今日は、愛用している電卓をご紹介。

これ、結構、デカくて、縦が20センチ、横は15センチ弱あります。
数字が表示される部分が、角度を変えられるようになっていて、人差し指でぐいっと、立ち上げれば、簡単に見やすい角度にすることができます。
電卓について詳しいわけではないので、ほかの電卓にもあるかもしれないのですが、( )のボタンがあるというのは、とても便利ですね。
「MC」とか「MR」「M-」「M+」のボタンなんか、押したことがありません。
なにをする時、使うんでしょうか?
「SET」というボタンも「√」のボタンも、押したことはありませんが。
( )ぐらいなら、算数の授業で使い方を習ったので、その通りに、ボタンを押していけばいいので、気軽に使えます。
「→」のボタンも、便利ですね。
あっ、間違えたといった時、1つだけ戻れるというのは、とても助かります。
こうした便利な機能がたくさんある電卓を使っても、計算した結果が違うということが、しばしば起こります。
まず、計算をして、その結果を、メモします。
念のため、もう1度、計算をすると、あら、大変、さっきの計算結果と違っています。
それで、今度こそと、3度目に計算してみると、また、初めて見る数字が出てきて、参ったなと呟くというパターンは結構あります。
たいして、大量の数を扱ったわけでも、難しい計算式を使ったわけでもないんですけどね。
ただの足し算だけでも、こんな状態になることがあるから、己が残念です。
で、どうするかと言いますと、もう1度計算をし直す・・・とはならないんですね。
また、違う数字が出てくる可能性もありますから。
なので、出た3つの数字のうち、中間の数字を、採用します。
まぁ、ここら辺だろうと推測するわけです。
そんな程度で、いいのかよと、思われるでしょうが、こんな程度で、なんとかなっているから私も不思議に思います。
ごくたまに、1度目の数字と2度目の数字がぴったり同じという奇跡がおきます。
「なんか、今日はいい日」と、茶柱と同じ扱いです。
今頃、「24」を観ています。
先日、やっとシーズンⅣを観終わりました。
これ、あと、どれくらい続くのでしょう?

DVDで観ているので、1話は約45分。
濃密過ぎて、観終った後はぐったりしてしまいます。
1枚のDVDには、2話分入っているので、90分、緊張のしっぱなし。
テレビ放送していた時は、間にコマーシャルがあったでしょうから、それが、いい塩梅に緊張感をほぐす効果があったのかもしれませんが、DVDだと、息の休まる時がない。
誰がスパイなのか、裏切り者なのかわからないので、ちょっとした俳優さんの表情の変化を見逃してはいけませんし、1つのセリフも、聞き漏らしてはいけませんからね。
思わぬ人が敵だったとわかり、げっ、あんただったのかよと、何度呟いたことか。
また、メインのストーリーは、主役のジャックがテロと戦うということなのですが、同時進行で、複数の物語が絡み合っていきます。
こっちもまた、息詰まるような展開。
娘よ、頼むから、じっとしていてくれ、と、ジャックの代りに画面に向かって、何度懇願したことか。大統領夫人に対して、あんた、サイテーと声を上げたのも、一度や二度じゃありませんでした。
爆破シーンなども、半端じゃない迫力で、どんだけの予算があるんだろうと、制作費についてあれこれ計算してみたり。
これだけの濃密なストーリー展開を、作り上げていくスタッフの苦労も、想像に余りあります。
テレビドラマの場合、回によって、脚本家が変わるというのはよくあるようですが、この「24」に関しては、それはちょっと無理なようにも思います。
とすると、複数のスタッフで、何百回もの打ち合わせをしていく、というような進め方なのでしょうか。
それは、それで、また別の苦労があるようにも思います。
いずれにせよ、この「24」にすっかり魅了されている私は、次のシーズンも観てしまうでしょう。
1話を観終る度、ぐったりするとわかっていても。
最寄り駅から自宅へと向かっている時でした。
角を曲がり、小さな飲食店が並ぶ狭い道に入ったところ、タクシーが立ち往生していました。
そこの通りは、車1台がぎりぎり通れるぐらいの道幅。
が、その先は、行き止まり。
間違えて入ってきちゃったんでしょうね。
100メートルほどバックして、大通りに出るしかありません。
タクシーはちょっとずつ、ちょっとずつ、バックしていきます。
そのタクシーのせいで、歩行者は足止めを食っており、気が付けば、タクシーを取り囲むように、人がどんどん増えていました。
タクシーの運転手にとっては、物凄い、プレッシャーとなっていること、間違いなし。
それじゃなくても、入っちゃいけないところに入ってしまって、こっぱずかしいところへもってきて、早くバックしろよという顔をした歩行者たちに取り囲まれているんですから。

もし、私だったら・・・。
間違いなく、車を降りて、「運転の上手い方、いらっしゃいましたら、変わっていただけないでしょうか?」と声を上げていますね。
やったこと、あるんです。
契約していた駐車場近くのこと。
下水工事をしていて、車道は半分ほどが塞がれていました。
マズい。
と運転席の私は思いましたが、工事関係者らしき男性は赤い棒を振り回し、行けると合図してきます。
ムリ。絶対、ムリ。
と、早々に判断した私は、車を降り、訴えました。
「あなたは通れると判断されているようですが、私は運転が下手で、この幅に車を通すことは無理だと思います。とはいっても、通らないわけにはいかないので、恐れ入りますが、運転を変わっていただけないでしょうか? あそこが、駐車場で、あそこに停めたいんです」と。
えっ?
という顔をしていましたね、その男性は。
それでもしつこく訴え続けていたら、なにかを決意するかのように「わかりました」と言ってくれました。
そして、運転席に座ると、ゆっくりと狭い車道を進んでいきました。
と、工事作業の音がぴたっと止んでいることに気が付きました。
作業をしていた5人のスタッフたち全員が、機械を止め、きょとんとした顔で、私の車を運転する仲間を、目で追っていたのです。
駐車場にぴたっと停めて、降りてきた男性に、私は深々とお辞儀をし、何度もお礼を言いました。
あっ、いえ。
と言葉少なに、仲間の元に戻る男性。
その男性を迎えた仲間たちの口が、「お前、なにしてんの?」と言っているように見えました。
さらに、事情を聞いたらしい人の口元が「マジで?」と言っているようにも見えたのは、気のせいではなかったように思います。
無理と思ったら、事情を説明し、代わりにやってもらう。
結果、何度もの危機を、助けていただきました。
助けてくださった方々に、深く感謝しております。
中学生になると、母が言いました。
働け、と。
母のモットーは、「働かざる者、食うべからず」でした。
学校で禁止されていると、私は訴えましたが、そんなものはバレなきゃいいんだと反論されました。
日頃、学校の規則遵守には煩い母が、バイトをすることに関してだけは、規則を破れと促してくるのです。
が、中学生を雇ってくれるところなど、そうそう、あるもんじゃありません。
働き口が見つかったらね、ぐらいに考えていた私は、そのままにしていました。
すると、業を煮やしたんでしょう。
母が、○○スーパーで、いろんな職種の求人票があったから、面接に行って来いと言います。
まだ、素直だった私は、言われた通り、そのスーパーの人事課へ。
セーラー服姿の私を見た、担当者が「高校生?」と聞いてきたので、「中学生です」と答えると、「うちは、高校生からなのよぉ。高校生になってから来てね」と言われてしまいました。
そう母に告げると、実に残念そうな顔をしていましたっけ。
これで、バイトをするということは、私の頭から消え去りました。
が、母は忘れていなかった。
高校生になると、「より取り見取りじゃないか」と言い出しました。
なんのことかと思っていたら、高校生なら、いくらでも働き口があるぞ、という意味のようでした。
毎日のように、どこでバイトをするのだと聞かれ、そのプレッシャーに耐えられなくなってきた私が、本気で、どこか探さないと、マズそうだと気付き始めた頃のこと。
痺れを切らした母が、先に動きました。
駅前のパン屋でバイト募集の情報をゲットしてきたのです。
募集のチラシに「高校生可」と書いてあったと、嬉しそうに報告してきます。
これを拒否したら、母からどんな嫌がらせを受けるだろうかと考えると、空恐ろしく、面接に行くことに。
採用してもらい、ドジでマヌケな高校生のバイトが1人、誕生しました。
そのバイト先では、様々な年齢の人たちがいて、いろんな思惑があったり、複雑な人間関係もあったりもして、それまで、ぽわわんと生きていた私には、大層刺激的でした。
世の中というものを最初に教えてくれたのは、学校ではなく、このバイト先だったように思います。
私の小説では、ほとんどの登場人物が働いています。
それは、自分では無自覚で、ある取材の時に、そう指摘されて、気付いたのですが。
人が成長できるのは、働いている中で。
そう思っているせいかもしれません。

高校生のパン屋から始まった、私の職場は、その後色々変わっていきましたが、どこでも、たくさんのことを教わりました。
働くって、人の営みの中で、とても大切な行為のように思います。
あなたにとって、働くことには、どんな意味がありますか?