昔々、合コンに参加させられた時のこと。
人数合わせと要員として、友人に拝み倒され、参加した私は、どーでもいい感を全身から出していました。
「どんな仕事をしてるの?」といった話題になり、私は、さて、どうしたもんかと考えます。
当時、フリーライターをしていた私は、以前、合コンの席で、正直に話して、えらい目に遭った経験が何度もありました。
なぜだかわかりませんが、フリーライターという職種に、妙に興味を示す人ってのが、合コンには必ず複数存在しているのです。
そうした人たちから、どんなものを書いているのか、どこに書いているのか・・・といった、質問攻めに遭ってしまうのです。
どうせ、三十分後には忘れてしまうに違いない人に、丁寧に説明するような親切心は持ち合わせておらず、ただただ面倒なだけ。
そこで、その日、どーでもいいレベルの高かった私は、なにか別の仕事をしていることにしようと、嘘をつくことに決めました。
端から順に、仕事を発表していきます。
そして、私の番。
「JRの五反田駅で、お団子を売ってます」
途端に、幹事の女の友人から、キツい視線が飛んできます。
私の噓は、イケてなかったでしょうか?
と、目だけで、友人に問い掛けると、友人の目は、細まっていき、その目からは、「後で、トイレな」と言われているような気がしました。

同じ友人主催の別の合コンで、またまた、仕事の話に。
ほかに話題はないんかい? と心の中で突っ込んでいる間に、私の番に。
そこで、「ヒヨコのオスとメスの鑑別です」と言ってみました。
たちまち突き刺さってくる、友人の視線。
またまた、イケてない? と目で尋ねる私に、友人は顎を少し動かしただけで、「今すぐ、トイレで、話し合いだ」というメッセージを送ってきましたっけ。
私の噓のクオリティーへの評価は、置いておくとして、この時不思議だったのは、男性陣たちのリアクションの低さ。
もし、私が男だったら、「1日、団子はいくら売れるのか?」「団子の損益分岐点は、どこなのか?」「どうやってオスとメスを見分けているのか?」「オスとメスと分けた後、どうするのか?」・・・と、質問攻めにしているところなのですが、合コンの男性陣たちは、「へぇ~」といった程度の薄い反応のみ。
フリーライターより、よっぽど、謎に満ちている仕事だと思うのですが・・・。
ま、質問がゼロだったお陰で、私の噓はバレずに、済みました。
トイレでは、友人から、「あんたが噓をつくと、こっちも、それに合わせなくちゃならなくって、大変なんだからね。フツーのOLってことに、すりゃ、いいじゃん」と、怒られましたが。
古い映画が好きです。
昔の映画は、シンプルなストーリーのものが多いように感じます。
先日は「フレンチ・カンカン」を観ました。
資料によれば、1954年の作品とのこと。
結構、前ですね。
ですが、古さをまったく感じさせない、いい映画でした。
これも、シンプルなストーリー故ではないかと。

主役は、衣服を洗濯する仕事をしている女性。
映画は、この女性の成長物語を軸に進んでいきます。
王道まっしぐらのストーリー展開なのですが、そこには、なかなか苦い味わいのエピソードが挟まれています。
この苦みが、作品に深みを与える、いい味付けとなっています。
「あー、そうなのよ。そういうこと、するね、男は」と、思わず、声を出しそうになってしまうほど、気が付けば、すっかり、主役の女性に肩入れしていました。
最後に、件の女性が、店で、ほかのダンサーたちと踊りまくります。
この女性ダンサーたちに、店の男性客たちが声援を送るシーンなのですが、これが、もう凄くって。
「撮影中とか、関係なく、本気で楽しんでますよね?」と言いたくなるほど、男たちがノリノリなんです。
この本気で楽しんでいるといった雰囲気が、女性ダンサーたちの気持ちも盛り上げていくという相乗効果に。
物凄い熱気の中、いろんなものを背負って、受け入れて、それでも踊ることに決めた女たちの、踊れる喜びが、ストレートに胸に響いてくるんです。
このシーンには、びっくりしましたし、感動しました。
こういう集団が放つ熱を、文字だけで表現しようとすると・・・と、すぐに小説の場合はと、考えてしまうのですが、かなりの筆力がないと難しいだろうと思います。
いつかは、挑戦してみたいですが。
訳あって、化粧品を変えることにしました。
これ、結構、大変なんです。
化粧品のブランドは、星の数ほどあるのではないかと思うほど、たくさんあります。
その中から、「これ」というのを選ぶのは、至難の業。
当然、肌に合うものを。
また、できることなら、1ブランドで、ライン揃えしたいので、トータルで購入しても、高額にならないものを。
さらに、ネットで購入できるものを探したい。
あれこれ、悩んだ結果、テレビCMなどで、肌の綺麗な女優さんたちが、イメージキャラクターをしている化粧品にトライ。
説明書をじっくり読み込んでから、クレンジングフォームを泡だてようとしたところ・・・泡立ちません。
掌が、ただ白くなるばかりで、泡になっていきません。
歯を食いしばり、全力投球で、右腕をしゃかしゃか動かしてみましたが、説明書に描かれているような、生クリームのようなふわふわにはなりません。
そのうち、右腕が痛くなり、面倒になったので、まったく泡になっていないものを顔に塗りたくり、今日の洗顔終了。
私のせいなのか?
不器用な女ゆえ、洗顔ひとつ、まともにできないのか――。
そこで、ネットで、様々なブランドのコスメに関する口コミを集めたサイトを覗いてみることに。
すると、ありました。
「泡立たねぇ」といった評判がずらり。
そうか。私のせいではなく、このブランドのクレンジングフォーム自体、泡立ちにくい品だったのかと、納得。
基本的に、こういった口コミや、評判といったものは、ほとんど真に受けない主義だったのですが、この時ばかりは、仲間がいると知り、ほっとしました。
そのサイトに、「泡立たないので、私はドラッグストアで買った洗顔ネットを使っている」との書き込みが。
「なるほど」と呟き、早速、私も洗顔ネットを購入。
これで、件のクレンジングフォームを泡立ててみると、生クリームのような泡ができるじゃありませんか。
っていうか、だったら、クレンジングフォームと洗顔ネットをセットで売ったらどうやねんと、凄んでみたくなりましたが。
クレンジングフォームの泡立て問題は解決したものの、結局、肌との相性があまりよろしくないことがわかり、使用を中止。

今は、別のブランドのトライアルキットを購入し、試している最中。
ということで、化粧品探しの旅は、続行中。
早いとこ、「これだ」という化粧品と出会いたいもんです。
子どもの頃から、「奥様は魔女」のテレビシリーズが大好きでした。
サマンサのファッションも、母親のメイクも、いとこのセクシーさも、ダーリンとのいちゃいちゃぶりも、なにもかもが新鮮で、魅力的でした。
今見ると、魔法の数々は、ワイヤーに吊るされている物が、右から左へ動いているだけといった、非常にシンプルな特殊効果で撮影されていたとわかります。
ですが、当時の私は、なんの違和感もなく、これらを魔法として受け入れていました。
大人になったので、DVD-BOXを大人買いしようと調べたら、腰が抜けそうなほどの価格だったので、瞬時に諦めました。
そう言えば、昔、ドイツに行った時、現地のテレビを付けたら、たまたま「奥様は魔女」を放送していたことがありました。
当然ながら、吹き替えはドイツ語。
強い口調に聞こえるドイツ語だったためでしょうか。
サマンサが、ずっと怒りまくっていて、強い女性といった印象を受けました。
言葉が違うと、随分と受ける印象は違うもんだと感じたことを覚えています。

先日、ルネ・クレール監督作品「奥様は魔女」の映画を観ました。
テレビシリーズ化されることになったのは、この映画がきっかけだったとか。
テレビの「奥様は魔女」は、この映画の続編といったことろからスタートし、シリーズ化していったようです。
この映画版の方の「奥様は魔女」も、なかなか素敵な作品でした。
軽妙ななかにも、重い真実が見え隠れしていて、そのバランスが絶妙でした。
テレビシリーズより前の作品ですから、特殊効果と呼べるのだろうかぐらいの魔法ではありましたが、作品として、シンプルかつ完成度が高いので、充分楽しめます。
比較的最近では、ニコール・キッドマンが、現代版の「奥様は魔女」を映画で演じていましたよね。
これだけ時代を超えて愛され続けるという作品シリーズは、そうはないのでは?
「魔女が人間の男に恋をする」という設定だと、紆余曲折にコメディ色を付けやすく、ストーリーの起伏を作り易いからでしょうか。
いずれにせよ、制作側の意図にすっかりはまった私は、「奥様は魔女」シリーズが大好きです。