第4位

  • 2013年05月02日

好きな食べ物ランキングを付けるとするなら・・・といったお題が出たら、1位にメロンパンがくると、以前、このブログに書きました。
2位はういろう、3位はケチャップ。
このトップ3は不動。
ここ何年も変わっていません。
と、ここで4位に入れてもいいんじゃないかといったものが登場。
五家宝(ごかぼう)です。
gokabou
ご存知でしょうか?
大きなスーパーの菓子売り場の端の方に、ひっそりと置かれているお菓子です。
辞書によれば、もち米を蒸し、水あめと砂糖を加えて固め、棒状に作り、青きなこなどをまぶした菓子とあり、享保年間に現在の群馬県の方が初めて作ったという説があるようです。
現在は埼玉県越谷の名産とも書いてありました。
これ、きなこがまぶしてあるので、食べると、口の周りがきなこまみれになります。
また、喉も乾きます。
結構な弾力と粘着性があるので、歯につめものをしているような方は、覚悟して食さなければいけません。
が、こうしたマイナス面を忘れさせるほどの、独特の個性と味わい。
一度はまると、病み付きです。

きっかけは、今年のお正月。
たまたま食べたところ、その味と食感にノックアウトされました。
それ以前から、もしかしたら、私は五家宝を好きかもしれない、という予感みたいなものはありました。
スーパーの菓子売り場などで、「買って、買って~」と自己主張の強い菓子たちの中で、遠慮気味というか、どっちかというと「どうせ俺なんて、買う気ないよね」と、拗ねている様子なのが五家宝。
そうした姿を、たまたま見つけると、これ、結構、美味しいんだよねと買ってしまっていましたから。
とはいうものの、それじゃ、次に菓子売り場に立った時に、また五家宝を選ぶかというと、そうはならず、別の菓子に手を伸ばしてはいましたが。
でも、五家宝を忘れたことはなく、しばらくすると、また、五家宝を買い、そうそう、これ、美味しいんだよねと、再確認していました。
私が船なら、五家宝は港とでもいいましょうか。
ほかの菓子たちを食べ歩いていても、帰るのは港である、五家宝。
そんな関係性が大きく変化したのが、今年のお正月。
5分ほどで、1袋を食べ終えた時、これこそ、4位にランクインするべき食べ物であるとの確信が。
いや、一時のブームのようなもので、すぐに飽きちゃうんじゃない? という冷静な声もどこからか聞こえてきました。
が、それから約5ヵ月。
未だに、五家宝への愛は冷めず、これは本物だと認め、この場で発表することにいたしました。
なんつったって、今では、五家宝を買うためだけに、スーパーに行くぐらいですから。
もし、スーパーで、五家宝の袋を5個も6個も、あるだけ買おうとしている人を見かけたら、そっと見守ってやってください。
それは、私ですから。

横断歩道

  • 2013年04月29日

先日、信号待ちをしていると・・・。
横断歩道の向こうには、ランドセルを背負った少女が一人。
小学4、5年生ぐらいでしょうか。
信号が青になり、私が歩き出そうとした時、ふと、横断歩道の向こうに目をやると、件の少女が、すっと真っ直ぐ右手を上げました。
そして、そのまま、横断歩道を進んできます。
格好いい。
迷いのない、右手の上げ方が、堪らなく恰好いいんです。
すれ違う時「格好いいよ」と声をかけたくなる気持ちを抑え、じろじろ見ないように注意しました。
口笛を吹けたなら、吹いていたかもしれません。
横断歩道を渡り切り、私が振り返ると、少女は上げた時と同じくらい潔い感じで、手を下ろし、細道へと入っていきました。
oudannhodou
恐らく、学校で、横断歩道を渡る時、手を上げるよう、教わったのでしょう。
それをちゃんと、しかも恰好よくやっている少女が、とても素敵でした。
そこで、我が身を振り返ると、学校で習ったかどうか、記憶がありません。
でも、親が教えてくれたようにも思えず、やはり、学校で習ったと考えるのが自然でしょう。
習った当時、私は、あんな風にちゃんと手を上げただろうかと考えると、そんな記憶もありません。
さらにいえば、手を上げたこともあったが、いつの間にか、上げなくなったという、そういった流れの記憶もないのです。
学校では、手を上げて横断歩道を渡れと教わったが、大人たちは、やってないじゃん、といった理由から、やがて上げなくなり、「大人って、言ってることと、やってること、違うよね」といった子どもなりの冷めた目で、世の中を斜めに見ていたのかどうかも、定かではありません。

では、授業中はどうだったのか。
授業中には、真っ直ぐ手を上げていただろうかと記憶を辿りましたが・・・どうもはっきりしません。
ただ、中学以降では、教師が「誰か、わかる人」と言って、手を上げるような人はクラスにはいなかったという記憶がはっきりしています。
教師の方もわかっているので、手を上げさるという無駄なことはせずに、その日の日付けと同じ学籍番号の生徒を指名して、答えさせたりしていました。
では、小学校では?
どうでしょう。
確実なのは、私は積極的に授業に参加するような子どもではなかったということ。
だとしたら、ほかの生徒らが手を上げていても、まったく上げなかった可能性が高いように思われます。
その時、自分は上げなかったという思いが強く残っていたから、真っ直ぐ手を上げて横断歩道を渡る少女に、反応したのかもしれません。
あの少女は、どんな子でしょう。
学校では? 家では?
そんなことを、あれこれ考えているうちに、あの少女の物語を書きたくなってきました。

ハンガー

  • 2013年04月25日

どんなハンガーを使っていますか?

今まで、私が使っていたのは、ごくフツーのものでした。
スーツの場合だと、ジャケットをハンガーにかけたら、その下に付いている大きな洗濯バサミのようなものに、スカートかパンツを挟んでいました。
が、これだと、服を選ぶ時、どうも、パターンが広がっていかない。
揃いの上下を選んでしまいがち。
でも、上下をバラバラに使った方が、コーディネートの幅は広がるはず。
で、私は揃いのスーツであっても、ハンガー2つに別々に収納していました。
1つのハンガーにジャケットを着せたら、もう1つ別のハンガーの洗濯バサミに、揃いのスカートかパンツを挟む。
また、わざと、離してラックにかけてみたりして、それぞれを単品として考えるようにして、コーディネートの幅を広げるよう努めていました。
ですが、これだと、たいして服の量はないにもかかわらず、クローゼットの中がぎゅうぎゅう詰めに。

なにかいい解決方法はないもんだろうかと思っていたところ、見つけました。
洗濯バサミの部分が、浮き上がって、前に飛び出てくれるタイプのを。
P1010107
これだと、ジャケットの前に、洗濯バサミがきますから、スカートやパンツが、ぐっと自己主張をしてきて、コーディネートを考える時、単品として目に入ってきます。
それでいて、嵩としては、ほぼ1つのハンガー分で済みます。
このハンガーに切り替えたところ、同じ服の量なのに、クローゼットの中は随分とすっきりして、窮屈そうではなくなりました。
私は肩幅を最短に設定して使っていますが、肩の部分はスライドして、長さを変えられるようになっているので、身体のサイズや男女、デザインなどによって、調整して使える点も、よく考えられていると思います。

本物の服好きは、ハンガーにこそ、お金をかけると、どこかで聞いたことがあります。
確かに、着ている時間より、ハンガーに掛けている時間の方が、長いですもんね。
以前、高級ブランドショップで、買う気はさらさらなく、ただ、目の保養をしていた時、すっげぇ高そうなハンガーに、服が掛かっているのを見て「だよな」と納得したことがあります。
服を大切にするなら、ハンガーにもこだわらなくてはいけませんね。

  • 2013年04月22日

中学生の頃のことです。
天気のいい日でした。
日曜日だったような気がします。
親の部屋に寝っころがって、窓越しに空を眺めていました。
当時、私は自分の部屋をもっていたのですが、そこはマンションの通路側に面していたため、空を眺めることはできませんでした。
それで、わざわざ、空を眺めるために、親の部屋に行くのです。
そんなに空を見たいなら、外へ出ればいいのですが、基本的に出不精なので、家から出ないで、部屋を移動することで済ませていました。
kumo
空に浮かぶ雲の中から、なんとなく好きな形の雲を一つ選び、それをぼんやり眺めていました。
その雲がゆっくり、ゆっくり、動いているのを、ひたすら追い掛けます。
と、自分が寝ている布団の方が、動いているということに気付きました。
そう、そう。
知ってる。
地球は自転してるから。
でも、自分の方が回っているとわかるほどの速度じゃないはず。
気のせい、気のせい。
と言い聞かせるものの、一度、自分の方が動いていると感じてしまうと、それを振り払うことができません。
回ってる、私――。
しばらくすると、胃がむかむかしてきました。
起き上がり、胸に手をあて、考えます。
これは、車に酔った時に覚えたのと同じ不快感。
ってことは、私は酔った?
地球の自転に?
我ながら、おかしな子だと思いました。
繊細なんてレベルとは違って、間抜け過ぎます。
薬箱の中を引っ掻き回し酔い止めの薬を探しましたが、説明書きによれば、酔う前に飲んでおくもので、酔ってからでは効かないといったことが書かれていました。
仕方がないので、頭に氷嚢をあて、自室のベッドに横になり「動いてない。私は全然動いていない」と言い聞かせ続けました。
三十分ほどすると、胃の不快感はなくなり、地球が動いているという感覚も消えていました。
ふうっ。
人心地がついた私は、それからどうしたかというと、居間のテレビの前に座りまして、当時のお気に入りだった、藤山寛美さんの松竹新喜劇の舞台中継を見始めました。
さっきまで自転に酔っていたことなど忘れたかのように、ぎゃははっと大笑い。
こんな風に、休日は過ぎていきました。

今、振り返ると、中学生の頃は、暇だったのか? とか、昔っから、私はちょっとおかしかったんだなとか、藤山寛美さんは偉大だったな、などと、いろんな感想が浮かんでまいります。

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