「石橋を叩いて渡る」という諺がありますね。
広辞苑によれば、用心の上にも用心するたとえ、とあります。
いいですね、慎重で、堅実な感じ。
この言葉は、私の生き方の目標です。
若い頃、私の生き方は、非常に雑でして、この諺とは真逆でした。

就職や転職など、人生の節目で、私はほとんど迷いませんでした。
真剣にこれからの人生を考えるというよりは、まぁ、なんとかなるんじゃないか? といった根拠のないポジティブさで切り抜けてきたのです。
転職の時は・・・たった一人の上司が突然退職してしまい、仕事を教えてくれる人がいなくなりました。そんじゃ、私も辞めちゃおっかなぁといった安易な発想で、退職することに。
お世話になった取り引き先の展示会で、「退職することになりました。今までありがとうございました」と挨拶したら、「それじゃ、そっちを辞めた翌日からうちで働きなさい」と誘われ、同じ業界の別の企業へ転職することに。
後になって振り返ると、どうして先の展望もなく、なんの資格ももっていなかったのに、あんなに安易に退職を決めたのだろうと、自分の行動が不思議でしょうがありません。
たまたま拾ってくれた企業があったから、ラッキーだったものの、そうでなければ、転職など難しかったでしょうに。
石橋を叩かないどころか、渡ってからよく見たら、所々朽ちた木製の橋だった。ふうっ。危なかった、と後から気付くといった有様でした。
会社員を辞めて、フリーライターになった時も同じ。
会社に内緒で、ライター仕事を請け負っていましたが、二足のわらじは、結構体力的にハードでした。そんな時、傾きかけていた会社のボーナスが現物支給に。
こりゃ、この会社が潰れるの、時間の問題だぞ、退職金が出るうちに辞めた方がいいかも、といった判断をするに至りました。
そして、退職。
その後、フリーランスのライターになりましたので、よろしくと、方々に声を掛けて、仕事を貰うように。
これも、後になって、「思い切りましたね、やっていける自信はありましたか?」と問われて、初めて、そうか、思い切ったのか、私、と気付く程度。
やっていける自信なんて、ゼロでした。
そもそも、やっていけるだろうかと、考えもしなかったんですね。
考えなければ、自信も不安もないわけで、この時も、渡ってからよく見たら、頼りないほど、長くて細いつり橋で、少しの風で、大きく揺れていた。ふうっ。またまた、危なかったぜぇと、後から気付きました。
このように、どんな橋かよく見ないで、渡ってきました。
慎重で堅実だったら、きっと作家にはなっていないでしょう。
その点では、雑な生き方も、まぁ、悪いことばかりではなかったのかなとは思いますが、やはり、憧れるのは「石橋を叩いて渡る」生き方です。
まずは、渡る前に、それが橋だと気付くかどうかが、問題なのですが・・・。
もうすぐ、誕生日がやってきます。
子どもの頃は、誕生日が待ち遠しくてしょうがなかったもんです。
親から貰うプレゼントも楽しみでしたし、自宅に友人らを招き、「お誕生会」を主催するのも心うきうきすることでした。
それが、30歳目前ぐらいになると、一気に変わりますね。
誕生日は、恐怖とともにやってくるようになります。
どうしよう、また1つ年を取ってしまう。
と、じりじりと焦りばかりが加速。
この1年、なにもなかった。
このまま、私は年を取っていくだけなのか・・・。
てなことを考えると、不安ばかりが募りました。
そんな焦燥感も、やがては消え、誕生日への思いは、また変化しました。
最近では、この1年、なんとか健康で、無事に過ごすことができてよかったわぁ。
感謝、感謝。
と、「ありがたい」という思いでいっぱいの誕生日に。
そして、誰も祝ってくれないとか、食事の予定がないとか、プレゼントがない、なんてことは、どーでもよくなりますね。

これは、去年の誕生日に、昼前に「あっ、今日、私の誕生日だ」と思い出し、そんじゃ、出前でもと考え、注文した握り寿司セット。
せっかくなので、ケーキも出前してもらいました。
それが、こちら。

さて、今年はどうしようかと現在思案中。
ネットで見つけた、ネックレスとバングルが、ずっと気になっているので、思い切って、自分のバースデープレゼントとして買うかもしれません。
もはや、自分の誕生日を祝って、自分にプレゼントをすることに、抵抗感ゼロですから。
いつも買っているアイスより、3倍もする高額アイスを、コンビニで買うかもしれません。
そんなもんでも、充分、スペシャル感を味わおうと思えば、味わえますから。
どっこいしょ。
これ、年寄りの言葉だと思っていました。
それを、ある日、自分が無意識に吐き出していたと気付いた時のショックは、筆舌に尽くし難いものがありました。
やだ、私ったら。
なに、今の。
と、動揺をなんとかおさめ、今のはなかったことにしようと決心。
ところが、それほど日を置かずに「どっこいしょ」と言っている自分に気付くのです。
こうなると二択しかありません。
A:「どっこいしょ」を年寄りの言葉だと思っていたのが、間違いだった。
B:私は年寄りだ。
どちらを選ぶか。
ここは、ひとまず、Aを選択させていただくことに。
瞬間的に、力を入れるような時、掛け声が必要です。
そんな時「どっこいしょ」という、愛嬌のある言葉を採用する大人が、やや多く、それをもって、年寄り独特の掛け声と判断した、私が間違っていたのです。

2リットルのペットボトルを持ち上げる時――どっこいしょ。
敷き布団を三つに折り畳む時――どっこいしょ。
椅子に座る時なんかも、言いますね。どっこいしょ、と。
力を入れる時だけでなく、抜くような時にも「どっこいしょ」は使用可能ということですね。
昨日、プリンターにエラーメッセージが出てしまいました。
トレイに紙がないか、紙が詰まっているとのメッセージ。
トレイには紙があったので、紙詰まりと判断し、重いプリンターを持ち上げ、ひっくり返したり、あっちこっち開いたりして、チェックしましたが、どこにも紙が詰まっている様子はありません。
すっとこどっこいなのは、自覚しているので、取扱説明書をもう一度読み、「紙が詰まった時には」というページに書かれている順に、紙詰まり箇所を探していきます。
しかし、どこにも紙は詰まっていません。
故障だろうか。
メーカーのHPにアクセスし、こういった場合の対処方法を探しましたが、見つけることはできませんでした。
カスタマーセンターに電話をしようと決心し、オペレーターに状況を説明するため、エラーメッセージの文章をメモに書き写そうとしました。
「上トレイに紙がないか・・・」
ん?
思わず、手を止めました。
上トレイ?
上トレイは、ハガキなどの小さな紙を入れるトレイ。
A4の紙は、いつも下トレイに入れています。
なにか設定をしなければ、いつも下トレイに入っているA4の紙に、印刷されることになっていたので、てっきり、下トレイに紙がないか、紙詰まりだと指摘されたのだと思ってしまっていました。
印刷しようとしてたのはWEBページの画像を含んだ一部だったので、設定用紙が、A4ではなかったのでしょう。
自分が「上」という字を読み飛ばしたのがいけないんですが、十分以上もプリンターをいじくりまわしたことを思うと、空しさが込み上げてきます。
そこで私の口をついて出たのは「どっこいしょ」でした。
「どっこいしょ」の掛け声とともに立ち上がり、プリンターから離れました。
気持ちを切り替える時にも、使えますよ、「どっこいしょ」は。
今はもう閉店してしまった喫茶店。
新宿の駅前にありました。
打ち合わせに利用する客のために、FAX機が用意されていました。
当時、携帯電話は普及していましたが、そこそこの量のデータを、急ぎで遣り取りするには、FAXを使うのが主流だったせいでしょう。
有料でしたが、送受信ができました。
フロアの隅には、小さな池があり、そこには鯉が泳いでいましたっけ。
なんとも不思議な店でしたが、居心地は悪くはありませんでした。

ある日、その店で、一人、打ち合わせ相手が来るのを待っていた時です。
何の気なしに、隣席の会話を聞いていました。
ん?
もしかして、お見合い?
隣席との間には、目の高さ程度の衝立が一枚あるだけ。
テーブルは非常に近い距離にあります。
だから、耳をそばだてなくても、二人の会話ははっきりと聞こえてきます。
その会話から察するに、どうも初対面っぽいのです。
しかも、仕事の打ち合わせとも違った雰囲気。
衝立の幅は、テーブルの幅と同程度でしたから、ちょっと背もたれに身体を預けるようにしたら、二人の様子はしっかり見えるはず。
そう考えた私は、背もたれに身体を預けたり、不自然に伸びをしてみたりして、ちらちらと隣席を窺いました。
隣席の男女は、ともに年齢不詳。
女性は薄いベージュのワンピース。
その胸元につけた造花のデザインのブローチが、ちょいと大きい。
いつもより多めにつけてしまったといった感じのチークと相まって、そのダサさがなんとも微笑ましい。
一方の男性はというと、スーツを着ているのですが、太る前に買ったスーツですよね? と確認したくなるほど、サイズが2つは合ってない様子。
そして、この二人の間に流れる緊張感と、恥じらいが半端じゃない。
絶対、お見合いだわ、と、私は確信したのでした。
二人の緊張感が、衝立を越えて、こっちにまで流れてきます。
緊張感のせいなのか、口下手のせいなのか、会話はぽつりぽつりといった程度。
頑張れよ。
と、気が付けば、なぜか、応援していました。
会話が終わってしまった後の空白の時間が、息苦しいのなんのって。
やがて、用意していたネタをすべて出し尽くしてしまったのか、会話は途絶えてしまいました。
長い長い沈黙が続きます。
助けて。
こっちまで、気まずさに耐えられなくなってきました。
この沈黙を破るために、会話の糸口となるようなヒントを、紙に書いて、そっと隣のテーブルに差し出そうかと私が思った頃、男性の声が。
「あ、あの、どんな音楽、聴きますか?」
よしっ。
ひとまず、そのネタで引っ張れ。
と、このネタが、彼女のツボだったらしく、ぱっと顔を輝かせました。
ひとまず、しばらくは会話が続きそうでよかったと、胸を撫で下ろしていた時、打ち合わせ相手が到着。
できることなら、最後までこの二人を見届けたい気持ちでしたが、本来の用事を思い出し、打ち合わせに集中することに。
そして、懸案事項を片付け、ほっとして、隣席へ目を向けると・・・すでに2人の姿はありませんでした。
初々しかったあの2人の、その後がどうにも気になります。
2人のその後を勝手に想像し、小説にしてみようかと、そんなことを考えたりしています。