしたら、とっくに縁が切れていてもおかしくないような友人たちとも、年賀状のお陰で辛うじて繋がっていられます。
へぇ、息子さんがねぇとか、あら、ご主人が・・・などと、小さなハガキに書いてある内容で、その友人にまつわる情報を更新することができますしね。
小さなハガキであっても、そこには、はっきりとセンスが出ますね。
あー、この子は、昔っからセンスがなかったけど、二十年経っても変わらず、センス悪ぃなぁとか、そんな失礼なことを思ったりするのも、結構楽しかったりします。
出版社の編集者たちからも、様々な年賀状をいただきます。
出版社として、或いは編集部内で1つの年賀状を作り、そこに各自が手書きで一筆添えるというスタイルを取っているところと、各自勝手にやってくれという放任スタイルを取っているところと2種類あるようです。
編集者なのだから、さぞ、凝った年賀状ではないのか・・・と思う向きもあるかもしれませんが、人それぞれでして。
あっさりと、非常にオーソドックスな既成デザインに、昨年は云々、本年も云々、益々のご活躍を云々といった、定型文を並べる方は結構多いです。
一方で、ご自分の写真を多用し「自分好き」を堂々と宣言するような編集者もいますし、モダンでセンスの良いデザインの年賀状をくださる編集者もいます。
個性が出ますね、年賀状には。
で、私はといいますと・・・年賀状と暑中見舞いには、結構時間とお金をかけています。
毎回、ぷぷっと笑えるようなエピソードと、それに合わせたイラストをプロのイラストレーターさんにお金を払って描いてもらっています。
出てきたラフ案に「もっと引きの絵で」などとダメ出しをすることもあるほど、真剣に。
当初は、遊び気分で凝ったのですが、やがて「いつも楽しみにしているんですよぉ」とか「今回のは、今までの中で一番面白かった」などと言われるようになると・・・期待を裏切っちゃまずいんじゃないかと、勝手に思うようになり、クオリティを落とせなくなってしまいました。
受け取った方が、一瞬でも微笑んでくれるような内容を心がけています。
昔、両手のすべての指先の皮膚が剥がれてしまったことがありました。
皮膚がめくれると、その下のまだ柔らかい肌が露出するので、水などに濡れると、沁みます。
ある日突然のことで、前兆のようなものはありませんでした。
仕事先の近くにあったドラッグストアへ行き、両手の指先を見せると、店主らしき男性がちょっと顔を顰めて、引いた感じがありました。
そこで改めて我が指先を眺めると・・・確かにグロテスク。
すべての指先だけがなにかに触れるようなことをしているかと聞かれたので、パソコンのキーボードですかねぇと答えました。
化粧品や洗剤なら、掌や甲なども荒れるはずで、指先だけとなると、パソコンのキーボードぐらいしか思い浮かびませんでした。
それは最近使い始めたのかとさらに質問されたので、いや2年ぐらい使っていると答えました。
ただ、仕事先で使っているパソコンは何台もあって、その中には新しいキーボードもあるかもしれないとも説明しました。
当時、私は編集プロダクションに毎日通っていました。
ライター仕事だと聞いていたのに、行ってみれば、ただの入力作業で不貞腐れましたが、背に腹は代えられず、時給欲しさに通っていたのです。
バスケットボールのコートぐらい広さの部屋に、ずらっとパソコンが並んでいて、朝、出勤すると、各自空いているパソコンで作業をするというシステム。
毎日、使うパソコンは違いました。

これを聞いた男性は、うーむと唸ります。
男性の話では、こうなった原因に2つの可能性があり、どちらにも薬はあるが、2つの薬は相反するものなので、どっちなのかを見極めて、正しい方の薬を塗らないと、かえって酷くなるとのこと。
1つは、キーボードに塗られているであろうコーティング剤などにアレルギー反応を起こした可能性。
もう1つは、水虫の菌をもっていた人が触れたキーボードを触ったことによって、水虫に感染した可能性だと言います。
み、水虫?
まだ乙女心を残していた当時の私には、「水虫」という単語は強烈過ぎました。
コーティング剤にアレルギーの方でお願いしますと、私が言うと、それで出す薬は、もし水虫だった場合、症状を悪化させてしまうんだよねと、男性は心配そうに繰り返しました。
病院に行って、ちゃんと診察してもらうのが一番なんだけどと男性は言うのですが、その日は土曜日の夕方かなんかで、開いているクリニックはなさそうでした。
同僚に、同じ症状の人はいないのかとも尋ねられましたが、毎日顔ぶれは違っていましたし、和気あいあいとは真逆の職場環境で、会話はゼロ。私と同じ症状に悩む人がいるのかどうかはわかりませんでした。
判断に迷うドラッグストアの男性。
水虫であって欲しくない私。
二人の間で、押し問答が続きました。
結局、私の希望通り、コーティング剤にアレルギーを起こした時に塗る薬を入手。
症状が悪化したら、すぐに薬を塗るのを止めて、病院へ行くなり、今一度ここに来てくれと念を押す男性に、「はい」と力強く返事をして、店を出ました。
めでたし、めでたし。
えっ?
結果、どうなったかって?
薬を塗ったら、皮膚の剥がれが止まり、みるみる改善。
やはり、コーティング剤にアレルギー反応を起こしていたようです。
同じ症状であっても、原因が「水虫」というのは、どうも受け入れたくない。
そんな気持ちになるのは、どうしてでしょうか。