子どもの頃、本や新聞、雑誌などを跨いだり、足でちょいっとどけたりしようものなら、母の雷が落ちたもんでした。
「字・文章」を足蹴にするなど、もってのほかだというのです。
「字・文章」には、書いた人の魂が宿っているから、それを粗末に扱うことは、まかりならんというのが、母の言い分でした。
昔は、こういう教えがあったのでしょうか?
「字・文章」にまつわる仕事をしていたわけでもない母が、なぜ、印刷物にだけ、これだけ主義をもっていたのかは、よくわかりません。
今、小説を書く身になってみて、この言葉を大変奥深いと感じるのであって、当時は、なんだ、そりゃ、ぐらいに思っていました。
それだけ活字を大切にしている母が、生ゴミを捨てる時には、新聞紙に包んでからゴミ容器へ入れているのを見た時には、子どもながらに、「言ってることと、やってることが、違くない?」と感じたものでした。
ある日、生ゴミを新聞紙の上に置いた母に、それは、魂を汚すことにはならないのかと、尋ねました。
私から真っ直ぐ突っ込まれた母は、一瞬、言葉を失ったようにも見えましたが、すぐに「これだけは、許してくれることになっている」と反論しました。
「誰から許してもらってるの?」とさらに尋ねると、「新聞協会から」との答えが。
嘘のクオリティーが低すぎて、がっかりしたことを覚えています。
もう少し、ましな言い訳を考えてくれと、子どもながらにつっこんだもんでした。
今、文章を書いて、飯を食っている私としては、本、雑誌、新聞といった印刷物を足蹴にすることはありません。
魂を大切に扱うよう、心がけてはいますが、新聞や雑誌は、どんどん捨てていかないと部屋に溢れてしまいます。
そこで、週に1度の分別ゴミの収集日まで、引き出しに一旦ためておきます。
その引き出しに入れる際、字の向きには、こだわります。
引き出しを開けた時に、目に入る字の向きが、正面(普通に読める状態)だといいのですが、逆さまになっていたり、横向きになっていたりすると、どうも落ち着かないのです。
それで、字の向きに注意して、引き出しに仕舞うのです。
大雑把な性格の私にとって、この小さなこだわりは、非常に珍しく、自分でも、不思議だと思いながらも、止められません。
なんだか、人それぞれですね。
美容院が苦手です。
ほとんどの美容院は、目の前に、大きな鏡があって、やって貰っている間中、己の顔と向き合わなくてはなりません。
そんなに、長いこと、見るに耐えられる顔ではありません。
段々辛くなります。
そこで、店内に置かれてる雑誌なんかを捲るのですが、それも頑張って30分が限界。
飽きてしまいます。
ある日、新聞で美容院が紹介されていました。
カットのみに特化した美容院で、全国に展開しているとか。
ネットで予約でき、予約時間は10分単位。
シャンプーもカラーリングもパーマもなし。当然ブローもしてくれません。
とにかくカットだけ。
これよ、こういうのを探していたのよ、私。
と、思った私は早速ネットで調べてみることに。
すると、自宅から電車で40分程度の街に、そのお店があるとわかりました。
ならば、行ってみるかと、チャレンジ。
店内はフツーにお洒落で、なかなかイイ感じ。
5センチぐらい、カットしてくださいとお願いすると、美容師さんが、ちゃっちゃと、カットしていきます。
このお店にも、当然、真ん前にはでっかい鏡があって、やって貰っている間は、自分の顔を拝み続けなくてはなりませんが、10分程度なら、我慢できるってもんです。
予約の単位が10分なので、1人あたり、その程度なんだろうなぁと思ってはいましたが、本当に、10分で終わった時には、拍手をしそうになりました。
他店では、カット後、洗い流したり、ブローしたりで、なんだかんだで、時間を取られますが、ここは、カット後に細かい毛を、掃除機のホースのようなもので、吸い取るだけなので、あっという間に終了。
これで、1300円。
安いし、早いし、長時間鏡を見なくていいしで、願ったり叶ったり。
その美容院へ行くまで40分。カットで10分。ここら辺にツッコミどころはあるのですが、ま、カット終了後に、その街で、買い物をしたり、コーヒーを飲んだりと、あれこれ楽しめるので、そこはOKとしたいと思います。
郵便受けに、一枚のチラシが。
マンションの管理会社からで、窓ガラスの拭き掃除をすると書いてありました。
入居してから6年。
内側の窓は拭いてきましたが、構造上、外側を拭くことはできず、気になっていました。
なんていうのは嘘で、窓ガラスの曇りなんて気にしたことはありませんでした。
ベランダの窓ガラスだけは、内側も外側も拭けるので、致し方なく、たまにやりますが、拭き方が下手なようで、拭き筋がべったりと窓ガラスに残ってしまいます。
全体的に汚れているより、雑巾が動いた跡がわかる方が、みっともないような気がします。
使っている洗剤容器には、2度拭きいらずと書いてあるのに、4回拭いても、拭き筋が残ります。5回目にトライすることなく、妥協し、これで、オッケーと呟くことにしています。
チラシには、作業員から部屋を覗かれないよう、当日はカーテンを閉めるようにとの注意点も書いてありました。
作業時間中、恐らく私は部屋で仕事中と思われ、ふと、パソコンから顔を上げたら、作業員と目が合ったなんてことになったら、ちょっと気まずいもんなと、納得し、スケジュール帳に、ブラインドを閉じると記入。
そして、当日。
すべての窓のブラインドを閉じた状態で、仕事をしていると、シュルシュルという音が。
なんだ、今の音? と思っていると、カチ、カチとなにかが窓に当たる音が。
そうか、窓拭き作業が始まったのかと思い、なんとなしに、耳を澄ませていると、キュッキュッと小気味のいい音がし出します。
その音のリズミカルなことといったら。
見てはいなくても、手際よく、窓ガラスを拭いていることが容易に想像できます。
と、また、シュルシュルという音が。
どうも、うちの窓拭きを終え、下の階へと移動した模様。
シュルシュルは、屋上から垂らしている、ゴンドラの紐が滑る音のようです。
しばらくすると、隣の部屋の窓からリズミカルな音が。
いったん下の階まで終えた後、隣の部屋の窓を始めた様子。
このようにして、端から順に、窓ガラスが拭かれていきました。
作業終了予定時刻は、午後3時になっていたので、その頃、ブラインドを開けてみると、きれいに輝く窓が。
拭き筋ゼロの、完璧な状態に、プロだわぁと感心してしまいました。
執筆に戻り、パソコンに向かっていると、なにやら、音が。
顔を上げると、窓には雨のしずくが。
うっそー。
よりによって、今から降る?
と、空に尋ねても答えが返ってくるわけもなく。
せっかくきれいにしてもらった窓ガラスも、僅か三十分ほどで、雨に汚されることになってしまいました。
なんとも切ない出来事でございました。
美術館によく行きます。
尋常ではない時間をかけ、魂を込めた作品と向き合うと、あぁ、私も頑張らなきゃなぁと素直に思えるので、モチベーションを上げるのに、最高の場所です。
ある美術館へ行こうとしたところ、そこは初めての場所。
案の定、迷ってしまいました。
周辺の案内地図の立て看板を見つけたので、近づいてみると・・・心霊写真かよとツッコミたくなるほど、うす~くなっています。
どうやら、陽にやけてしまったのに、そのまま放置されているようで、白っちゃけてしまっています。
ぼんやりした地図は、どんなに目を細めても、わかりませんね。
現在位置のマークさえ、見つけられず。
しょうがないので、歩いている人に道を尋ね、なんとか、目的の美術館へ到着。
こんなところに、あったんだぁと、しばし見上げてから、中に入ると、びっくりすることが山盛り、てんこ盛り。
まず、コインロッカーがない。
大抵の美術館は100円で使えるコインロッカーがあります。本だの傘だのを持ち歩いていて、とかく荷物の重量がある私は、ここにバッグやコートなどを入れます。
その、コインロッカー見当たらないので、スタッフに尋ねると、当館にはございませんとの回答が。
しょうがないので、手にずしりとくるバッグを持ったまま、展示フロアへ。
鑑賞しながら、フロアを移動していると、突然、「複写絵販売フロア」との表示板が。
えっ?
関連グッズや複写絵などは美術館内でよく販売されていますが、そういったのは、大抵展示フロアの出口付近にあるショップで行われています。
今、私、気付かないうちに、展示フロアから、出ちゃった?
と、辺りをきょろきょろ。
出ていない。
な、なんと、この美術館は、展示フロアと展示フロアの間に、即売フロアを作っていたのです。
本物を並べた展示フロアの間に、複写絵を飾り、売るという斬新なやり方に、思わず、ぽかんと口を開けてしまいました。
複写絵を買ってくださいという強いメッセージが伝わってきます。
ふと、見回せば、展示フロアには、スタッフの姿がほとんど見られなかったのに、この販売フロアには、アダルティなスタッフが2人。
それぞれ、来館者の横にぴたっと張り付き、接客トークを繰り広げています。
すっげぇ美術館に来ちゃったよと、一人呟きながら、展示フロアを進み、出口へ。
絵を鑑賞した後は、館内にあるカフェに入ることが多いのですが、この日も、ちょっと一休みしていくかなと、案内板に従い、足を進めると・・・カフェの前に十人ほどが群がっています。
何事かと覗くと、カフェの中に蜂が迷い込んだらしく、男性警備員3人がかりで、この蜂の大捕り物中で、その様子を女性スタッフと客たちが、眺めているといった模様。
虫取り網がないようで、素手でなんとかしようとしている点が、チャレンジャーだなぁと感心してしまいました。
当分、カフェに静寂は訪れそうもないので、一休みは諦めて、駅へ向かうことに。
いやぁ、それにしても、いろんな面で珍しい美術館でした。