扱いが雑なのでしょうか。
フェイスブラシをよく壊してしまいます。
使用時の毛の長さを調整できると謳った、スライド式のものを使っていたのですが、その調整のかませ部分の作りが弱く、毛が出てこなくなるのです。
しょうがないので、指で引っ張り出し、顔の上で動かそうとすれば、今度は毛がひょいっと引っ込んでしまいます。
数百円のものなので、壊れたら、新しいのを買えばいい話なのですが、それにしたって、壊れ過ぎではないのか? と思うに至り、別の品を探してみることに。
たかがフェイスブラシ。されどフェイスブラシ。
薀蓄も、値段もいろいろあって、ラビリンス。
どうしたもんかと思っていた時に、出合ったのが、こちら。

高級山羊の毛を使った高密度ブラシと謳っています。
5千円弱で、私にとっては結構なお値段。
買うと決心するまで、時間がかかったのは、この値段だけではなく、スライド式ではないという点。
どこに仕舞っておいたとしたって、ほこりをかぶってしまいます。
毛を出しっぱなしでいいのか? ってことは、ほこりをかぶりっぱなしだぞ、との考えを払拭できなかったからです。
さらに、スライド式やキャップ付きでないということは、携帯できないということでもあるわけです。
が、フェイスブラシを使って、化粧直しをしたのが今までの人生で何回あったのかということと、頻繁に旅をする人間ではないということを、冷静に分析した結果、ええい、買っちまえとばかりに、購入。
このブラシにフェイスパウダーをつけて、顔を滑らせてみると・・・わわわ。なんちゅうことでしょう。
すーっと薄く、きれいに粉がのっていきます。
その見事な付きっぷりには、思わず、おいおいと声が出てしまうほどでした。
それまで、付属のパフで塗っていましたが、それは、まさに「塗る」という感覚。
が、同じパウダーなのに、このフェイスブラシで付けると、「薄く付く」という感じ。
ブラシでこんなに仕上がりが違うもんなのか・・・。
目から鱗でございました。
仕舞ってあるレインコートを出さなきゃと、思っているうちに梅雨が明けてしまう。
というのを2年繰り返しました。
なぜ、こんな事態に陥るかといいますと・・・買ったレインコートは、小さく折り畳めるとの謳い文句が付いていて、お揃いのポーチに入れられて売られていました。
ちょうど旅行を計画した時でもあり、そりゃあいいと、購入。
実際、その旅では土砂降りに遭ったので、キャリーバッグに入れていた、そのレインコートを広げて羽織りました。大変役に立ってくれました。
で、旅行から帰った時に、レインコートを畳み直し、ポーチに収納して、キャリーバッグにイン。
これが、まずかった。
普段、キャリーバッグは、クローゼットの最下段に押し込めている、布団の下が定位置。
滅多なことじゃ、取り出せない場所。
梅雨の時期になり、あぁ、あのレインコートをキャリーバッグから出さなきゃと思うものの、なんやかんやと理由をつけちゃ、ぐずぐずしているうちに、気が付けば梅雨が明けていた、となっているのです。
が、今年の私は違っていた。
どこからか、やる気というものが出てきて、よっしゃとの勢いのまま、キャリーバッグを取り出したのです。
中からレインコートを取り出した時には、小さな達成感を覚えてしまいました。

ところが。
翌日、テレビでニュースを見ていたら、アナウンサーさんが関東地方の梅雨は明けた模様と喋っています。
マジで?
その時のがっかり具合は、自分でも驚くほどでした。
そして、始まった今夏の猛暑。
バスを待っている時などには、暑さで私の身体が蒸発してしまうのではないかと思うほどです。
そして、突然襲ってくる豪雨。
どうやら、梅雨が明けても、あのレインコートが活躍する場はあるようです。
あちこちで発生する豪雨によって、被害に遭われた方も多いようです。
お見舞い申し上げます。
この日本で、自然と共に生きることの困難さは、私たちになにを教えてくれるのでしょうか。
最近観た映画のDVDの中から、面白かったものを、今日はご紹介。
まずは「ユナイテッド」。
現在香川選手が所属している、イングランドサッカーの名門クラブ、マンチェスター・ユナイテッド。
このチームが1958年に巻き込まれた飛行機事故を扱った映画です。
サッカー大好きと、あちこちで吹いていたくせに、私はこの事故のことをまったく知らなくて、大変反省いたしました。

最初から飛行機事故の悲劇が暗示されていて、そこに向かっていくという、あっさりした作りなのですが、うまいなぁと思ったのは、試合のシーンが1シーンもなかった点。
フツーですと、昔の実際の映像を挿入して、荒い画質のものを見せるか、俳優にサッカーをさせて、上手に編集といった手に出るところでしょう。
これ、ちょっと白けてしまうというデメリットがあるんですよね。
今は、現役の選手たちのミラクルな試合をたくさん見られるせいで、目が肥えていますから、その臨場感と比べると、やっぱり見劣りがしてしまう。
それが、この作品では試合のシーンをゼロにするという大胆な手法を取っています。
試合のシーンがなくても、サッカー選手の物語は描けると、証明してくれています。
セリフは少なく、俳優の演技力で見せていくという展開。
極端に刈り込まれたセリフに、気持ちが凝縮されていて、胸をつかれます。
結末が予想できるのに、涙が止まらない。
シンプルなストーリーでも、人を感動させることができるのだと、改めて思い知らされ、勉強になった作品でした。
次にご紹介するのは「THE KILLING FIELDS」。
アカデミー賞の3部門を受賞した作品なので、すでにご覧になった方も多いかもしれませんね。
1970年代のカンボジアが舞台です。
アメリカ人記者と、現地の助手、プランの友情が描かれています。
1人の力ではどうにもできないものに巻き込まれいます。
このプランが、とても苦労するんですね。
「もう、お願いだから、生きてね、生きてよ」と画面に向かって声を掛けたくなるほど、過酷な人生が彼を襲います。
そして、ラスト。
胸にずしんとくる感動。
なにもかもがすべて上手くいきましたといった終わりかたではありません。
あまりに失ったものが大きかったのですから。
それでも、最後には小さな光が射しているように思えます。
いい作品です。
なにが、がっかりするって、コインロッカーを使用した際の100円玉を、取り忘れたと気付いた時ほどがっかりする時って、ないんじゃないでしょうか?

美術館に行くと、大抵荷物を預けるコインロッカーがあります。
使用料は100円。
使用後は、その100円が戻されます。
が、この戻された100円を取り忘れるんですね。
もう何度もやっているので、忘れないようコインロッカーを開けた時には「100円、100円」と呟いています。
ところが、眼鏡をケースに仕舞って、バッグに詰めて、などとやっているうちに、忘れちゃう。
忘れ物はないよな、などとロッカーの扉を今一度開けて、指差し点検までするくせに、その人差し指は中の空間しか指していない。
私の人差し指は、100円玉の返却口は指さないのです。
だもんで、取り忘れる。
美術館の帰りにカフェに寄って一休みした後、支払いをしようと財布を覗くと、100円玉がない。
あれっ。
やってもうた。
と、ここからの心の葛藤が長い。
さっきの美術館に戻ろうか。
いや、すでに次の人が使おうとして、返却口に残っている100円玉を発見し、ラッキーと思ったに違いない。
いやいや、次の人は清廉潔白な人で、213番のロッカーに、この100円玉が残っていましたと、スタッフに申し出たかもしれない。
だとしたら、私が忘れましたと申告することこそが、清廉潔白な人に対する誠意ではないのか。
いやいやいや、私がその213番のロッカーに100円を忘れたおっちょこちょいだと、どう証明するのだ?
などと散々心を乱した結果、諦めよう・・・となるのです。
自宅への帰路、車窓から景色を眺めていながらも、心には、あぁ100円が・・・と未練が渦巻き、また、そんなちっさな金額でへこんでいる自分にうんざりしてしまいます。
こうなったら、マジックペンで、人差し指に「100円」と書いておこうかと、半ば真剣に考えたりしています。