昨年の人間ドックで、初めて、軽度のヘルニアと診断されました。
よくなる類のものではないのですが、今年も同様の診断結果だったため、専門のクリニックを受診してみることに。
人間ドックのデータが入ったCDを持参し、整形外科のドクターに診てもらったところ、よく見つけたというぐらい、ほんのちょっとのヘルニアなので、あまり心配せず、悪化しないよう気を付けてくださいとのこと。
その言葉に、ほっと一安心。
そこで今度は、ここぞとばかりに、身体の不調について訴えました。
肩こりが酷いこと、首も張っていること、それで頭痛まで引き起こしていることや、しょっちゅう頭痛薬を飲まなくてはならず、それによって胃が荒れて、胃薬を飲まなくてはいけない哀しいスパイラルにいること、足がむくんで、午後になると、屈むこともできないぐらいになること、月に1度は指圧店でマッサージを受けているが、その効果は1週間ももたないこと・・・。
辛抱強く私の訴えを聞いていたドクターは、それじゃ、一度、理学療法士と、トレーニング方法を相談してみた方がいいですねと言って、そのクリニック内にある、リハビリ科を勧めてきました。
私は大きく頷いて、リハビリ科へと移動。

借りたウエアに着替えて、トレーニングルームに入ると、なんだか、恐ろしいものが天井から下がっています。それは、拷問の道具ですか? と聞きたくなるような代物で、どうか、私はこれを使わなくて済みますようにと、思わず祈ってしまうほど。
やがて、若い娘さんが、「こんにちは」と元気よく登場。
リハビリだの、トレーニングだの、拷問の道具だので、不安になっていた私の気持ちを一気に軽くしてくれるような、溌剌とした理学療法士。
なんか、大丈夫そうな気がする・・・と私は心を強くしました。
「それじゃ、このベッドに仰向けに寝てください」と言われ、横になってみると、これが、びっくりするほど硬い。指圧店で横になるベッドと比べると、雲泥の差。
しばらくの間、硬いベッドの上で、理学療法士に身体を左右に揺すられた後で、身体の歪みを指摘されました。
「まず、歪みを修正します」と言われ、どうやって? と思う間もなく、腰に手があてられ、たちまち襲ってくる強い衝撃。
い、痛い。
指圧店でのマッサージも痛いですが、そこには気持ちよさも同居しています。
が、ここでのマッサージには、気持ちよさは皆無。
とにかく、激イタ。
しばらく我慢していましたが、あまりの痛さに「あの、結構、キツいんですけど」と訴えたところ、「そうですねー。歪みを修正してますからね。キツいんですよねー」との回答が。
そのさらっとした言い方に、思わず、口あんぐり。
そ、そうか。
指圧店と違って、許してはくれないのか。
力加減を弱くしてくれたりというような、心遣いはないってことなんだね。
そもそも、指圧マッサージと、リハビリ科で、同じように扱ってもらえると考えた私が間違っていたのだなと、激痛の中、反省。
その後も、どうしてその小柄な体格で、そんな力が出せるのかと聞きたくなるほど、理学療法士はパワー全開。
涙が滲むほどのマッサージを受けた後、自宅でできるトレーニング方法を教わり、60分のトレーニング終了。
「お疲れ様でした」と、理学療法士が溌剌と言うのに対して、「あ、ありがとう・・・ござい、ました・・・」と、答えるのが精一杯。
どうして、彼女より私の方が、疲れているのか、わかりません。
あぁ、きっと明日、起き上がれないほどの筋肉痛とかになってるんだろうなぁと、覚悟していたのですが・・・。
なんと、翌日の筋肉痛、ゼロ。
全身が軽く、動きもスムーズになっている気が。
指圧店に行った後の張り返しのようなものもありません。
いたって、快調。
理学療法士さん、ありがとう。
あなたに教わったトレーニングを、毎日、コツコツやります。
と、誓い、今では、2週間後の次の予約日が、待ち遠しくなっています。
以前住んでいたマンションは、小さな商店街の中にありました。
駅前から続く、その商店街の先には、民家がひしめき合って立っていて、およそ緑とは縁のない地域でした。
猫の額のような狭さのベランダに干していた、洗濯物を取り込んだ時のことです。
私には、いつもの段取りというのがありました。
それは、一旦、部屋の鴨居にハンガーピッチをひっかけ、乾いている物はたたみ、乾いていない物は、部屋干しするという取捨選択を、室内で行うというものでした。
さて、このハンドタオルは乾いているかなと、手を伸ばしかけた時、ハンガーピッチの上部で仁王立ちするカマキリと、目が合いました。
げっ。カマキリだ。
めっちゃ、こっち見てる。
どうしよう。
どうして、こんなに緑のない所に、カマキリがいるのよ。
もしかして、カマキリの生って、生まれて初めて、見てるかも。
想像していたより、随分大きいし、スレンダー。
逆三角形の顔が、怖い・・・。
どう対処したらいいのかわからず、完全にパニック。
私の身体は、固まったままです。
私は目を外したいのに、目を外すことができずに、カマキリとにらみ合ったままの状態。
動物の本能なのでしょうか?
目を外したら、たちまち襲い掛かられそうな気がするのです。
完全な膠着状態。
しばらくして、敵が動きました。
すっと、右の前足を持ち上げたのです。
えっ?
鎌を持ち上げたってことは、戦闘態勢に入ったってこと?
どうやって、応戦したらいいのか、見当がつきません。
小さな虫なんかは、掃除機で吸い込んじゃうという戦法で、度々勝利をおさめてきた私ですが、カマキリは大きすぎて、掃除機が吸い込んでくれなさそうです。途中で詰まったりなんかしたら、もう掃除機ごと捨てるしかなくなり、そうなると、新しい掃除機を購入しなくてはならなくなって、高くつくな、などと、さして有効でもない戦法を、あれこれ検討し始めました。
新聞紙で叩き殺すってのは、どうだろう。
いや、無理。
よくて、半死状態。
その後の処理に困る。
と、あれこれ考えているうちに、カマキリが、鎌をさらに一段高くしました。
マジで、戦う気っぽいんですけど。
まずい。
と、その時、カマキリ自ら、出ていってもらったらどうだろうとのアイデアが。
が、それはそれで、問題が。
ハンガーピッチを鴨居から外し、ベランダに戻したとして、その間カマキリが、おとなしくしてくれるだろうかという点。
不安はありましたが、もっといいアイデアが浮かぶとも思えず、実行することに。
カマキリから目を外した私は、速攻で、カマキリの背後に回り込みました。
カマキリがあれっ? と思っている間に、ベランダに出してしまおうとの作戦です。
案の定、カマキリは、なにもない空間にむかって鎌を持ち上げていて、敵の私に背中を見せています。
今だ。
私は急いで、でも、なるべくスムーズな動きになるよう心を配りながら、すうーっと、ハンガーピッチをベランダまで運びました。
物干し竿に引っ掛けると、すぐに窓を閉め、カマキリの様子を窺います。
カマキリは誰もいない空間に向かって、鎌を持ち上げたままの状態でいます。
態勢は同じなのですが、その背中からは、殺気が消えていました。
カマキリの方も、ほっとしていたのかもしれません。

翌朝、カマキリはいなくなっていました。
こうして、カマキリとの戦いは静かに幕を下ろしました。
お酒を飲めなくなったのは、いつからなのか、ちょっとはっきりしません。
今では、グラスに入ったビールを3センチほど飲んだぐらいで、頭痛がします。
若い頃も、ほんのちょっとのアルコール摂取で体調不良になっていましたが、皆、そんなもんだろうと割り切り、若さで乗り切っていました。
が、そんな無理はきかなくなり、さらに、そんな無理する必要あるのか? と開き直るようになって、今ではどんな宴席でも、まったく口にしなくなりました。
昔とは違って、「お酒を飲めない」とカミングアウトしにくいような雰囲気は、なくなりましたしね。
お酒は飲まずとも、宴席を楽しむ気は満々なので、誘われれば、ほいほい出かけていきます。
そして、素面で、酔っ払いたちと渡り合います。
時々、酔っ払いたちにてこずることもありますが、たいていの場合、楽しい時間になります。

初めてお酒を飲んだ時のことは・・・なかなか恥ずかしい思い出になっています。
最初はビールでした。
苦くて、全然美味しくなかったので、隣席の友人が飲んでいた、サワーを注文しました。
色がきれいで、ジュースのような甘さがあるように思えたからです。
味の違うサワーを何杯か飲んだ後、日本酒を飲む向かいの席の友人が、やけに大人に見えて、私もと注文。
その後、ウイスキーの水割りを飲んでいたという証言はあるのですが、私の記憶は、所々欠けていて、はっきりしません。
終電を逃してしまった私たち、女四人は、タクシーに乗り込みました。
と、私の容体は急変。
それに気づいた友人が、自分のバッグの中身を、バサッと、隣の友人のバッグに移し替え「吐くなら、ここに」と、空にしたバッグを差し出してきました。
その友人の言葉に敏感に反応したのは、タクシーの運転手で「えっ。吐くの? 困るよ~。吐くなら、降りてよ」と、言ってきました。
友人は「シートには吐きませんから。シートには」と、力強く訴えます。
酔っぱらって、頭はぼんやりしていましたが、一部分だけが、辛うじて動いていました。
その冷静な部分が、いや、友人のバッグに吐いちゃ、ダメでしょうと、己に言ってきます。なんとか、我慢せよとの指令も出します。
結局、三人からの「頑張れ」という声に励まされ、なんとか吐かずに、友人の家に到着。
私は友人らに抱きかかえられて、トイレに連れていかれました。
右にいた友人が、便座を上げて、準備を整えると、左にいた友人が、私の長い髪を後ろで持ってくれます。
「よくここまで頑張った。吐いてよし」との友人の言葉を聞いた途端・・・。
お酒のパワーと、友情の有り難さを思い知った、出来事でした。
中学から大学まで通った学校の校訓は「恥を知れ」でした。
当時は、軽く流していましたが、今、よくよく考えてみると、凄い校訓です。
女子校なのに、その校訓って、どうよとも思います。
なんでも、創設者の家訓を、そのまま校訓にしたそうです。
この言葉が書かれた色紙が、全教室に、飾られていましたっけ。
確か、各教室には1枚の鏡が必ずあるのですが、その隣に、この色紙が飾られていたように記憶しています。
自分を見つめる鏡の横に、この言葉を飾るということの意図を、この年になれば、奥深いのぉと感じますが、当時はあまりにあっちこっちに飾ってあったので、景色の中に溶け込んでしまっていました。

フリーライター時代、中学校受験を考えている親子向けの雑誌の記事を書かせてもらっていたことがあります。
取材のため、様々な私立の中学・高校を取材しに行きました。
ある日、ある私立の女子中学校を訪ねた時のこと。
係りの人に案内されて、体育館へ。
入館した途端、檀上に大きく掲げられていた四文字に、たちまち目が吸い寄せられます。
「健康第一」
これって・・・・。
すぐに、係りの人に尋ねました。「あの、健康第一って、もしかして、校訓かなにかですか?」
にっこり笑って、係りの人は答えます。「はい、そうです」
うっそ。
間違ってはいない。
確かに、健康は大切だ。
が、しかし、学び舎で掲げるスローガンとして、相応しいかどうか。
と、当時の私は首を捻ったもんでした。
時代は巡り、私自身も年を重ねてきて、思います。
これに優るものって、そうはないのかなと。
健康だからこそ、希望や夢が生まれるのだし、あれこれ悩んだり、躓いたりできるのも、健康あってのこと。
こちらの校訓も、シンプルでありながら、奥深さも併せもつ、素晴らしいものでしたね。