六本木を歩いている時でした。
時は、午後2時過ぎ。
ランドセルを背負った子どもが歩いていたり、ベビーカーを押している人がいたりと、昼間の六本木は、夜とは違う表情を見せています。
と、前方から、チワワを連れた女性が歩いてきました。
そのチワワと女性を見るともなく見ていると――。
突然、チワワが足を止めました。
女性は驚いた様子で、リードを強く引っ張り、散歩を続けようとします。
が、チワワは足を踏ん張り、頑として動こうとしません。
女性は「どうしたのよ。行くわよ、ほら」と声を掛けますが、チワワは尻を落とし、徹底抗戦の構えを見せます。
そんなチワワの頑張りも、哀しいかな、体重が軽いせいで、女性がちょいと強くリードを引っ張れば、ずるずると引き摺られてしまいます。
それでも、チワワは踏ん張り続けます。
チワワが意地を見せていることに感心しながら、ふと、視線を上げると、そこには銀行のATM。
チワワが心を惹かれるような場所には、思えません。
ほかの犬の臭いがついていそうな場所でもありませんし、なににそれほど執着しているのか、わかりません。

お金を下ろしたかったのでしょうか。
飼い主には内緒の出費の予定があり、なんとかお金を工面したかったとか。
それとも、恋仲の犬がATMにいることを、その鼻で嗅ぎつけていて、どうしても愛の言葉を伝えたかったとか。
或いは、生き別れになった兄の臭いを感じ取り、臭いを追い掛けて、兄の居場所を突き止めたかったとか。
妄想を膨らませながら、私はチワワと女性の横を通り過ぎました。
歩き進み、赤信号にぶつかったので振り返りました。
すると、業を煮やした女性が、ちょうどチワワを持ち上げようとしているところでした。
抵抗も空しく、軽々と腕に抱かれてしまったチワワでしたが、その足はピンと踏ん張っている状態で、まだまだ足掻いている様子。
そういば、以前、犬の言葉の翻訳機が発売されたというニュースを聞いたことがあります。
確か、犬の鳴き声から、その意味を人間の言葉に変換してくれる機械だったような。
そのニュースを聞いた時は、どこまでがシャレで、どこからが本気かわからないなぁと思っただけでしたが、今、あの翻訳機があったなら・・・あのチワワの気持ちを理解できるかもしれない。
そう思ったら、強烈に、あの翻訳機を手に入れたいという気持ちになりました。
引き出しを開けたら、こんなものが。

ポストの形をした消しゴムです。
恐らく、年賀状かかもめーるを郵便局でまとめ買いした時にでも、貰ったものでしょう。
それで、ふと思い出しました。
学生時代に、私がずっと同じ消しゴムを使い続けているのを見た友人が、「これ、何年もの?」と聞いてきたことを。
私は首を傾げながら「思い出せないぐらい、何年も使っている」と答えると、「凄いね」と言われました。
当初、なにが凄いのか、よくわからなかったのですが、どうやら、消しゴムというのは、可愛いのを見つけたら、即、買うという代物であった模様。
時代はバブルでしたしね。
従って、ペンペースの中の消しゴムはしょっちゅう変わっているという女子が多かったようなのです。
私は、消しゴムに一切興味がなく、文字を消せればそれでいいと思っていたので、すでに持っているのに、さらに買うという発想には至っていませんでした。
その反動でしょうか。
「嫌な女」という作品では、徹子という登場人物を、文房具に目がないという設定にしました。

ただし、可愛いから買い集めるというのではなく、盛り込まれた新機能に感心し、つい買ってしまうという集め方です。
「嫌な女」を発表した後、何人かの方から、弁護士の徹子なら、贅沢三昧できるだろうに、文房具に目がないという設定が庶民的で、好感をもてたといった感想をいただきました。
へぇ、そんなところに? と驚きました。
構想段階から、徹子には文房具収集の趣味があるという設定にしようと決めていたのですが、残念ながら私には知識がありませんでしたので、執筆前に本などを購入し、猛勉強。
日本の文房具の歴史を勉強してみると、そのこだわりや時代背景など、なかなか興味深く、楽しい勉強期間となりました。
そして、執筆を終えた頃には、なんだか徹子から影響を受けたようで、以前より随分、文房具が好きになっていました。
最近では、ショッピングビルなどに行っても、一番時間をかけて見るのは、文房具売り場だったりします。
自分の創りだしたキャラクターから影響を受けるというのも、変な話なのですが。
文庫「嫌な女」は、書店等で発売中です。
多くの皆様方からの愛とサポートを受けている様子。
どうもありがとうございます。
以前、通っていた皮膚科クリニックでのこと。
そこは駅から15分ほど歩いた住宅街の中にあり、不便さでいったら、かなりの高ポイント。
午前9時の診察開始に合わせて、10分前に受付を済ませ、皮膚科のドクターがいる診察室の前の長椅子に座りました。
そこは、内科と整形外科もあるのですが、ドクターの名字が全員同じなのを見ると、一族経営なのでしょう。
税金対策なのか、下のフロアでは、ミニミュージアムを開いているそうで、拝観料は無料だと謳ったチラシが置いてあります。
クリニックなのに結構なボリュームで音楽がかかっていて、見上げると、天井にBOSEのスピーカーが埋め込まれていて、細部にこだわって建設しましたという意気込みと、そういうことができるだけの金があるんだぞというメッセージが受け取れます。
その日、皮膚科の診察室の前で待っているのは、私だけ。
この感じだと、1番に診察してもらおうという目論見は成功しそうだぜ、とにやついていたのですが・・・。
午前9時になり、内科や整形外科の方では、名前が呼ばれて、患者が診察室へと入っていくのですが、私の名前は呼ばれない。
どうしたのかなぁと思っていると、「シューッ、ジュボボボボボ」という音が。
ん?
今の、まるで、スタバで、エスプレッソが抽出されている時の音とよく似ているなぁ。
でも、まさかねぇ。
ここ、クリニックだし。
患者が待っているのに、あんな大きな音をさせて、エスプレッソを淹れたりなんて、するわけないか。
だね。
と、自分の疑いを自分で打消しました。
やがて5分が経過し、10分が経過し、内科と整形外科の診察室からは診察を終えた患者が出てきたり、新たに患者が入って行ったりと動きがあります。
中には会計へとコマを進める患者も。
どういうこと? と思っていると、ようやく午前9時15分になって、私の名前が呼ばれました。
中に入って、丸椅子に座った私の目に飛び込んできたのは、ドクターのデスクに置かれたデミタスカップ。

空になっていましたが、カップの内側にはクレマの跡が。
飲んでた?
患者を待たせて。
15分も。
朝の一杯なら、家で済ませておけ。
せめて、患者にバレないよう努力しろ。
と思ってしまった私は、症状をドクターに説明しながらも、強い眼差しになってしまうのを、押さえることができませんでした。
単行本の「手の中の天秤」が発売になります。
書店には、11日か、12日ぐらいに並び始めるそうです。
この新作は、裁判員制度が進んでいった先が、こんな風になったら・・・という架空の設定で、物語が進んでいきます。
興味のある方は、このHP内にある、「手の中の天秤」のエピソードページをご覧いただくか、実際に書店で本を手にお取りください。

仕事場に飾り棚があり、新刊が手元に届くと、そこに飾ります。
そこには、これまで発売した本が、ノーコンセプトの順で並んでいます。
「手の中の天秤」を空いているスペースに収めようとした時、こうした黒ベースの装丁は、単行本では初めてだったな、と気付きました。
装丁はとても大事で、編集者と何度も話し合って、決めていきます。
私から具体案を提示はできないので、デザイナーさんから上がってきた案を見て、あーだこーだ意見を言うだけなのですが。
これ、1度迷い出すと、大変なんです。
こっちもいいような気もする。
でも、こっちの方が、目立つ気もするし、いや、こっちの方が、作品の世界観に近いんじゃないだろうか、なんて。
さらに、私の意見と、編集者の意見が違うことも勿論あり、さらに営業担当は、別の意見がある、となることもあって、そうなると、さて、どうしたもんかと。
このまま本にならないんじゃなかろうかと思う時さえ、あるのですが、これが不思議なもんで、なんとか調整し、ちゃんと形になるんですね。
調整役の人、ご苦労様でした、と労う気持ちになったことが、何度もありました。
「手の中の天秤」では、デザイナーさんから上がってきた複数の案から、徐々に絞り込んでいったのですが、私と編集者の意見が大体同じだったため、実に平和な道のりとなりました。
重厚さと疾走感が絶妙に混じり合った、素敵な装丁になりました。
中身も、装丁に負けないぐらいのものだったらいいのですが・・・。
まずは、ご一読を。