腹式呼吸のコツを、最近、取得しました。
人間ドックで、様々な検査を受ける際、「腹式呼吸でお願いします」と、検査スタッフから言われます。
腹式呼吸が苦手な私は、「きたっ」と身構え、前日に練習した腹式呼吸を披露します。
すると、「違います。逆です。はい、吸ってー、お腹を膨らませてー。吸うんですよー。お腹、膨らんでませんよー」といったダメ出しを受けることになります。
検査スタッフの指示通りにしたいという気持ちはあれど、呼吸で、お腹を膨らませたり、凹ませたりなんて、できません。
焦っているうちに、もう呼吸なんて考えていられなくなり、お腹を上下させることに集中し、腹筋でもって、なんとかしようと企みます。
そして、検査員が諦めるせいなのか、最低基準をクリアすることもあるせいなのか、なんとか、検査終了にまでこぎつけるのです。
多分、ほかの人の倍は時間がかかっているのではないでしょうか。
大抵、翌日には、お腹が筋肉痛になります。
友人に話したところ、「そんなに根性を見せるところじゃないよ。お腹を意識すればいいんだよ」と言われました。
意識はしてるって。

先日、テレビを見ていたら、健康にいいという運動の実演場面が出てきました。
その運動のポイントは、腹式呼吸をしながら行うということだと、指導員が説明をしました。
その時、ゲストが「腹式呼吸って、どうしたらいいんですか?」と、質問をしました。
いいね、その質問。
思わず、そう、声をかけていました。
指導員が言いました。「口を閉じて、鼻から空気を吸い込んでください。すると、お腹が膨れていきます」
私もやってみます。
すると、確かに、お腹が膨れます。
指導員の指示通り、今度は口を開けて、空気を吐き出します。
これを繰り返しました。
ん?
できてる?
なんと、腹式呼吸ができていました。
っていうか、こんな簡単なコツを、なぜ、私に今まで教えてくれなかったのですか、皆さん。
腹式呼吸してくださいと言うばかりでなく、どうしたら腹式呼吸になるのかを教えてくれればいいのに・・・。
と、八つ当たりですね。
このコツを忘れないよう、毎晩、横になった時には、腹式呼吸の練習をしています。
今度の人間ドックでは、腹式呼吸を嗜む女になってやろうと思っています。
半年近くかかって、ようやく、作品を書き終えました。
すると、どうしたことでしょう。
胃の調子が激変。
長らく続いていた胃の不調は、一気に消え去り、快調そのもの。
ラララ~と、歌の一つも歌いたくなるぐらいの、爽快な気分。
そして、シャレにならないほど大きくなっていた円形脱毛症の、ハゲ部分に、なんと、毛が生えてきたではりませんか。
胃の不調も、円形脱毛症も、どうやら、執筆のストレスのせいだったようです。
とはいうものの、それじゃ、書いている時、辛かったのかというと、決して、そうではなかったんです。
思うように書けず、辛い時も勿論ありましたが、同じくらいの大きさの喜びも、楽しさもありました。
元々、書きたくて、書いていたんですしね。
自ら望んで書いていたくせに、心には相当の負荷がかかっていたのかと思うと、なんだかなぁと苦笑いしてしまいます。

以前にも、同じように、胃の調子が悪いながらも、市販の胃薬を飲み続けるだけで、執筆を続けていたことがありました。
毎日のように胃薬を飲んでいましたが、不快感は消えませんでした。
そのうち、作品を書き終えました。
気が付けば、いつの間にか、胃の不快感はなくなっていました。
2ヵ月後に、人間ドックへ行ったところ、「胃潰瘍になり、それが治った痕がある」と医師から指摘されました。
「この大きさからいって、自覚症状は、かなりはっきりあったはずですが」と言われ、あっ、あれか、と思い出しました。
「仕事の辛い点ばかり気になっているせいで、仮病を使いたい心理が働いて、胃が不調だと偽の信号を送ってきているのかと思ってました」と私が言うと、医師は呆れ顔で「そういう時には、信号が偽か、本物か調べるためにも、ちゃんと診察を受けるべきでしょうね」と、アドバイスを口にしました。
ごもっとも。
不調な時には、病院へ。
基本ですね。
はい。
「平等ゲーム」の文庫が発売になりました。

1600人の島民、全員が平等という社会形態を実現した、瀬戸内海に浮かぶ島を舞台にした物語です。
作品を書く度に、なんらかの挑戦をしています。
この「平等ゲーム」でも、挑戦をしました。
その中の1つが、特殊な社会形態の場所で生まれ、育った青年を主人公にしたことです。
心の動き、変化、痛み、哀しみ、喜び・・・そういったものが、通常とは異なります。
登場人物たちは、すべて自分が創り出したものではあるのですが、私がコントロールできるのは、最初だけ。
一度、命を吹き込んだ後は、それぞれの登場人物たちに、任せてしまう、という感覚で書いているため、彼らの声に耳を傾け、見失わないよう、息を凝らして追いかけています。
勝手に、登場人物たちが、動いてしまうんですね。
「平等ゲーム」では、主人公の耕太郎が、次に、どう行動するのか、なにを感じるのかが、予測できず、いつも以上に、見失わないよう、必死で後を追いかけました。
そして、耕太郎が最後に下した結論――。
へぇ、そうすることにしたんだぁと、私はびっくりしました。
自分が書いているのですが、感覚としては、私になんの相談もなく、耕太郎が勝手に結論を出したといった印象でした。
この決断を、読者は、どう感じるでしょうか?
装丁が、単行本の時とは、随分と変わりました。
単行本の装丁も、とても気に入っていたのですが、文庫では、爽やかさと不気味さが絶妙に混在している装丁に変わり、物語性の強い、素敵なものになっていて、こちらも、お気に入りです。
デスクの上に、小物を集めた一角があります。
そこには、スティック糊や、消しゴムといった物と一緒に、体温計が置いてあります。

私は、自分の体温に非常に鈍感なようなんです。
たとえば・・・今日は体調もいいし、インフルエンザの予防接種をしてもらおうと、病院に行った時のこと。
看護師さんから、体温計を渡されます。
脇に挟んで、いい子で待つこと、しばし。
ピピピと音がして、体温計を取り出したところ、7度4分。
んな、バカな。
覗き込んでくる看護師さんから、体温計を隠すようにして、「もう一度、計っていいですか?」と尋ね、許可を貰って、再計測。
と、今度は、7度5分。
上がってるし。
渋々、看護師さんに体温計を渡すと、「あら、こんなに」と言われてしまい、さらに「微熱の域を超えてるじゃない。インフルエンザの注射じゃなくて、先生に診察してもらったら」とのアドバイスが。
「でも、全然、具合が悪くないんですけど・・・」
「全然?」
「全然」
「おかしいわね」と首を捻る、看護師さんに、「出直してきます」と言い残し、病院を後にしました。
帰りの道々、考えます。
平熱が、6度0分の私が、7度4分で、まったく異常を感じないってのは、どうしてだろう。体温計が壊れていたのでは?
納得がいかないまま、1週間を過ごし、再チャレンジしてみたところ、今度は6度2分ぐらいで、なんとかインフルエンザの予防接種をして貰うことに成功。
ただし、この時と、先週の時との、身体のコンディションの差は、自覚できないままでしたが。
ある時、風邪を引き、別の病院へ。
受け付けに、問診表を提出したところ、「熱はありますか?」と聞かれたので、「熱はありません。咳が酷いだけです」と答えました。
体温計を渡されたので、長椅子に腰掛け、しばし、いい子で待っていると、ピピピの音が。
取り出すと・・・8度0分。
あぁ・・・ここで、ようやく悟りました。
私は自分の体温に、鈍感過ぎて、熱があるのか、ないのかを、理解できないのだと。
受け付けに体温計を返しながら、「自己判断ができておりませんで、申し訳ありません。高熱があるようです」と言った時、なんだか、とっても恥ずかしかったです。
それからも、熱っぽさを感じて、体温を計ると、5度8分などといったことも再三あり、もう、己の体調判断を、まったく信用しないことに決めました。
そこで、体温計をすぐに取り出せるところに置いておくことに。
体調を自己判断せずに、体温計を使って、客観的に知るように努めています。