仕事がらみで、結構、高級なレストランで食事をさせていただく機会があります。
なのに、なのに、ブログ用に写真を撮ることを、いつも、忘れます。
大体、食べ終わり、帰りのタクシーの中で、お腹を擦りながら「美味しかったなぁ」などと思う頃になって、あっ、ブログ用に写真を撮ればよかったと気が付き、後悔するんですね。
すでに、ブログを始めて、1年半以上、経つというのに・・・。

ブログを始めた頃、「それじゃ、ブログ用に写真映りのいい、お店へ行きましょう」なんて言ってくださる方がいて、喜んで、指定されたお店へ。
が、2軒目のお店で、「あっ、さっきのお店で、ブログ用に写真を撮るの、忘れた」と気が付き、そう口にすると、その場にいた4人からは、「あ~」と、かなり残念そうな声が上がりました。
ですよね。
これは、なぜなのかと考えるに、料理が出されると、まず、私の脳とハートは、「食うぞ」ということ以外、なにもなくなるからではないかと。
さらに、写真を撮ることへの意識の低さ。
旅先などで、凄い場所を目にしても、ただぽかんと口を開けて、しばし眺めているだけだったりします。
周囲の観光客たちが、パシャパシャとシャッターを切っている音を聞き、おう、そうか、写真を撮るべき時は、今なのだな、と気が付き、やおら、バッグからカメラを取り出すといった、なんとものんびりした撮影。
こんな調子ですから、観光名所では、なんとか、写真を撮ることができますが、ホテルの中や、移動中や食事中といったシーンでは、誰も私に、気付かせてくれないので、シャッターを押しません。
帰国してみれば、なんとも薄い写真記録となっています。
先日、近所のコンビニに行ったら、学生風の男性が、棚に並ぶお菓子をスマホで撮影していました。
それを、どうする?
なにが、君の心に刺さったのかな?
たくさんの疑問を抱きながら、私は彼の様子をしばし探っていました。
やがて、彼は、画面をいじりながら、ドリンクの棚へと進み、一つを取り出すと、レジ方向へ。
えっ?
お菓子は?
撮影しただけ?
ドリンクは撮影しなくて、いいの?
と、彼の背中に向かって、心の中で呟きました。
なんだか、写真を撮るという行為が、「髪をかき上げる」とか「鼻を触る」といった程度の、ささいなことになっている人を、見たような気がしました。
そして、いつの日か、そんな風に、なってみたいもんだと、思いました。
肩凝りが酷く、月に1度程度、指圧店に通っていました。
そこには、十人ほどのスタッフがいるのですが、当然といえば、当然ながら、技術にはばらつきがあります。
ツイてない日は、未熟なスタッフが担当になってしまい、却って腰のヘルニアが悪化したような気分で帰ることも。
そもそも、月に1度でいいのだろうか。
肩凝りは、毎日起こっているというのに。
そこで、マッサージチェアを買っちゃおうか、とのアイデアが浮上。
いつでも好きな時に、凝りをほぐせるし、長い目で見れば、指圧店に通うより、安く上がるのではないかとの考えるに至ったものです。
ネットで、あれこれ探してみましたが、結構、高いんですね、マッサージチェアって。
「物は試しに」とは言えないほどの、結構なお値段。
相当な決心が必要です。
また、場所を取るんですね。
表記してあるサイズを、我が家の床にメジャーを置いて、塩梅を見てみれば、部屋のほとんどをマッサージチェアが占める状態になるだろうことが、わかります。
さてさて、どうするか。
もっと、コンパクトなものはないもんだろうかと、さらにネットで探してみることに。
すると、電動肩叩き機といった風情のものを発見。
マッサージチェアという枠からは、完全に外れてしまっていますが、肩に羽織るようにして使用するそうで、スペースの問題は一挙にクリア。
価格は、指圧店に7回通ったのと同じ金額で、まぁ、許容範囲。
問題は、本当に、それで肩凝りが解消されるのかということ。
以前、どこかでポイントを集めて、電動肩叩き機と交換したことがありますが、それは3回使用した後、クローゼットの隅に何年も寝かせることになってしまいました。
その時のは、長い棒の先に直径10センチほどの球が付いていて、それが振動するというものだったのですが、棒を持つ手にぶるぶると震えを感じたものの、肩凝りはまったく解消されませんでした。
これの二の舞になるのではないかとの不安がよぎります。
ポイントと交換した品ならば、しょうがないかと、諦められますが、身銭を切った場合では、諦めきれません。
1週間ほど悩んだ結果、思い切って、買うことに。

到着し、早速、電動肩叩き機を、肩に背負ってみると・・・ちょっと、重いんじゃね? というほどのどっりとした重量。
この重さで却って肩が凝ったなんて、オチはお願いですから、やめてくださいと懇願しながら、スイッチオン。
と、びっくりするような強さで、肩が叩かれ始めて、慌てて、スイッチオフ。
取扱い説明書を再度読み直し、一番弱い力で叩いてもらう場合の、コースの設定を再確認してから、二度目のスイッチオン。
本当にこれが、一番弱いコースなのか? と疑念を抱きながら耐えること、5分。
終了のブザーが鳴り、ほっと息を吐き出して、肩を回してみました。
特段、変化はなし。
次に、先ほどより、肩甲骨よりに位置をずらして、スイッチオン。
「あーーーーー」と声を出してみると、「あ~~~~~」と声が震えます。
と、いい年をして、そんな遊びをしているうちに、5分で、コース終了。
肩を動かしてみましたが、マシンを使用前と、変化は感じられず。
この買い物、失敗だったかなぁなどと思いながらも、翌日から、仕事が終わった夕方に、一番力の弱い5分のコースを、毎日2度トライすることに。
1週間ほど経った頃、なんとなく、肩が軽いことに、気が付きました。
肩を触ってみると、凝っているところもありますが、パンパンに張っているという状態ではなくなっています。
これが、「生活の質」の向上ってやつではないのか。
と、少し嬉しくなって、毎日使用し続けて、3ヵ月。
指圧店に行かなくても、身体が悲鳴を上げない状態を維持できるようになりました。
幼い頃の私は、どんなに泣いていても、カメラを向けられると、にっと笑う子どもだったそうです。
なにが、そうさせたのか、まったくわかりません。
わからないものの、そのままにしておくべきことと、私は思います。
が、私の両親は、泣いている写真が1枚もないというのは、つまらないと、考えまして、無理矢理泣かせたそうです。
こういう親って、どうよ、と、私は思います。
それでも、カメラを向けられれば、にっと笑っていたそうです。
これで、諦めないのが、我が親。
連日、しつこく、泣かせていたそうです。
間違いなく、虐待ですね。

そして、ある日のこと。
さすがに堪忍袋の緒が切れたのか、カメラを向けられても、にっとできなかった私は、「写さないで」と言わんばかりに、くるっと後ろを向き、顔を隠したそうで。
その時の1枚というのが、残っています。
ベビーベッドの中にいる私は、足をクロスさせています。
そして、柵の上に腕をのせ、そこに顔をうずめるようにして、カメラから顔を隠しています。
お尻のあたりは、オムツ着用中とはっきりわかる、ぽってりとしたライン。
その幼さと、はっきりと拒絶している固い意志表示のバランスが、なんとも味わい深い1枚となっています。
ここまでに頑なに、泣き顔を写させなかった私は、いったい何者だったのかと思わないではありませんが、それを泣かせて写真を撮ろうとする親も、何者だったんでしょう。
時は巡り、今、取材などで、写真を撮られることがあります。
親は、「美しく撮っていただくことは無理だろうから、賢そうに見えるよう、写していただきなさい」と言います。
そこで、カメラマンの方に「賢そうに見えるように、お願いします」と言います。
すると、「わっかりました~」と軽くいなされたり、「難しいですねぇ」とあっさり否定されたりします。
で、できあがった画像がメールに添付されてきます。
と、あんだけシャッターを押してて、これ? と思うような画像が。
大体、口を大きく開けて、ガハハと笑っているショットなんですね、これが。
賢そうにとお願いしたのに・・・。
同席していた編集者に、ぶちぶちと愚痴ると、レンズを睨んでいるような写真より、表情が生き生きしている方がいいと思ったんじゃないですかねと、カメラマンさんをフォロー。
そんな時はいつも、幼い頃、笑顔しか写させなかったという、親から聞かされたエピソードを思い出します。
あの日――。
地震がきた時「あぁ、この世が終わる」と思いました。
そして「こんな終わり方って、アリかよ」とも。
まだ揺れている中で、手を伸ばしたのは、原稿の入っているUSBメモリーでした。
これだけは守らなければと、なぜか、そう思い、引き出しに入っていたUSBメモリーを取り出し、ずっとそれを握りしめていました。
揺れが治まった後、どれくらい呆然としていたか、よく覚えていません。
そうだ、テレビを付けてみようと思い付くまでに、相当の時間がかかりました。
付けたテレビから流れてくる情報は、耳を疑うようなものばかりで、気が付けば、身体が震えていました。
胸に溢れるのは、無力感と絶望感。
あれから2年。
未だ復興の足掛かりさえ掴めていない方たちが多いということが、残念でなりません。
私はといえば、家具を固定する粘着マットを使用したり、水のペットボトルを常備するようにしたり、非常用トイレ袋を買ったりと、防災グッズを用意するようになりました。
そして、仕事でも、少しの変化が。
「いつか」「そのうち」という言葉を使わないようになってきたように思います。
いつか、こういう作品を書きたいという考え方から、今、書かなくてはとの想いに変換したような。
いつ、なにが起きて、どうなるかわからないという事実が、胸に刻まれた結果、先延ばししてはいけないと気が付いたのでしょうか。

その一方で、書けないこともあります。
震災直後、この震災をテーマにした小説を書いてみる気は? と、ある編集者から尋ねられました。
即座に「無理です」と答えました。
私の中で、受け止めきれていないので、書くという行為にまで辿り着けないと説明しました。
ある程度、自分の中で咀嚼できるまでになっていないと、書くということはできません。
2年経った今も、震災を扱った小説を書く気にはなりません。
まだ、受け止めきれていないようです。