手紙をよく書きます。
字が下手なので、却って失礼にあたるのではないだろうかという不安を感じながらも、手書きにこだわっています。
以前使っていたのは、和紙の便箋でした。
その柔らかい風合いが好きだったのですが、万年筆のペン先が、和紙の繊維に引っかかり、滲んでしまうことが多くて、どうしたもんかと思っていました。
ある時、ネットで見かけた便箋に心を惹かれました。
なんでも、万年筆で書くことを前提にしている紙だとか。
そりゃあ、いい。
ということで、早速注文。
名前を入れることもできるようでしたので、お願いすると、仕上がりまで4週間かかるとのこと。
そ、そうですか。そんなにかかりますか。しょうがないですね。ま、急ぎませんので、お願いします。
てなことで、注文して、やっと届いたのがこちら。

とっても書き易いです。
ペンの滑り具合や、インクの乗りかたなども、ちょうどいい感じ。
罫線の間隔も、広過ぎず、狭過ぎずで、絶妙な塩梅になっています。
で、せっかく、いい便箋を手に入れたので、それを送る時の切手にもこだわって、オーダーしてみることに。
それが、こちら。

ご存知でしょうか?
これが「桂の葉」です。
ハートの形をしている葉っぱなので、もっと、皆さんから愛されてもいいように思う木なのですが、今一つな知名度が、「桂」という名前の私には残念でなりません。
この切手を貼って、手紙を送っていますが、オーダーしたオリジナルの切手だということ、それが「桂の葉」であることに、気付かれた方は、一人もいらっしゃいません。
そんなもんなんですよね。
自分のこだわりの度合いと、他人からの注目度の差って、大きな開きがあるもんです。
文庫「嫌な女」が書店に並んでいます。
お手に取っていただいたでしょうか?
執筆する際、音楽は必須。
1つの小説に、1枚の音楽アルバムを選び、それをテーマ曲として、執筆中の半年ほどの間、毎日、延々と聴き続けます。
これをパブロフの犬作戦と呼んでいます。
毎日続けているうちに、やがて、その音楽を聴けば、自然と小説の世界を思い出せるようになるからです。
昨日嫌なことがあった。
今夜、楽しみな予定がある。
といった、気もそぞろになりがちな時、音楽アルバムをかければ、すっと小説の世界に入れます。
これは、とても助かります。
「嫌な女」の文庫化にあたり、3年ぶりに原稿をチェックする時にも、まず、テーマと決めた音楽アルバムを流します。
すると、あぁ、そうそう、これね。
という具合に、3年前にすんなり戻れるのです。

では、「嫌な女」執筆時の音楽アルバムはなにかというと・・・これ、決まるまでが大変でした。
音楽をダウンロードして購入することができない私は、精一杯勘を働かせて、音楽CDを片っ端から買っていきます。
大抵は、そうやって買った中から「これだっ」というのが見つかるのですが、「嫌な女」の時は、全然、フィットするものと出会えませんでした。
買っても、買っても、違う。
どんだけ買うはめになるんだろうとの不安もよぎります。
「小説と世界観が近いもの」だの「切ない感じなんだけど、重くはない感じ」だの「ちょっと懐かしい感じも欲しい」だのという、抽象的過ぎて、よーわからん私の希望を、出版社の担当編集者は辛抱強く聞いてくれて、「これは、どうでしょう」と提案して手伝ってくれたのですが、それでも、なかなかこれぞというものに出会えずにいました。
ええいっ。こうなったら、昔の音楽CDからも探そうじゃないかいっ。
ということで、押し入れの奥に仕舞っていた昔の音楽CDを引っ張り出し、一枚ずつ聴いていきます。
と、「あっ、これだっ」という1枚を発見。
久保田利伸さんの「As One」というアルバムでした。
2000年に発表したもののようです。
聴いているうちに、どんどん小説の世界が広がっていく気配があって、これで、ようやく執筆をスタートできるとほっとし、嬉しくなったことを覚えています。
では、「嫌な女」を読んでくださる時はどうかというと・・・それぞれの方が、それぞれのタイミングで、それぞれの方法で読むのだと思います。
移動中なので、周囲の雑音をBGMとする方。
カフェで、店内のBGMを聴きながらの方。
家で、最近のお気に入りの音楽を聴きながらの方。
家事の合間に、洗濯機が動く音を聴きながらの方。
ベッドの中で、無音の状態で。
そんな時、小説と読者の間でどんなコラボが展開されているのでしょうか。
どなたかに、尋ねてみたい気がしています。
今の部屋に引っ越したばかりの頃、ブレーカーを落としてばかりいました。
それ以前に住んでいた部屋より、電化製品が多く、それらが、どれほど電気を使うかということがわかっていなかったせいです。
料理をしている途中で、突然の暗闇。
夜だと、当然ながら、まったく光がありません。
そんな状態で、ブレーカーのある場所まで移動するのは、結構大変。
手を伸ばして、恐る恐る足を動かします。
ここら辺に扉があるはず。
ない。
おかしい。
開けっぱなしだったっけ?
などと、不審に思いながら、突き進むと、ドンと手に衝撃を感じて「痛っ」と叫ぶことになったり。

我が家のブレーカーは、玄関ドア近くの、シューズラックの中にあります。
やっと、このシューズラックまで辿り着いても、ブレーカーがここら辺にあるということはわかっても、真っ暗で見えないので、スイッチがどこにあるのか、わかりません。
なんだよ、こういうところに、非常灯、必要じゃね?
と、施工業者にツッコミを入れる暇があったら、懐中電灯をシューズラックに用意しておくべきですよね。
前回、ブレーカーが落ちた時、ここに懐中電灯が必要だと思ったのに、そのままにしていた私が悪いんですから。
で、どうするかというと、そのうち、目が暗闇に慣れて、ぼんやりでもいいから、スイッチの場所が見えてくるんじゃないだろうかという、無駄な希望をもって、しばしじっとしています。
が、見えてくるわけもなく、玄関ドアを開けるという次のステップへ。
玄関ドアを開けると、エレベーターホールの天井にある電灯が点きます。
この灯りを頼りに、ブレーカーの位置を探そうとトライします。
が、この玄関ドアが、メッチャ重い。
片手では、とても支えていられないぐらい。
なので、両手で玄関ドアを開けます。
で、差し込んできた灯りを頼りに、スイッチの位置を確認。
スイッチをしっかと睨み、目を離さないようにして、さっと玄関ドアから手を離し、素早く、目が覚えていたスイッチの位置に手を伸ばします。
大体3回目のトライで、目当てのスイッチに触れることができます。
こうしてスイッチを入れて、灯りが付いた時は、ちょっと感動的でもあります。
これは、ブレーカーを落とした人にしか、わからない感覚かもしれません。
こうしたことを何度か繰り返すうちに、ブレーカーを落とさないよう、常に気を配るようになっていきます。
レンジを使う時は、エアコンを付けない。
布団乾燥機を使う時は、洗濯機は回さない。
などというルールを作り、それを守っていれば、ブレーカーは落ちないというラインをおおよそ把握して以降は、暗闇で扉に手をぶつけたりせずに済んでいます。
工夫次第で、多少は生活がし易くなるってもんのようです。
学校の担任教師に、お中元やお歳暮を贈る習慣は、今もありますか?
私が小学生の頃は、ありました。
そして、小学校の1、2年を担当した女性教師は凄かった。
教師の方から、半年に1度、食用油や石鹸を40個も貰うのは、迷惑だ。
だから、私が欲しいものにしてほしい。
と、このようなリクエストがきました。
で、私が欲しいのは、○○デパートの1階のバッグ売り場の、右から2つ目の棚に並んでいる○というメーカーの黒のバッグの○円の品だ。
PTAの役員は、それを代表して買ってきて、それをクラスの人数で割って、各自がそれぞれの金額を負担すればいい。
と、こう、担任の教師側から言ってくるんですからね。
凄いですよね。
まぁ、確かに、お中元やお歳暮の品といえば、昔はそれほど品数もありませんし、カタログ形式で、好きなものを選ぶといった方法はありませんでしたから、食用油と石鹸だらけになって困るというのが本音ではありましょうが、それにしたって、そういうリクエスト、しちゃう? 教師が。
親たちも、心の中では「すっげぇな」とは思っていたのではないでしょうか。

小学校3年生になると、担任が変わり、若い男性教師になりました。
さぁ、大変。
教師からは、当然といっちゃ、当然なのですが、リクエストが出てこない。
だとすると、若い男性教師の元に、40個ほどの食用油と石鹸が届くことになる。
それとなく、それでいいのか探りを入れてみるべきではないのか――といった意見が出ます。
で、PTAの役員が、精一杯それとなく探りを入れてみたところ・・・お中元やお歳暮なんて、いりませんから、と言われてしまったとのこと。
こうなると、親たちは困ってしまいます。
全員が、それじゃ、お中元もお歳暮も贈るのはやめましょうと決めたとしても、必ず裏切り者っていうのが出る。
絶対に、絶対に、抜け駆けしませんね? と確認しあう、疑心暗鬼がクラスの親たちを襲います。
その頃、連日、何人ものクラスメイトの親たちから電話があったことを覚えています。
親たちはいったい、なにを毎日、相談しているのだろうと、当時の私は不思議に思っていました。
子どもたちはというと、親たちのそういったことに興味を示す子はまったくいなくて、なんか、電話をし合っているな、ぐらいの認識でした。
やがて、そうした親の誰からともなく、こう言われるようになったそうです。
こうなってみると、1、2年の時の女性教師の時の方が、楽だったねと。
なんだか、親たちも大変でしたね。