21歳の6割が本を全く読まない。
この衝撃的な情報を目にしました。
これは文部科学省が行った調査での結果だそうです。
これによれば21歳の人が、この1ヵ月に読んだ紙版の本の数を聞いた設問に対して「0冊」と答えた人が62.3%だったとか。
電子書籍では更にこの数字は上がって「0冊」と答えた人は78.1%になるという。
関係者の皆様、どうしましょう。
漫画だったら読んでいるのかと思ったら・・・この1ヵ月に読んだ雑誌・漫画の紙版の書籍数を、聞いた設問に対して「0冊」と答えた人は51.9%となっていました。
漫画も?
今は漫画もスマホで縦読みしているのではと期待して、雑誌・漫画の電子書籍の数字を見たら・・・57.3%との結果が。
漫画も半数以上の人が電子書籍でも読んでいない・・・事件です。
だったら21歳の若者は、なにに時間を掛けているのでしょうか?
勉強?
バイト?
サークル活動?
スマホを使ったなにか?

文字だけで世界が作られているのが小説。
文字だけだから書かれていないこと、分からないことを自分なりに埋めていく。
この作業が自分の想像力を豊かにしてくれると、私は信じているのですが。
想像力はあった方がいい。
私生活でも仕事でも。
例えば営業職だった場合、取引先の担当者の気持ちや考えを想像出来たら、その不安を解消するための資料を事前に用意して、説得し易くなったりする。
パートナーが今、どんな気持ちなのかを想像出来たら、声を掛けるべきか、そっとしておくべきかの判断もし易くなるはず。
読書離れを止めたくていい点を挙げてみました。
利点がなどという前に、そもそも物語の世界に浸るのはとても楽しい。
と、私は思うのですが。
宅配便ドライバーの不足問題が指摘されている昨今。
なるべく配達員さんに負担を掛けないよう、不在の時には宅配BOXでと指定するようにしています。
が、在宅なのに受け取れないことが、最近多くなっています。
インターフォンが鳴ると、外と会話が出来るモニターの前まで歩き、そこでマンションの1階にあるドアの開錠ボタンを押す・・・という流れなのですが、モニターに辿り着く前に、配達員さんがインターフォンのスイッチを切ってしまうのです。
真っ黒なモニターを見つめ「間に合わなかったか」と呟く機会が増えています。
これは配達員さんが不在だと判断するまでの時間が、短くなっているからだと思うのですが、そう感じているのは私だけでしょうか。
モニターの前に常にスタンバっている訳ではないので、インターフォンが鳴った時に、部屋のどこにいるかが問題。
大抵パソコンの前に座っているのですが、ブーツ型の湯たんぽを履いているので、立ち上がり、そこからすぽっと両足を引き抜く必要があります。
すぽっと抜ければいいのですが、ここでもたもたしてしまうと、時間が掛かってしまい、配達員さんにインターフォンのスイッチを切られてしまうのです。

配達員さんは忙しいのでしょう。
それはとてもよく分かる。
でももう少しだけ、ほんのちょっとだけ待って欲しい。
私は家にいるのだから。
寝室にいる時にインターフォンが鳴ると、もう大変。
小さな小さな我が家ながら、寝室とモニターは距離がある。
聞こえた瞬間、はっとして猛ダッシュ。
廊下をドタバタと走り、モニターへまっしぐら。
が、80%程度の確率で間に合わない。
間に合わなかった悔しさを胸に、ぜえぜえと肩で息をしながら寝室に戻る私の背中には、きっと悲哀が滲んでいるはず。
そして思う。
年を重ねていく私は、これまで以上にモニター前に辿り着くまでの時間が、掛かるようになるでしょう。
配達員さんが今以上に待つようになるとは思えないので、在宅なのに受け取れない確率は、どんどん上がってしまう。
重い荷物を宅配BOXから自分の部屋まで運ぶのも、難儀になっていくでしょう。
そうなれば手渡しを指定することに。
そこで配達員さんが現在のように短時間で不在と判断してしまうと、再配達になってしまう。
大変です。
これ、どちらにとってもいいことなし。
不在と判断するまでの時間を、もう少し長めにして貰えないでしょうか。
電車内や駅での忘れ物のうち保管期間を過ぎたものを、リサイクル店が買い取り、それを販売しているという。
不定期に開かれる販売会は人気なんだとか。
この販売会に行ったことはありませんが、恐らく一番品数が多いのは傘でしょうね。
私は奇跡的にこれまで傘を忘れたことはありません。
別の物を盗まれたことはあります。
大学生の頃に通学時の渋谷駅で。
朝のラッシュアワーで物凄く混んでいました。
乗り換えるために渋谷駅のホームを歩いている時、バッグから財布を取り出しました。
なぜ取り出したのかは記憶なし。
黒の二つ折りの財布だったことは覚えています。
それをうっかり落としてしまいました。
あっと思って足を止めたのですが、大勢の人が後ろからどんどん押してくるので、流されてしまいます。
このままでは改札まで押し出されてしまうので、ホームの端に移動しようと、必死に人の流れを掻い潜ろうとしました。
なんとかホームの端に辿り着き、人波が治まるのを待ちました。
やっと人波が途切れて財布を落とした辺りを見たら・・・なかった。
蹴飛ばされて別の場所にあるのではと、周辺を探しましたがありません。
駅の遺失物の窓口に行って聞いてみましたが、届出はないと言われました。
あの混雑の中で財布を見つけ、それを拾うために屈んで、自分の鞄に入れるという行動を取った人がいたことに愕然としました。

そして今年。
ある駅の改札で待ち合わせをしていました。
約束の時間より早く着いたため、トイレに行っておこうと駅のトイレに。
個室に入りバッグを棚の上に。
そして指輪を指から外して、その隣に置きました。
少し緩い指輪を落としたくなかったから。
指輪はジャストサイズより、1つ上のサイズのものをしています。
体調による浮腫みが激しい方なので、日によって指輪が抜けなくなることがあり、ゆとりがあるものを選んでいるのです。
そして用を済ませて、バッグだけを手に個室を出てしまいました。
指輪を外してバッグの横に置いたのは私自身なのに、その30秒前のことを忘れてしまう私は、大丈夫でしょうか。
更に手を洗っている時にも指輪をしていないことに気付かず、トイレを出てしまいました。
それから30分ほどして、ようやく指輪をトイレに忘れたと気付きました。
用事を済ませて駅に戻った際にトイレの中を探しましたが、指輪はありませんでした。
遺失物の窓口の担当者に聞きましたが、届けは出ていないという。
その指輪は安い物でしたが、気に入っていたのでショックは大きかった。
それからしばらくの間、失くすのが怖くて指輪をしないようになりました。

9月からずっととても忙しく過ごしていました。
仕事じゃなくてスポーツのテレビ観戦で。
バスケットボールから始まり、ラグビー、アジア大会、バレーボール・・・と怒涛のスケジュール。
忙しくってしょうがない。
しかも日本戦が同日同時刻に行われることまであり、テレビのリモコンを片手に、チャンネルをしょっちゅう変えながら、2つの試合を観る日も。
日本戦は同じ日にしないように、調整出来なかったんでしょうか。
競技が違うと所属している団体が違うから、調整不可能だったということなんでしょうかね。
アジア大会では「なんすか、その競技は?」と聞きたくなるような未知のスポーツも。
その競技人口がどれくらいなのかも、知りたくなりました。
どの競技にも選手たちの奮闘があり、ドラマがありました。
結果を出せた選手、出せなかった選手。
試合を終えて、次の試合に向けて飛躍を決意する選手、引退を決める選手・・・すべての選手にお疲れ様でしたと言いたい。

心に残ったシーンがたくさんあり過ぎて、書き出したら終わらない。
だから1つだけピックアップすると・・・アジア大会での卓球の死闘は、胸に迫るものがありました。
これを死闘と言わずしてなんというか、ぐらいの試合でした。
格上の選手に食らいつく姿は、とても格好良かった。
そして素人目にも、トップ選手との差が縮まっているように見えました。
ところが。
それから僅か数日後のこと。
ネットで卓球の試合結果の記事を見つけました。
アジア大会の結果かと思ったら違った。
あの死闘の後ですぐに別の試合に臨んでいたようで、その情報でした。
てっきり1ヵ月ぐらい休んで、次の試合に臨むのかと思っていたら、選手たちはもう次の戦いをしていたのです。
凄過ぎる。
肉体的にも精神的にもタフじゃないと、選手を続けられませんね。
感動をくれた選手たちに拍手と感謝を。
そして来年はオリンピック。
パリが夢を叶える場所になりますように。