ずっと昔、北海道に行ったのは、夏のことでした。
ツアー旅行で、移動は大型バス。
道はとにかく真っ直ぐで、どこまでも続いていましたっけ。
走っても、走っても、田園風景の大パノラマに、北海道って、広いんだなぁと実感したもんでした。
この広い大地で生まれた松山千春さんが、ああいう曲を作るの、わかるよなぁと私が言うと、隣席の友人から、中島みゆきさんも北海道だよと指摘され、即座に前言撤回するはめになったのも、いい思い出です。

ドライブインにトイレ休憩で降り立つ度に、とうもろこしや、ジャガバターなどを買って、食べ続けていたのも、若かったからできたことでしょう。
ツアーでは、赤毛のアンのテーマパークで数時間を過ごすよう予定が組まれていました。
随分前に、閉鎖されたと記憶していますが、ここが凄かった。
とにかく広い敷地内に、アンの家や、なんとかの家や、学校やお店といった、小説「赤毛のアン」に描かれているものが、再現されているとのこと。
が、ガイドさんからテーマパーク内の案内図を貰った時に、気が付いたのですが、私は「赤毛のアン」を読んでいませんでした。
したがって、アンが住んでいた家が再現されているのを眺めても、ちっとも楽しくない。
へぇ。
ぐらいの小さな感想程度。
友人もそうだったらしく、熱心に見る気はないようでした。
テーマパーク内にあったお土産屋を覗いたりもしてみましたが、それほど時間を潰せるわけでもなく、だからといって、団体行動のツアー旅行なので、別の観光スポットへ移動することもできません。
さて、どうしたもんかと思っていると、友人が「スタンプがある」と言い出しました。
なんてこった。
友人は大のスタンプ好き。
スタンプが用意されていれば、必ず、押したがります。
そう言われてみれば、ガイトさんから貰った案内図の中に、空白部分があり、どうやら、そこにスタンプを押していく模様。
俄然やる気をだした様子の友人を恨めしく思いながらも、行動を共にするしかありません。
アンの友人の家に行き、私の友人がスタンプを押す。
そこから、気が遠くなりそうになるほど歩き、校長の家に辿り着くと、また友人がスタンプを押す。
この繰り返し。
もう少しでグレてしまいそうでした。
友人はすべてのスタンプを押したのか、またそれに最後まで私が付き合ったのかといった記憶はなくて、ただ集合時間にバスに戻った時についた、自分の吐息の音だけは覚えています。
とんでもないところに来ちまったぜと、当時は思っていましたが、それも含めて、今ではいい思い出になっていますが。
洗濯機のホースに亀裂が入り、水が噴き出しました。
賃貸マンションの管理会社に電話をしたところ、修理の人がやって来たのは、翌日のこと。
今までだと、管理会社からオーナーへ連絡され、了解を取った後に、メンテナンスを請け負っている会社へ連絡がいき、そこから、メーカーの修理センターへ連絡という、まだるっこしい手順を経るため、直るのはいつなのよと、苛々しっぱなしでした。
ところが、今回は、翌日に来てくれたので、よしよしと思っていたのですが・・・。
修理にやってきたポロシャツ姿の男性に背中を向けた状態でパソコンに向かっていたのですが、いつまでたっても「終わりました」の声がかからない。
ホースを交換するだけだというのに、なんだってそんなに時間がかかっているのだろうと思っていると、ポロシャツの声が。
どうも自分の会社の社長に電話をして、相談する作戦に出た模様。
「ホースを交換した時、基盤に水がかかったかもしんなくて、パキンと音がしたんっすよ。そしたら、排水ポンプが動かなくなっちゃって・・・」
えっ?
思わず、キーボードを叩いていた指が止まります。
それ、あなたのミスですよね?
ホースの交換だけで済んだはずなのに、大事にしちゃいましたよね?
と、心の中で、確認。
それからしばらく社長と相談していたポロシャツが、電話を切ると言いました。
「車にある基盤を取ってきます」
近くの駐車場に停めてある車に、基盤とやらを取りに行くと言うのです。
基盤を手に再び現れたポロシャツは、洗濯機の後ろに回り込み、なにやら作業を再開しました。
やがて、私の耳に「パキン」という音が。
続いて聞こえてきたのは、ポロシャツのため息。
おいおい。
思わず立ち上がった私は、腕を組んだ格好で、洗濯機の前へ。
「いったい、どうなってるんです?」と尋ねる私に、すっかり意気消沈した顔のポロシャツは「ちょっと・・・あの・・・なんとか頑張ってみます」と答えました。
やる気があるんだか、ないんだか。

「あの・・・すみません」と声をかけてきたのは、それから1時間以上経ってからでした。
「終わりましたか?」と聞くと、「この洗濯機、持って帰ります」とポロシャツが言いました。
じっと見つめ返すだけの私に、ポロシャツは、部品がもうないので、取り寄せてから、事務所で修理をし、直った状態のを再び運び入れると説明します。
ホース交換だけだったはずじゃないのと責める言葉が出かかりましたが、ぐっと我慢。
大人になると我慢することが増えますね。
この時点で、ポロシャツがきてから3時間が経過。
さらに、一人では運び出せないため、車と助っ人を調達して再びやってくるとポロシャツは言い、それは2時間後になるとのこと。
今度は私がため息をつく番です。
結局、3時間後にやってきたポロシャツと助っ人は、洗濯機を運び出していきました。
折悪く休日と祝日が続き、直った洗濯機が運び入れられたのは、それから5日後でした。
「直ったのよね」と確認する私に、ポロシャツは元気溌剌といった表情で「はい。ばっちりっす」と答えました。
そのけろっとした顔を見て、言ってやりたいことが山のように浮かんできましたが、ここで喧嘩してもと思い、再びぐっと我慢。
大人って大変です。
昔より、野菜の種類はぐんと増えましたね。
私が子どもの頃に食べていた野菜の種類より、3倍はあるんじゃないでしょうか。
大型スーパーに行くと、見慣れない野菜がずらっと並んでいて、大抵そうした品名の札はカタカナで書かれていたりします。
そうした名前は、どこにアクセントをつけ、どこで区切ったらいいのかわからないし、さらに、覚える気もそれほどなくて、一度は手に取るものの、すぐに棚に戻してしまいます。
どう料理すればいいかわらかないような野菜は、買いません。
一瞬珍しがるだけで、結局は食べ慣れている野菜を選んでしまいます。

先日行ったフレンチレストランでは、30種類の野菜を使った前菜が出てきました。
白い大きめの皿に、小さなサイコロ状にカットされた様々な色の野菜が散らばっています。
おおっ。
摑みはOK。
カラフルな色に圧倒された私と知人は「綺麗」だの「食べるのが勿体ない」だの、「ブログ用に写真を撮らなきゃ」だのと言って、大騒ぎです。
ひとしきり騒いだ後で、いざ、食事の開始。
フォークでいくつかの野菜をぶっさし、皿の周囲に置かれていたソースに擦り付けてから、口に運びます。
が、感じるのは、ちょっと酸味の効いたソースの味のみ。
味の違いはおろか、何を食べたのかさえ、定かではありません。
雑な舌しかもっていなくて、申し訳ない。
食べてしまえば、大雑把な舌が、すべて受け入れてしまうというのに、食わず嫌いの野菜が一つだけありました。
茄子。
野菜のくせに、紫色をしているのが気に食わないと、ずっと茄子を食べずにいましたが、ふとした気まぐれで、口にしたのが、30歳の時。
意外と、あっさりしたヤツだとわかり、以降は普通に食べるようになりました。
そういえば、トマトを食べないと宣言していた人がいましたっけ。
その理由が、誠実そうな顔をしているからだと聞いた時には、笑うべきなのか、納得するべきなのか、迷いました。
それにしても・・・好きになる理由より、嫌いな理由を聞いている方が、面白いのは、なぜでしょうか?
これ、野菜の話だけじゃありませんね。
人を好きになった理由というのは、わりとみな似ていて、聞いてるこっちは、ツマラナイもんですが、嫌いな理由というのは、聞いていて、実に楽しい。
えっ、そこ? というような点だったりすればするほど、その人らしさが感じられて。
あなたの嫌いな野菜はなんですか?
その理由は?
社会人になる前と後で、どんな気持ちの変化がありましたか?
私の場合は、配属されたのがお店で、販売員からのスタートでしたから、なんだかバイトの延長のような感じで、社会人になったという自覚は生まれませんでした。
1年ほど経って、ようやく、もう学生じゃないんだと、うっすら感じるといった程度でした。
それに引き替え、友人たちは、入社してすぐに、学生と社会人とのギャップをすぐに感じ取り、なかには1週間でギブアップしそうだと弱気な発言をする人までいました。
学生の皆さん。
あなたたちが思っているより、何倍も、社会人として生きていくことは、大変です。
脅すつもりはないのですが、心して社会人になった方がいいように思います。
それまで信じていた価値観が、吹っ飛ぶような出来事に、たくさんぶつかりますから。
辛い就職活動をなんとか乗り越え、晴れて社会人になったものの、こうした生活がこれからずっと続くのかと思ってしまうと、これが、本当に自分の人生なのだろうかと、不安になる気持ち。
多かれ少なかれ、誰もが経験すること。
こうした心の揺らぎは、単行本の新刊「手の中の天秤」で描いています。
必至で仕事を覚えている頃は、まだいいんです。
緊張していますから、気持ちが張っていて、余計なことを考える暇がありません。
それが、徐々に仕事に慣れていくにつれ、考える暇ができてしまうんですね。
そうすると、これから先、何十年もこれを続けていくのだろうか。
もっと、自分には相応しい仕事があったんじゃないだろうか。
といったことを考えだして、ラビリンス入り。

こんな時、どうしたらいいのか。
残念ながら、私は答えをもっていません。
ただ、簡単に答えを出す必要はないのかなとも思います。
社会人になったばかりの、この心の揺らぎは、入口に立って、中を覗いている状態。
当人は、すっかり中を見ているつもりでいるかもしれませんが、ずっと奥には扉があって、その先には素晴らしい世界があるかもしれませんし、横道へ通じる扉もあるかも。
ちゃんと自分の足で、中に入って行き、いくつかの扉をこじ開けて、奥の世界をその目で見てから、撤退するのか、さらに進むのかを決めればいいように思うのです。
息子が入社して1ヵ月で、会社を辞めてしまったと嘆く友人の話を聞きながら、そんなことを思いました。