歯磨き

  • 2012年07月12日

以前から違和感を覚えていることがあります。
海外モノの映画などを観ていると、歯磨きのシーンに出くわします。
が、大抵、歯磨き粉を使っていないのではないのかと思うほど、あっさりした口元なのです。
勿論、映画ですから、セリフを言いやすいようにという心配りがあろうことは理解できます。
ですが、そのほかのシーンでは、かなりリアルに緻密に作られているのに、歯磨きシーンだけ、やけに作り物めいています。
さらに、すすぎも、非常にあっさり。
一回、水を含んでくちゅくちゅしたら、吐き出して、はい、終わり、てな具合。
急いでいるシーンだと、すすぐことさえしなかったりもします。
はてさて。
ここで考えます。
もしかして、これこそが、オーソドックスな歯磨きであって、私の歯磨き方法が、ちと違うのではないだろうかと。

私が歯を磨いている時は、口の中は歯磨き粉でいっぱいで、当然、口のまわりも白くなっています。歯磨き粉が途中垂れてもくるので、洗面ボウルから身体がズレないように気を配ります。
そしてすすぎでは、もう、何十回も、くちゅくちゅします。
子どもの頃は歯磨きが嫌いで、その理由は、あのミント味のせいでした。それは今も苦手で、フレーバーを選ぶような時には、ミント味は決して選びません。友人がミント味のアイスクリームを食べていようもんなら、「歯磨き粉を食べてる気、しない?」とヤなことを言ったりもします。
口の中に、ほんのちょっとでも、歯磨き粉の残骸が残っているのが嫌なもんですから、真剣にすすぎます。
口の中の歯磨き粉を、一刻でも早く外に吐き出したいと思いながらの歯磨きですから、当然、なにかに挑むかのように実行します。
ですから、映画のように、途中で誰かが話しかけてきたとしたら、歯磨きを止めて、返事をしたりなんかいたしません。
歯磨き中だとアピールし、コミュニケーションを拒否します。
電話が鳴っても、留守電に受けさせます。
それぐらいの真剣勝負。
やっぱり・・・私の歯磨き方法って、ちと変わってるのかもしれませんね。

取材

  • 2012年07月09日

フリーライター時代、様々なジャンルの方に話を聞く機会がありました。
聞き漏らしたりしないよう、大抵、会話を録音します。
当時はカセットテープでした。
原稿を書く段になり、このテープを再生します。
すると。
誰だ、こいつ。
と言いたくなるような声が聞こえてきます。
なんと、自分の声なんですね。
自分の声を自分の耳で拾っている時は、頭蓋骨内で反響しているせいで、一番よく聞こえていると、どこかで読んだ記憶が蘇ってきます。
そうなんです。
いつも自分が聞いているのとは違う声が、デッキから流れてくるのです。
さらに、声だけでなく、喋り方も、気になります。
私はこんなに語尾を引っ張って喋っているのか?
あんなに緊張して、捲し立てるように喋っていたつもりだったのに、なんなんだ、このスローな話し方は。
と、なにもかもが気に入りません。
初対面の人と会うというだけで、緊張しているうえに、話を引き出さなくてはならないというプレッシャーと、30分などという時間制限もあったりして、心臓をバクバクさせながらの取材だったはずなのに。
デッキから聞こえてくるのは、いたってマイペースで、ゆったりと話をしている己の声。
どうしてだ?
何故、あのドキドキ感が、外に出ていない?
不思議過ぎて、首を捻るばかりです。

作家になってからも、作品によっては、色々な方に取材をさせていただくことがあります。
一応、ボイスレコーダーをテーブルに置いてみたりはしますが、後で聞かなくて済むよう、完璧なメモを取るように努めています。
己のねっとりした喋りを、聞きたくはないですから。
取材時は、大抵、編集者が同行してくれているので、文字起こしを依頼することもできます。
これだと、取材の時の会話を、専門の人が聞き取りし、入力してくれて、文字として、受け取ることができます。
文字として取材時を振り返れば、バカな質問しているなと、落ち込みはしますが、自分の喋りを聞いた時のように、鳥肌を立てなくて済むので、助かります。
一時、本気で、喋り方教室みたいなところに通おうかと、考えたことがありましたが、日々の忙しさにかまけて、実現にはいたっていません。

手土産

  • 2012年07月05日

住居兼仕事場には、様々なゲストがお越しになります。
手土産をお持ちになる方が多く、その場で食べ切れればいいのですが、そうでない時には、ストックすることに。
そして、次のゲストの時にお出しするのですが、その方もまた手土産をお持ちになっていて、食べきれず、ストックし・・・を繰り返した結果、スイーツの在庫がハンパじゃない量に。
ゲストを迎える日時を決めた時にでも、「どうぞ、手ぶらでいらしてください」と言ってみようかとも考えたのですが、それも、なんだか、ヤらしい感じがしますしねぇ。ない裏を読まれて、「そうか、なにか持っていくもんなのか」と勘違いされそうな。

この画像は以前いただいた手土産。
見た目も涼しげな、夏を感じさせるスイーツですね。

賞味期限が迫ったら捨てる、という勇気をもつには、どうしたらよいのでしょう。
食べ物を捨てるという行為が、私には恥ずべき悪行に思えてしまうのです。
そういう考えを植え込まれたのは、いつなのか、わかりません。
恐らく子どもの頃でしょう。
捨てられない私は、どうするか。
食べるのです。
結果、人間ドックで、体脂肪が多すぎると指摘されることに。
あのー、病院の方にお願いがあります。
お腹のあたりを輪切りにした画像で、脂肪部分をピンクで色づけするのは止めてください。
去年の画像と並べるのも、止めてください。
大量に存在する、ピンク色の脂肪を、じっと見つめる以外、私にできることはありません。
いや、あるかも。
現実を受け入れることですかね。
せっかくいただいたものでも、賞味期限がきたら、捨てる。
どんなに美味しそうでも、賞味期限がきたら、口に放り込まずに、ごみ箱に捨てる。
もし、食べちゃったら、夕食を減らす。
夕食を減らせなかったら、運動する。
これですよね。
そして、来年の人間ドックでは、脂肪の量を劇的に減らしてみせやしょう。
この漲る闘志。
この意欲が1ヵ月ぐらいしか続かないってのが、情けないんですけどねぇ。

  • 2012年07月02日

加入している健康保険組合で、年に何回か薬の特価販売をしてくれます。
先日購入したのが、これら。

頭痛もちの私は、冷却シートを、一年を通して頻繁に使用します。
頭痛はするけれど、薬を飲まなくても、なんとか乗り越えられそうな時。そんな時には、冷却シートで頭を冷やすようにしています。
肌の弱い私は、額に直接貼ると、貼ったところが赤くかぶれてしまうので、まず、タオルに貼り付けます。そのタオルを枕に敷いて、横になります。この、程よい冷たさが、頭痛をやわらげてくれて、楽になります。

カットバンもよく使います。
足の薬指が、大変ぽっちゃりしていまして、どんな靴を履いても、指の上部が靴と擦れあい、皮がぺろりと剝けてしまうのです。
ぺろりと皮が剝けてしまうと、お風呂に入った時に「イテテ」と叫ぶことになるので、事前の対応策として、カットバンを、両方の足の薬指に巻くようにしています。
薬指が直接靴と擦れあわなければ、皮は剝けないので、めでたしめでたしです。
ということで、カットバンもお得な価格の時に、購入します。

セイロガンは精神安定剤的に、常備しています。
緊張すると、お腹が痛くなる体質で、一時は精神を鍛えるために、滝に打たれるべきではないかと、真剣に考えたほどでした。
結構、心が弱いんですね。
それが、年を重ねているうちに・・・緊張しても、お腹をこわさなくなってきました。
図太くなったんでしょうか。
それでもやはり、いつ何時、お腹の急降下に襲われるやもしれないという恐怖はもっていますので、外出の際にはバッグに必ずしのばせています。

うがい薬は外出先から帰宅した際に、使います。
一度、白いブラウスを着たままで、うがい薬を使用するという過ちを犯したことがあります。
洗面ボウルに吐き出したうがい薬が跳ね返り、白いブラウスに飛散した時には、自分の愚かさに呆然としました。
あまりのことに、しばらくの間、動けませんでした。
うがい薬を使う時は、どーでもいい普段着を着ている時に。
これ、鉄則ですね。

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