今週末の日曜日から、「恋愛検定」のドラマが始まります。
放送は、6月3日の日曜、BSプレミアムで、午後10時スタートです。
毎週日曜のこの時間帯で、全4話が放送されます。
再放送は、翌日曜の午後0時からだそうです。

先日、このドラマの撮影をしている緑山スタジオに、遊びに行ってきました。
俳優さんは勿論のこと、大勢のスタッフさんたちが、とてもプロフェッショナルで、恰好良かったです。
たくさんのプロたちが、それぞれの仕事に心血を注いで、1シーンずつ撮っていく姿は、感動ものでした。
執筆という孤独な仕事をしている身には、集団で1つの目標に向かっていく、その風景は、ちょっと羨ましいぐらいでした。
それぞれが放つ熱と熱が混じり合い、化学反応を起こしていくのは、チームで戦っているが故でしょうし、それがまた、醍醐味でもあるんでしょう。
第3話で、石橋を叩き続ける男を演じてくださる、武田真治さんにご挨拶をさせていただきました。
天真爛漫な子どものような笑顔を見せる武田さんは、イケメンでした。当たり前ですが。
ひょうきんなことを言って、場を盛り上げてくださっていたなぁと思っていると、1分後には、カメラの前で、クールに役を演じていて、その切り替えの速さにはびっくりでした。

この画像は、食堂で食べたカレーライス。
前日に人間ドックで胃カメラを飲んでいたせいか、いつもならぺろりといけるぐらいの量なのに、食べきるのがちょっとばっかり大変でした。
とは言いつつも、完食。
懐かしい味わいのカレーでした。
スマホが手元になくて、同行してくれていた編集者が撮影してくれたものを、拝借しました。
小説「恋愛検定」の帯が新しくなったので、ご案内しておきます。

ドラマに出演される俳優さんたちの顔が並ぶ、大変インパクトのある帯になりました。
脚のむくみが酷くて困っています。
冬は勿論、一年中、季節に関係なく、むくみます。
重度の冷え性と因果関係があるのではないかと睨んでいます。

朝は大丈夫でも、昼食を摂る頃には、パンパンになっていて、屈んでモノを取ろうとすると、膝が曲がらないんじゃないかと心配するほどです。
ずっと座って執筆しているとはいえ、このむくみは異常ですね。
ある日、テレビをぼんやり眺めていたら、加圧式のストッキングのCMが始まりました。
ん?
これかもしれない。
閃きました。
漢方だとか、運動だとか、食事療法だとか、そういう、時間と根性のいるものは、私には向いてません。
てっとり早く、このむくみを解消するには、物理的に、むくまないように、押さえ込んじまえばいいんじゃないか?
なんだ、簡単。
ということで、早速ネットで、探すことに。
いろんなタイプのが売られていました。
そこで、ストッキング、トレンカ、さらに就寝中にはくタイプのものを各一個ずつ購入。
まずは、就寝中にはくタイプのものに足を入れようとして、慌てました。
締め付けがきつすぎて、足を入れられません。
ぐっと奥歯を噛んで、なんとか足首までは入れましたが、そっから先のことを考えると、眩暈がしそう。
仮に、なんとかはききったとして、こんなにきつくて、眠れるんだろうかとの疑問も浮かんできます。
急いで、ごみ箱からパッケージを摘み上げ、サイズを確認。
「L」に、間違いなし。
ってことは、私の脚は「L」サイズではないのか?
見つめたくない事実に直面させられてしまい、なぜか部屋の隅を見つめる私。
取り敢えず、明日考えようと、気持ちを切り替え、その日は、はくのを止めました。
翌日になり、トレンカタイプのものにトライ。
こちらもきつかったのですが、就寝中にはくタイプほどではなく、なんとか膝まで引っ張り上げることに成功。
やればできるじゃないかと、自分を励まし続け、とうとう、腰の位置まで引っ張り上げきりました。
ふうっ。
大仕事だわ、これ。
と、はくのに、手こずりはしましたが、そんな大変さを払拭する、使用感の素晴らしさでした。
加圧式トレンカ、凄いです。
なんたって、まったくむくまない。
夜になっても、ガンガン膝を曲げられるし、重くない。
足さばきも軽やかになっている気が。
トイレに行く度、トレンカを腰の位置まで引っ張り戻す際に、つい力が入って「うりゃ」と声が出てしまうのを、恥ずかしいとさえ思わなければ、これは☆5つもんです。
全国のむくみ女子に告ぐ。
加圧式靴下にトライすべし。
小学生の低学年時分、仲良くしていた友人がいました。
同じ学校には行ってましたが、クラスが同じになったことは一度もありませんでした。
だったら、どうして知り合ったのか・・・今では思い出せません。
その子の家はとても居心地が良くて、私は入り浸っていました。
家には、たいてい友人と、お姉ちゃんがいて、お祖母ちゃんがいました。
ご両親は働いていたので、家には、その三人きりでした。
そこにちょくちょく私がお邪魔していたのです。
その家には立派な七段飾りの雛人形があり、それを飾る時には、友人とお姉ちゃんと、お祖母ちゃんと私の四人で行いました。
「そっと剥がすのよ」とお祖母ちゃんに言われた私たちは、お人形をくるんでいる薄紙を、そっと剥がします。
それはそれは大切に扱ったものです。
授業中には絶対にお目にかかれないほどの、集中力で。
その家には小さな庭があり、枇杷の木が一本ありました。
それを食べていい時期かどうかを判断するのは、お姉ちゃんでした。
じっと実を眺め、「まだ」とお姉ちゃんが言います。
私と友人は、もういいんじゃないかと、お姉ちゃんに訴えます。
食べたいんですね、一刻でも早く。
ですが、お姉ちゃんの決断は微動だにしません。
待てないのには、もう一つ理由がありました。
カラスです。
ヤツらも枇杷を狙っていて、今日こそは食べられると思っていた矢先に、カラスに食べ尽くされたしまったという苦い経験があったのです。
カラスに食べられるぐらいなら、完熟前でも構わない。
逸る私と友人とは違って、お姉ちゃんはいたって冷静。
もぐ許可を私たちにくれません。
ぶーたれながらも数日をやり過ごします。
そして、ようやくその日を迎えます。
お姉ちゃんがじっと枇杷の実を見つめた後、にかっと笑って「食べよう」と言う日が。
お姉ちゃんはどんどん登っていきます。
そして、てっぺん付近の実はお姉ちゃんが、真ん中あたりのは友人が。そして、運動音痴で登れない私は、下の方になっている実を食べ始めます。
美味しいのなんのって。
甘くて、ジューシーで。
私たちは、なにかに憑かれたかのように、ひたすら枇杷を食べ続けました。
熟すまで、待った甲斐がありましたし、カラスに勝ったぜ、という気持ちもあり、大満足の日でした。

再び味わってみたくて、時折、枇杷を買うのですが、あの時の美味しさを超えるものとは出会えていません。
もぎたてのものと比べたら、味が落ちるのは、当然といえば当然なのですが。
19歳になる年の正月。
初詣先の寺で、厄落しの祈願をしました。
母に命令されてのことです。

そこの寺では、意外としっかり、祈願料の設定が細かく用意してあって、そのなかで、真ん中あたりの金額のを選択しました。
広い部屋に、大勢の参拝客たちと一緒に座っていると、お坊さんたちの読経が始まります。
睡魔と闘いながら、耳を欹てていると、お経の間に、厄払いという単語と、私の名前が。
今、言った? と確認したいところですが、お坊さんはもう次の方の希望らしき、良縁成就いう単語と、個人名らしきものを言っています。
あっという間に、次の人、次の人と、希望と名前を上げていきます。
こんな、ひとまとめのお願いの仕方で、すべての願いを聞き届けて貰えるのだろうかと、心配になりました。
その後、部屋を見回し、座っている人数をざっと目算。
全員が、私たちと同じ金額を払ったと仮定して、ざっくりと掛け算。
寺に入ったと思われる金額を計算して、「ひゅー」と言うような、ヤな19歳でした、私は。
厄のパワーについて、知識はありませんでしたが、私はまったく心配していませんでした。
その年は、人生で一番と言えるような、最高の年だと、どこの雑誌の占いページにも、そう書いてあったからです。星座占いですが。
どんな素敵なことが起こるのだろうと、わくわくしていたのです。
厄落しは、心配する母の気が済めばといった程度のものでした。
1年後。
母と再び、寺に初詣に。
母が財布を取り出し、無事に厄年を過ごせたお礼をした方がいいのではないかと言ったので、私はその手を止めました。
「なにもなかったよ。お礼する必要、なくない?」と言う私に、「なにもなかったのは、いいことじゃない。災いが降りかからなかったことを感謝しなくちゃ」と母は答えます。
星座占いでは、人生で最高の年になるはずだったのに、いいことがひとっつもなかったと訴えると、災い分とで、チャラになったんじゃないの? と母はコメント。
相殺になっちゃうのか? 星座占いと厄で?
なんだかよくわかりません。
以降、私は「占い」と名のつくものを、一切信じなくなりました。
今でも、雑誌の占いページは、読まずに、飛ばします。