最近は、シャワーだけで済ませてしまう方も多いようですね。
ですが、私は、毎日、浴槽に湯を張り、のんびりと浸かります。
冷え性の私には、身体を温めるということは、とても重要なことなので。
部屋探しをしていた時のこと。
不動産屋の担当者と現在の部屋を訪れ、あれこれ見学していた時、風呂場もチェックしました。
担当者は「ここのお風呂場は窓が大きいので、電気をつけなくても、ほら、こんなに明るいんですよ」と、アピールしてきました。
なるほど、そりゃあいい。
と、納得し、ほかの諸々の要素も気に入ったため、その部屋を借りることにしたのですが、住み始めて気付いたのは、「私は昼間、お風呂に入る習慣がない」という事実でした。
夜にしかお風呂に入らないので、窓が大きかろうが、小さかろうが、電気をつけなくてはなりませんし、開放感といったものも、まったく感じられません。
なんだかなぁと思ったものの、以前借りていた部屋の風呂場と比べれば、格段に広いので、その点にのみ、満足するようにしています。

ほぼ毎晩、半身浴をして、読書をします。
30分ぐらいでしょうか。
浴槽の蓋が2枚あるので、1枚だけを湯船の上に広げ、そこにタオルを敷きます。
両腕を蓋の上に置き、タオルの上に置いた本を捲るというスタイルなので、とても楽な格好で読書ができます。
以前住んでいた部屋はユニットバスで、浴槽に蓋はありませんでした。
ここでの半身浴と読書は、しんどかった。
おへそ辺りまで湯をためて、そこに身体を沈めます。
で、あぐらをかきます。
が、小さな浴槽なので、あぐらといっても、両膝を、底につけることはできません。
膝頭と膝頭の間を15センチほど開くのが、精一杯の浴槽の幅でした。
そうやって、あぐらと体育座りの中間のような恰好をしたところで、太腿に両肘を置きます。膝から5、6センチほど股関節よりのあたりが、ちょうどいい位置でした。
そうやって、自分の太腿を支えにして肘をつき、本を持ち上げるようにして、読書をするのです。
重いです。
分厚い単行本だと、結構、ガッツがいります。
読書タイムを終える頃には、両の太腿には、自分の肘が付けた、圧迫痕が。
そこまでして、なんで、本を読むのか? との問いが、当然出るかと思われますが、その答えはもってないんですね。
強いて挙げれば、冷え性なので、半身浴で身体を温める必要がある。
その温めている間、なにもしないでいるのは耐えられない。
だったら、読書したい。
といった発想だったように思います。最初は。
それが、いつの間にか、とにかくどんな風呂場環境であっても、読んでやるんだ、私はという意地みたいなものが生まれて、現在に至るといったところでしょうか。
友人らからは「本が、湿気でべこべこにならない?」とよく聞かれますが、意外と大丈夫なんですね。
ただ、電子書籍はさすがに無理かと。
最近は、編集者などから電子書籍を読めるという端末の説明を受ける機会も多いのですが、その度に、「で、それはお風呂場でも使えるの?」と質問をして、困らせています。
端末によっては、別売りされているグッズを装着することで、風呂場でも使用可能のものもあるという話も聞きますが、どんな使い勝手なんでしょうか?
「嫌な女」の文庫が発売になります。
5月14日(火)から書店等に並び始めます。
単行本を買いそびれた方(!)は、この機会にどうぞお買い求めください。

文庫化にするにあたって、改めて原稿をチェックする作業を行います。
原稿を書いた時から、およそ3年が経っています。
3年ぶりに自分の原稿と向き合う時の気持ちを、言葉にするのは、なかなか難しいもんです。
そうそう、ここ、苦労したんだったわ、と思い出したり、あれっ、こんなこと書いてたんだと驚いたり・・・。
基本的には、単行本を出した時の気持ちを第一にして、修正は最低限に抑えるようにしています。
原稿を読んでいると、様々なことが思い出されてくるのですが、それらは大体、細かいことでして。
そういえば、まだ書き出す前の打ち合わせで、麻布のカフェがドアを開け放していたために、すっごい寒くて、コートを脱げないままだったなぁとか。
別の打ち合わせの日には、下ろしたてのバックベルトのサンダルがきつくて、何度も、ベルト部分を下ろしてしまおうかと考えるあまり、なかなか集中できなかったこととか。
そうした思い出の中で、最も強い記憶となって残っているのは・・・書き終えた時のこと。
全身から力が抜けてしまい、椅子にちゃんと座っていることさえできず、床に蹲りたくなるような感じでした。
それから放心状態に陥り、随分長いこと、白い壁を眺めていました。
私としては、かなり難しい挑戦をした作品でしたので、「おっしゃー」と雄叫びを上げるとか、思わずガッツポーズを取ったとか、そういうはっきりとした喜びの瞬間が訪れるのではないかと、少し期待していたのですが・・・。
実際は、白い壁を見つめ続けるという、とても地味な原稿アップのシーンとなりました。
かなり綿密にプロットを作ってから、書き始めるのですが、その通りに進むかというと、全然そうはならず。
プロット通りになるのは、半分ほど。
残りの半分は、キャラクターに委ねてしまいます。
キャラクターが、思わぬ行動を取り始めたら、もう私はついていくだけ。
と、こんなことを言うと、「あなたが書いているんだから、あなたのさじ加減ひとつでしょうよ」とごもっともな意見を賜ることもあります。
至極まっとうな指摘です。
でも、残念ながら、私のさじ加減では、どうにもならないんです。
ここら辺の不思議な感覚は、なかなかご理解いただけないのですが。
「嫌な女」でも、登場人物たちが、私の意図とは違う動きをして、私も戸惑うということが結構ありました。
彼女たちの生き様に、最後は拍手を送りたくなっていたのも、作者としてよりは、友人のような感覚が強かったせいかもしれません。
二人の女の生き様に興味をもたれましたら、ぜひ、ご一読を。
最近観た映画のDVDから、面白かったもののご紹介です。
まずは「アメイジン・グレイス」。

これ、映画のタイトルなんですが、名曲「アメイジング・グレイス」がどうやって生まれたのかというのがテーマの1つになっているので、曲名をそのまま映画のタイトルにしたようですね。
この曲、それまでは歌詞に注意を払うこともなく、「綺麗なメロディーだな」程度にしか思っていませんでした。
ですが、曲の誕生に、こんな物語があったと知った途端、それまでとは全然違ったように聞こえてくるから、不思議です。
DVDの説明書きによれば、奴隷解放のために戦った実在の政治家の話がベースになっているそうで、さらにびっくりしました。
あまりに恰好いいんです。この政治家が。
映画の中にだけしか存在しないような、スーパーヒーロー。
正義感が強くて、公平で。どんな目に遭おうと、信念が折れない。
あまりに完璧な描かれようなので、てっきり、制作側の願望が入りまくった主人公かと思っていました。
物語は政治家の話なので、地味な展開が続きますが、その分リアリティーがあり、一人の人間の人生の重みが、じーんと胸にきます。
次にご紹介するのは「英国王のスピーチ」。

たくさんの賞を取った作品なので、すでにご覧になった方も多いかもしれませんね。
ジョージ6世が吃音だったことも知らなかった私でしたので、伝記映画として楽しんで観ましたが、それだけでなく、一人の男の成長物語としても面白かったです。
どちらかというと、ジョージ6世の兄のエドワードの方が、日本では知られていたのではないでしょうか。
エドワードが王位の座を捨てて愛を選んだというドラマチックな話は、女性誌などで、しばしば取り上げられてきました。
女性が好きな話なんですね。
この映画では、その兄の代りに王の座に就くことになったジョージの苦悩や孤独、挫折といったものを描いています。
イギリスの王という、自分とは全然違う世界の人なのに、その心の痛みにすっと感情移入できてしまうから、不思議です。映画の力でしょうか。
最後の渾身のスピーチでは、思わず「頑張れっ。あともうちょっとだ」と肩に力を入れて応援してしまったのも、映画の力のなせる業でしょうか。
最後にジョージ6世の顔がアップになるのですが、これが、自信を得た男といった、いい顔なんです。
こういう役者の表情1つで、感動を作れるのが、映画の凄いところですよね。
作家としては、嫉妬を覚えるところでもありますが。
先日、東京タワーに行きました。
特設会場で開かれている「山本作兵衛展」を観るためです。
長年、炭鉱夫として働いた作兵衛さんが、引退後に、炭鉱のことを子孫らに書き残しておこうと、絵筆を取ったのが始まりで、1000点以上の炭鉱記録画を残したといわれているそうです。

作兵衛さんの炭鉱記録画は、ユネスコの世界記録遺産に登録されたのをきっかけに、それまで以上に注目を集めたようです。
それが、なぜ、東京タワーの特設会場での開催なのかは、わかりませんが、とにかく、一度、観てみたいと思っていたので、足を運びました。
行ったのは、平日の昼間。
こうした時間帯に、よく美術館へ行くのですが、びっくりするほど混んでいたりするもんです。
会社勤めを引退された方や、仕事の合間っぽい人などの姿を、多く、見かけます。
が、この会場は、数えるくらいの来館者。
どうしてだろうかと首を傾げながらも、ま、ゆっくり観られるからいいかと納得させ、いざ、観始めると・・・。
掟破りの人たちばっかりで。
通常、絵を見る時には、絵を観ている人の前には立たない、という暗黙のルールがあります。
また、絵を観終わり、次の絵へと移動する際も、誰かの視線を遮っていないだろうかと配慮をしながら、移動します。
こうしたルールも、大混雑している館内などでは、しばしば無視されてしまうことも、あるっちゃ、あるのですが、それは、やはり、混雑しているからで。
その日の館内は、すっかすかの来館者だったにも拘らず、平気で、私の前に立つ皆さん方。
こうした場に来慣れていない人たちなのでしょうか。
そうしたルール無視にめげず、絵を観て歩いていると・・・私の前に女性の二人組が立ちました。
と、そのうちの一人が、こともあろうに、額装されている絵のガラスを、指で、すうっと撫でたのです。
失神しそうになりました、私は。
あまりの衝撃で。
自分を取り戻せるようになるまで、しばしの時間がかかりましたね。
それからは、ガラス付きの額装で、良かった、と、安堵する気持ちや、見張りのスタッフは、なにをしとるんじゃといった、ツッコミ、あの女を逮捕しろという思いなどが、次から次に湧き起こりました。
小学校の廊下に貼ってある、子どもたちの絵のような、感覚だったんでしょうか。
絵を指で触ろうなどという発想の元は。
そうした絵だって、触っちゃ、ダメだと思いますが。
いやいや、心臓に悪い。
思わず、館内にあったソファに腰掛け、心と心臓を休めました。
皆さんは、どうか、許可されていない芸術作品に触れるなどという、暴挙はなさいませんように。