歯石を取りに歯科クリニックへ。
とはいっても、歯石よりも、ステインを取って欲しいのが本音。
タバコを吸わないのに、歯の裏や、間が茶渋のように茶色く着色してしまいます。
どうやら、そういう体質のようです。
それじゃなくても、大口を開けて大笑いする方なので、そんな時歯が茶色いと、見せられる方にとっては、笑うどころか、不気味でしょうから、なるべく頻繁に歯科クリニックへ行くようにはしているのですが・・・。
なんやかやと毎日を過ごしているうちに、前回歯科クリニックへ行ってから5ヵ月が経過していました。
これは、ヤバいと、電話で予約をして、いざ歯科クリニックへ。
そこは、働きにくいのでしょうか。
行くたびに、スタッフが変わっていて、この日も初めての衛生士さんとご対面。
ステインを取って欲しいと申し出ると、口の中を覗かれ、結構付いてますねと言われます。
おタバコは?
ワインは?
漢方は?
と聞かれ、コーヒーは飲みますが、それだけで、こんなについてしまうのですと、私は説明します。
毎度初めての衛生士さんと、その度に、同じ会話をしなくてはいけないというのは面倒臭いのと同時に空しくなってきます。
次に、手鏡をもたされて「ほら、これ、歯石ですね。ここも。こんなについてますよ」と指摘されます。
私が歯科クリニックを訪れたのは、己の歯石と対面したいからではなく、取って欲しいからなのです。
なのに、初対面の衛生士さんは、必ず手鏡でもって、現状把握させてきますね。
これ、そういう決まりなのでしょうか?
ちゃっちゃと歯石とステインを取ってくれりゃあいいものを、歯磨きの仕方なんかをご教示してくださる。
子どもならまだしも、今更歯磨きのテクニックなんぞを教わっても、もう癖のようになっているのでしょうから、直そうたって、直るもんじゃない。
そんなことより、黙って歯石とステインを取ってくれ。
と思ってしまう私は、性格が歪んでますか?
歯石&ステイン取りは1時間の予定でしたが、私の歯石が頑固だったせいか、終わったのは1時間半後でした。
次は3ヵ月後に来てくださいと、言葉尻強めに言われ、よっぽど、取るのが大変だったんだろうかと衛生士さんに同情するも、きっと3ヵ月後には、まだまだもうちょっと引っ張れるだろうと考えてしまうんだろうなぁと予想する私でした。
社会って厳しいな、と実感したのは、どんな時でしたか?
大学に入学して間もなくのことでした。
友人に合コンに誘われました。
相手はお金持ちの子息が通うと評判の大学の学部だということでした。
女性陣は勿論、気合入りまくり。
こう聞かれたら、こう答えるなどと、シミュレーションまでして、その日のための準備に余念がありませんでした。
幹事から、先方のリクエストで、大人っぽい恰好をしてくるようにとのお達しが。
買いに走る者、クローゼットを引っ掻き回す者、大騒ぎでした。
合コン当日。
いつもとは様子の違う女たち5人が教室に集合しました。
授業なんて上の空。
だって、大事な合コンが今夜控えているのだもの~。
と、朝からテンションが上がり過ぎて、お昼ごろには若干ぐったりし出す人もいましたが、夕方には、再び気合を入れ直して、いざ出陣。
場所は渋谷の某所。
時間は午後六時半。
が、先方はなかなか来ない。
互いを見つけやすいようにと、待ち合わせに良く利用される場所ではなく、あえて、人が立ち止まらないような場所を選んだというだけあって、その場には私たち以外に、それらしき姿はありません。
当時は携帯などなく、公衆電話から先方の幹事の家に電話をするしかありません。
が、こちらに向かっていれば、出るわけもなく、呼び出し音が鳴るばかり。
三十分経ち、一時間が経ち、幹事は慌てだします。
昨日、私は確かに、この場所と時間を確認したと、必死の形相で訴えてきます。
その子が、嘘を吐くとも思えず、どうしたのかねぇと、皆、首を捻るばかりでした。
二時間が経ったところで、諦めようという決定を全員で下しました。
そのまま帰るのもなんなので、居酒屋に入った女5人。
どうしたって、ため息の一つや二つは出てしまうってもんです。
幹事は「ごめんなさい」を30回ぐらい連打していたような記憶があります。
その日の夜遅く、幹事が先方の幹事の家に電話をすると・・・あっ、本当に今日、行ったんだ? との返事が。
なに言ってんの。そう昨日、決めたじゃないの。と、激昂したそうですが、先方は、悪かったねぇと、まったく反省していない様子だったとのこと。
そこで、女、5人、今回の事態を検証してみました。
幹事が、先方の幹事と交わした言葉を100%に限りなく近づくほど思い出してもらい、様々な角度から分析し、いくつもの仮説を立てては再検証という、かつて経験したことがないほどの熱心さで向き合いました。
結果、導き出されたのは・・・待ち合わせ場所に立っている私たちを、どこか離れた場所から見て、今日はパスだなと判断したのだろう・・・という哀しい結論でした。
「行ったけど、可愛い子が一人もいなくて、行く気が失せたから」とはさすがに言えず「あっ、本当に今日、行ったんだ?」と口にするしかなかったのだろうという推測は、なんともほろ苦いものでした。
初めて、社会での自分の立ち位置を知らされた一件でした。
観劇中、お腹が空いてきゅるきゅるっと音が鳴ってしまう。
そんなこと、ありませんか?
私はしょっちゅうあります。
ミュージカルかなんかで、舞台上から賑やかな音楽が流れてくるような演目だと、きゅるきゅるも目立たなくて済むのですが、悲劇なんかだと大変。
シーンとした客席で、下っ腹にぐっと力を入れてみたりしますが、きゅるきゅるは意志とは関係なく鳴ってしまうのです。
そこで、幕間に、劇場内の売店を覗いてみますが、デニッシュやワッフル、ホットドッグなどの軽食を食べる気はおきません。
きゅるきゅると音はしますが、1食分を食べられるほど、胃に空白があるわけじゃない。
ある日のこと。
幕間、ロビーに私が座っていると、いかにも場馴れしていますといったマダムが隣に。
バッグからなにか黒いものを取り出して、ぱくり。
ん? と斜め右に視線を送り、見ないふりで見てみると・・・マダムはひと口羊羹を食べていたのです。
おおっ。
なんて、ナイスなアイデアでしょう。
小腹が空いたお腹には、ひと口サイズ程度の羊羹が、まさにぴったりなのです。
マダムに乾杯!
ってなわけで、ネットでひと口サイズの羊羹を探してみると・・・思っていたより、ヒットはしてきませんでしたが、果実の羊羹なるものを発見。
早速、購入してみました。
名刺の半分程度の大きさで、味は梅、桃、柚子、柿、苺があり、これだと飽きなくて済みそうです。
実際に観劇時、幕間にこの羊羹を食べたところ、きゅるきゅるは鳴らず、心置きなく舞台に集中することができました。
この日、私と友人が、ロビーでひと口サイズの羊羹を食べているのを、横目で見ていた人がいたので、その人も次回はバッグに羊羹を忍ばせて来るかもしれません。
このひと口サイズの羊羹、観劇の際だけでなく、様々な場面で役立ってくれています。
移動が続く日で、しかも時間がないような時、駅のホームでぱくり。
昼の12時から打ち合わせといった時、会議中にきゅるきゅるさせないよう、開始前にぱくり。
などといった感じに。
日持ちもするので、常備しておけるのも便利です。
高校生の時の私には、すべての授業がつまらなかったもんです。
今では授業に興味をもたせるような工夫をする先生が多いようですが、昔は、授業の質というものにはそれほど重きが置かれていませんでした。
教え方が問われることはなく、ついてこれない生徒が悪いといった感じでした。
特に数学は酷かった。
元々興味がないところにもってきて、女教師の授業には熱のようなものが一切ありませんでした。
教科書に出てくる数式を黒板に書き写し、それを淡々と解いていくだけ。
大人になって当時を振り返れば、授業がつまらないから、勉強したくないという、なんとも勝手な理屈を振りかざす子どもだったなと、反省しきりです。
が、当時の私は、つまらなさ過ぎて、どうしようもありませんでした。
クラスメイトたちも同じだったようで、漫画を読んだり、友人に手紙を書いたりなど、各自が退屈をしのぐためのなんらかの努力をして、50分を耐え忍んでいました。
ある日のこと。
どうしてそんなことになったのか、きっかけは覚えていないのですが、女教師が飼い犬の話をし出しました。
その女教師には息子さんが2人いて、犬は自分を次男だと思っているようだという話でした。
数学以外の話が、その女教師から出たことはなく、結婚していたことも、子どもが2人いたことも、クラスの全員が初めて知ったことでした。
私も含めてクラスの生徒が、こっそりやっていたことを止めて、教師の話に集中し出します。
犬が自分次男だと思い込んでいるのには訳があると教師は言います。
犬は、長男が生まれた後で、家にやってきた。
だから、犬は自分を末っ子だと思っていたところに、弟が生まれた。
彼は、犬にとっては、弟になるのだろうと話し、その例を挙げました。
家族で車に乗り込もうとする時、子どもたちは後部座席に座る。
長男が先に乗り込むのは構わないのだが、次に次男が乗り込もうとすると、犬はそれを許さず、服を引っ張ったりして、阻止しようとする。次男のボクが乗ってから、君は次だからとでも言うように。
そうしたせいで、末の息子さんも、自分を三男だと思うようになってしまった。
保育園の先生に何人きょうだいかと聞かれて「3人」と答えていたと言って、教師は笑いました。
クラスの皆も、一緒に微笑みます。
それは、数学の授業で初めての光景でした。
それからすぐに授業が再開されてしまい、少し温まった心は、黒板に書かれた数式によって一気に冷えていきました。
高校生の頃は、教師というのは特別な大人でした。
私生活があるということや、なにかに興味があったり、苦手だったりといった人間性に、意識が向きませんでした。
それだけ、私が小さな世界に住んでいたのでしょうか。