雨が続いていた頃のこと。
その日は久しぶりの晴れ。
天気予報の降水確率は0%。
こんな日じゃなきゃはけない白いパンツをセレクトして外出。
電車に乗り空いていた席に座って、ふと辺りを見回すと・・・私の左に座っている女性が白いパンツをはいていました。
私と同じように、今日みたいな日にしか着られないからといった理由でそれを選んだのでしょうか。
次の駅に電車が到着すると、右隣の人が降りていきました。
その空いた席に座ったのが、その駅で乗り込んで来た女性。
なんと、白いパンツをはいている。
白いパンツをはいた女が3人並んじゃった。
なんだか可笑しくて、にやにやしてしまいそうになるのを、唇にぐっと力を入れて堪えます。
今日なにを着るか・・・これは大変な問題。
行く場所、用件、相手によって、相応しい服装を選ぶのが大事。
というか、そういうシバリがあった方が、かえって選ぶのに時間が掛からなかったりしますね。
どういった格好でもOKみたいな時にこそ、あれこれ迷ってしまいます。
そこで自らシバリを作ってみたりします。
今日はこの靴を履くとか、このネックレスをするといったことを決めてしまう。
だとしたらこのスカートだなとか、このブラウスになるといった次のアイテムを決めていきやすくなる。
すると、いつもより短時間で仕度を済ますことができたりします。
あれこれ迷ってしまう時、自ら作ったシバリが、進むべき道を示してくれるんですね。
ま、こうしたこともあくまでも自己満足の世界の話。
どんな格好したところで、他人からの見た目への評価が大きく変わるわけじゃない。
素材が98点の人が、あと2点のためにオシャレをするというのはアリですね。
が、私のように素材が38点ぐらいの者が、オシャレをしてあと2点を積み上げたところで、赤点は赤点のママ。
その2点のために費やす時間も金もムダってもんです。
こんな身も蓋もないまとめ方で、今日のブログを締めくくることになってしまい、なんだかなぁです。
書いた字で性格を判断できるとか。
OL時代の同僚の男性に、虫眼鏡を使わないと見えないぐらいの小っちゃい字を書く人がいました。
上司からも、取り引き先や同僚からも、字が小さくて読めないと言われ続けていましたが、一向に直せないようでした。
彼の字は、彼の性格のどういった部分を表しているのでしょうか。
人として小さいかどうかはわかりませんでした。
伏し目がちで決して目を合わさないけれど、よく喋る人だった記憶があります。
字が美しくなくても、読み易ければいいですよね。
原稿に校正者や編集者が、間違いや疑問点を手書きで入れてくることがあります。
これが、なんて書いてあるか読めない時がある。
「元々汚ねー字なんだから、もっと細いペン先ので書けやっ」と文句を言いたくなることもしばしば。
ま、そういう私の字もどっこいどっこいなので「どう直したいのかわからんわっ」と編集者から陰で言われているだろうと思います。
十年ほど前に通信講座でペン字を勉強しました。
カリキュラムを終了後しばらくは、やっぱりちゃんと習うと違うなというぐらい字が変わりました。
が、徐々に元の字に戻っていってしまいました。
これはどうしてなんでしょうかね。
本来の癖を直すには、相当な努力が必要ということなんでしょうか。
高校生の時クラスメートにノートを貸したら、読めなかったと返されて以降、誰からも貸してくれと言われなくなったことが思い出されます。
そういえば、当時隣席だった友人が私と非常によく似た字を書く子でした。
机の上のノートがどちらのものかわからなくなったことがありました。
表紙に名前なんて書いていなかったんですね。
二人で長い時間ノートを捲り続けた後、顔を見合わせ「どっち?」と聞き合いました。
それほど時間を掛けても、自分のがどちらかはっきりとしないほど似た字だったのです。
書いた字で性格が判断できるなら・・・私と彼女は性格がそっくりなはずですが、そうではありませんでした。
性格はまったく違っていましたし、好きなことも、得意なことも、苦手なことも違っていました。
ただ1つ覚えているのは・・・スカートと、その布柄と揃いの靴をはいて学校に初めて行った日、件の彼女が私のと色違いのスカートと、それと揃いの靴を履いてきた記憶。
互いにびっくりしてしばし見つめ合った後「なんか気持ち悪いっ」と大騒ぎをしたのでした。
服がかぶったのはその時1度だけで、普段はまったく違うファッションをしていたのですが・・・。
もう何十年も会っていないのですが、今彼女はどんな字を書いているだろうかと思ったりしています。
スマホの調子が悪くなり、結構長く使っていたので、買い替えることを決意。
年寄り向けのらくらくスマートフォンなるものをテレビCMで見た時、次はこれにしようと決めていました。
一応どんなものかとネットで調べてみると・・・アプリを使えないと判明。
いくらなんでもそれはダメだろうとフツーのスマホにしようとしたのですが、どれにしたらいいのか見当が付かない。
機能の違いがあるのでしょうが、そもそもその機能を理解していないので、どれが自分に合っているかがわからない。
そこで、それまで使っていたメーカーの最新機種にすることに。
そのメーカーのものを何年も使っていたので、多少でも使い勝手に慣れがあるだろうと思ったから。
が、ショップのお姉さんが出してきたスマホは、なんだか更に使いにくくなっていました。
数年の間に異次元の進化を遂げていたようで、私が使っていた旧モデルの面影ゼロ。
1から学んでいかないといけないようです。
で、お姉さんの話はまったく理解できない。
ふんふんと、わかっているかのような演技をするのも辛くなってくる。
お姉さんが言いました。
ケースを付けますかと。
あぁ、そうですねと答える私。
これが罠だとは世間知らずの私は知る由もなし。
ケースは2800円だとお姉さんは言います。
そしてアプリのオプションパックを契約すると、ケースは1円になると言い出しました。
私が「?」マークでいっぱいの顔をしていると、10個のアプリを入れるのが条件だが、アプリは1ヵ月間は無料で利用でき、解約することができるとの説明が。
「解約」という言葉に引っかかっている私に、なおもお姉さんが説明します。
解約の手順を書いた紙を渡すので、それを見ながら自分で簡単にできるし、もし難しかったら、ショップに持ってきてくれればすぐにやりますと。
不安はありました。
ですが、2800円と1円の金額差に目がくらみ、正常な判断ができなくなっていたのです。
そこで、その10個のアプリを入れることを承諾。
自宅に戻り、取り敢えず電話とメールのやり方を把握。
せっかくなので、入れたアプリを使ってみようとタッチすると・・・〇〇に同意しますか? といった文字が出てくる。
意味がわからないが、取り敢えず怖い。
無料で利用中であってもなにかに同意しなくてはいけないのか、それともそこで同意すると有料契約を決意したと意思表示することになってしまうのか。
恐いので、取り敢えず前のページに戻る。
この繰り返し。
結局アプリの便利さや楽しさを堪能せずに無料期間の終了が迫ったため、説明書を引っ張り出し、自力で解約に挑戦。
これが難しいのなんのって。
何度も挫折しかかりましたが「これをやらなければ金を取られるんだぞ」と自らに発破を掛けてなんとか解約作業に成功。
こんなことなら、ショップで2800円でケースを買っておけば良かったと何度も後悔するほど、作業は難しいものでした。
これ、途中で心が折れてしまう人を想定した上での商売ではないのかと疑ってしまう私は性悪でしょうか。
解約作業ができず、ショップに行こうとしたものの、なかなか時間が取れずにいるうちに無料期間が終了し、自動的に有料契約に移行して、まったく使わないアプリにお金を払い続けてしまう・・・こういう人、結構多い気がするのです。
先日、夕方自宅近くで信号待ちをしていた時のことでした。
大きなベビーカーにチワワを5、6匹ほど乗せている女性を発見。
ベビーカーの中だけでなく、リードにそれぞれつないだ6匹のチワワも連れています。
合計12匹ほど。
ちら見することはできず、ガン見。
そこでふと思ったのは、ベビーカーに乗っているチワワと、歩かされているチワワの差はなにかという点でした。
飼い主のその日の気分なのでしょうか。
それとも厳格な階級制度が敷かれていて、歩かされているチワワは、いつかあのベビーカーに乗ってやるぜぃと虎視眈々と下剋上を狙っていたりするのでしょうか。
そもそもこの12匹は家族なのか、それとも血の繋がりはないのか。
チワワだと子犬か成犬なのかサイズからは推し量れない。
たとえ家族ですべてに血の繋がりがあったにせよ、これだけ頭数がいれば、気の合うのと合わないのがいて当然で、そうすると人間のように派閥なんてものもあったりするのでしょうか。
飼い主の女性に注目してみると・・・高級ブランドのトレーナーを着ています。
なぜそれが高級ブランドだとわかったかというと、ブランド名がアルファベットでたくさん印刷されているデザインのものだったから。
40代ぐらいに見えるその女性は、お金持ちで犬とのラブラブな生活を送っている・・・こんな推理でどうでしょう。
信号が緑になったにもかかわらず、その女性は動かない。
なんでだろうとさらに様子を探ると・・・リードに繋がれたチワワたちが、飼い主を電柱と間違えているのか、その靴の臭いを必死で嗅ぎまくっている。
その嗅ぎ方は執拗で、今にもトイレタイムに入りそうな気配。
そうしたことはしばしばあるのか、飼い主は雨でもないのに長靴をはいています。
そして、飼い主は嗅がれるがままじっとしている。
「ええいっ、これは私の足で電柱じゃないって、いい加減覚えろやっ」なんて私だったら間違いなく言ってそうなセリフを、この飼い主はまったく言いそうもなく、黙ってそこに立っています。
菩薩のような心の持ち主なんでしょうかね。
気が付けば、信号が点滅を始めている。
慌てて私は横断歩道を渡り振り返ると、電柱のように動かない飼い主とチワワたちの姿がまだそこに。
名残惜しくはありましたが、約束の時間に遅れては困るので、そのまま立ち去りました。
同じような時間帯に自宅周辺を歩く度、チワワたちとまた出会えないだろうかとキョロキョロするのですが、この時1回だけで、その後姿を目にしていません。
再会した暁には、勇気を振り絞って飼い主に声を掛けてみようと心に決めたのでした。