フリーライター時代の話です。
懸賞小説に応募し、入選した際、その出版社主催の懇親会のような食事の場がありました。
そこで入選はしたものの、最優秀賞ではなかったので、本を出させて貰えるかはわからない状態でした。
そこで私は「どうしたら作家になれますか?」と、真っ直ぐな質問をぶつけました。
その相手は、ジェームス三木さんでした。
ジャームス三木さんは、その懸賞小説の審査員をなさっていましたので、そのレストランにお越しになっていたのです。
「重要なのは、嘘吐きかどうかでしょうね」と、ジェームス三木さんは仰いました。
「簡単に嘘を吐けて、なんの呵責も感じないぐらいの、根っからの嘘吐きなら、作家になれます」と続けられました。
「でしたら、私は作家になれます」と私が断言すると、「あなたは嘘吐きですか?」とお尋ねになったので、「はい」と素直に頷くと、「それじゃ、なれますよ」と太鼓判を押してくださいました。
どちらかというと、もっと現実的で具体的な話を期待していたのですが、出てきたのは「嘘吐き」という言葉。
昔からイロモノの性と申しましょうか、話を面白くするためなら、事実をえいっと歪めてしまっても一向に気にしないというところがありました。
事実を伝えることよりも、友人らが大笑いしてくれたり、盛り上がってくれたりした方が、嬉しいのです。
これは、時に「面白い人・楽しい人」とも評されますが、基本は「嘘吐き」でしょう。
それまで、作家になれるだろうか、本を出すことはできるのだろうかと、不安でいっぱいでしたが、ジェームス三木さんに太鼓判を押していただいたのをきっかけに、「私は作家になれる」と自己暗示をかけるのに成功しました。

その後、作家デビューの夢が叶い、現在まで作品を発表できる場をいただけています。
心が折れてしまいそうになる時、筆が進まない時・・・そんな時には、ジェームス三木さんの言葉を思い出します。
その度に「そうだ、そうだ。私は嘘吐きだから大丈夫なんだった」と、自分を落ち着かせることができます。
このブログの読者に、作家を目指している方は、いらっしゃいますか?
あなたは、嘘吐きですか?
えっ 嘘吐き? だったら、大丈夫。なれますよ、きっと。
どうしてこうも男と女は違うのか。
あらゆる場面で思うことですが、特に最近気になったのは・・・。
男性は方角を確認したがる生き物なのか? と思った出来事がありました。
我が仕事場に初めて来た男性が、話の中で「北はどっちですか?」と聞いてきました。
私はびっくり仰天して、「多分、あっち方向が北ですが、それがなにか?」と尋ね返します。
「位置を確認したかったもので」と、その男性は言いました。
実はこうした会話、初めてじゃないんですね。
ほかの人からも似たような質問を受けたことがあるのです。その全員が男性。
方角を確認した先に、いったいなにがあるのでしょうか。理解不能です。
そんなに自分の位置情報を知りたけりゃ、方位磁石を持って歩いたらどうだと思う私は、女だからでしょうか。

こんなこともありました。
「ある編集者が」と私がその方とのエピソードを披露しました。
すると、それを聞いていた別の出版社の編集者が「○○の××さんですか?」と固有名詞を出してきて、その人物を特定しようとするのです。
これも度々経験することですが、そうしたことを言ってくるのは、全員が男性。
私が「ある編集者」と匿名にしているのには、理由があってのことだと女性たちは理解し、ふんふんと1つのエピソードとして聞き流してくれるのに対し、男性たちは、その人物を当てようとするんですね。
特定した先になにがあるのか、これも不思議です。
当てたら、賞品が出るわけでもなし、こちらを不愉快な気持ちにさせる以外になにがあるのでしょう。
脳の違いなのでしょうか。
はたまた遺伝子のなせる業なのでしょうか。
こうした違いがあるからこそ、小説が生まれ、音楽が絵が、映画が生まれるのかもしれませんが。
我が家のプリンターは気分屋で、気分がのらないと、印刷を途中で止めてしまう・・・と、以前ブログで書きました。
あれこれ自分なりに試してみましたが、解決策は見つからず、その後もプリンターはずっと気ままなままでした。
プリンターメーカーのHPと、パソコンメーカーのHPにある、Q&Aを探してみましたが、我がプリンターの症状に該当する解答は見つけられませんでした。
それぞれのサポートセンターに電話をしようかとも考えましたが、印刷ができる時と、できない時があるんですよね~といった質問に、果たして回答はあるものだろうかとの疑問もあり、躊躇していました。
しかし、とてもとても不便で、プリンターに苛ついてばかりの毎日。
これは精神的にもよくないし、完全に仕事に支障を来していると判断し、パソコンレスキュー隊に出動要請することにしました。
「パソコンで困ったら、電話ください。駆けつけます」と謳う、こうしたサービスの会社はたくさんありますね。
あり過ぎて、選ぶのに苦労するほどでしたが、取り敢えず、スピード対応してくれそうなところに電話。
翌日来てくれた男性隊員は、私からの説明をふむふむと真剣な表情で聞くと、やおらパソコンのキーボードを叩きだしました。
そして5分後に、隊員が出した結論は、パソコンとプリンターを繋ぐケーブルが原因だろうというものでした。
えっ?
ケーブル?
そこ?
と、私が目をぱちくりさせていると、ほかに余っているケーブルはありませんかと尋ねられました。
余っているケーブルなんて、そんなもの・・・とぶつぶつ言いながら探してみると、スキャナーをパソコンに繋ぐ時に使っているケーブルが1本だけあったので、それを差し出すと、はいはい、これですと言われました。
そのケーブルに取り換えて、印刷をしてみると・・・なんちゅうことでしょう。
機嫌良く、プリンターが仕事をするじゃないですか。
なんだよ、ケーブルが問題だったのかよ。でも、使っていたケーブルは、プリンターを買った時に付いていたものなんだぜと、不貞腐れる私に、隊員は説明を始めました。
コアが付いているケーブルだと、この部分でノイズを抑える効果があるので、安定するのだと言います。
それが、これ。

そういえば、ケーブルには、ただの真っ直ぐな線のものと、コロンとした円柱形の突起物のあるものと2種類ありますね。
その円柱形の突起物が、そんなに大事な任務を帯びているものだとは露知らず、ただのアクセントを付けてみました程度のデザインかと思っていました。
コア付きのケーブルに変えてからは、途中で止まってしまうということはなくなり、ストレスゼロに。
それにしたって・・・と、しつこく考えてしまいます。
最初っから、コア付きのケーブルを付属品にしておけよと思う私は、柄が悪いですか?
ぼんやりテレビを見ていた時でした。
北欧あたりの小学校だと思うのですが、教室で勉強する子どもたちが映っていました。
彼らが使っている机を見ると・・・平らじゃない。
傾斜があり、手前が低く、向こうへ行くほど高くなっているもの。
さすが、北欧。
なんでだかわかりませんが、妙に私は納得しました。
家具類にこだわるというのが、私の北欧に対するイメージだったせいかもしれません。
そういえば、昔、建築家が手書きで線を引く時、こういう傾斜のある机を使っているのを、なにかで見たような記憶が。
イラストを手書きする人の机も、そうだったような・・・と、傾斜のある机にまつわる記憶があれこれと蘇ってきます。
原稿を書く時は、パソコンに向かっているのですが、見直しをする時やゲラに手を入れる時などは、それらを平らな机に置いて作業をします。
傾斜のある机であれば、肩凝りも多少は軽くなりそうな気が。
そこで、ネット検索。
意外となくてびっくりです。
机そのものが傾斜を付けられるというのはあります。
ですが、平らな状態で使い時もあり、そうした時に、いちいち角度を変えるのは面倒。
今ある平らな机のほかに、傾斜のある机を追加できるほど、部屋は広くない。
などという条件があるせいなんですが。
が、意地になって探し続けた結果、見つけました。
それが、こちら。スタディボードという名前が付けられていました。

B3サイズ程度の大きさで、傾斜が付けられる書見台のようなもので、これを机に置いて使います。
平らなところで作業したい時は、このボード上ではなく、机の空いたスペースで行えばいいわけです。
慣れるまでは、字を書きにくくって、どうしたもんかと思いましたが、慣れれば、やはり首をかくんと下げなくていいせいで、肩凝りは軽減されたような気がします。
が、1つだけ難点が。
このボードは鏡板になっていまして、マグネットで書類を留めることができるようになっていますが、それじゃ眩しいので、付属のグリーンのシートをのせて使います。
このシートのサイズが、鏡板よりちょいとばかり小さい。
その差、3ミリほど。
鏡板が完璧には覆い隠せていないのです。
この3ミリの隙間から覗く鏡板が、デスクライトの光を受けてきらきらと輝き、それが眩しいのなんのって。
しょうがないので、白い紙を鏡板とシートの間に挟むという、手作り感いっぱいの作業台になっています。
この点さえなければ、満点なんですけど・・・残念です。