プチトマト
- 2011年09月12日
今から十年ほど前のことです。
スーパーの特設会場で、足が止まったのは、『ベランダで野菜を育ててみませんか』と謳ったポップの前でした。
それまで、土いじりにまったく興味などなかったのに、何故か、その時は、ポップの言葉が、ズドンと胸の真ん中に突き刺さりました。
さて、なにを育ててみようかと、早速、選ぶことに。ニンジンやナスなどは、素人なりに、難しそうだと判断し、パスします。
そして、その時、目についたのが、バジルでした。種の入った袋の裏には、初心者向けとも書いてあります。パスタに摂れたてのバジルを使うなんて、ちょっとオシャレっぽくていいんじゃないかと、ほくそ笑みました。そして、ついでに、トマトも作れないだろうかと考えました。自分で育てたバジルとトマトで作ったパスタ。雑誌の中の世界のようです。よし、これでいこうと思い、種の入った袋を裏返しました。すると、上級者向けと書かれています。そ、そうか。トマトは難しいのかと、諦めかけた時、プチトマトの種に目がいきました。裏返した種の袋には、初心者向けの文字が。よっしゃ。プチトマトでいいや。口の中に入れれば、同じトマト味だと、自分の理論を展開し、購入しました。
自宅に戻り、早速、鉢に土を入れ、種を落とし、水をやりました。
そして、ベランダへ顔を向け、はっとしました。
このベランダで、食物が育つのだろうかと。
猫の額のような狭いベランダには、エアコンの室外機と、避難用の滑り台が収納されているボックスがあり、人が一人立つぐらいのスペースしかありません。そこに洗濯物を干すので、日差しは遮られてしまい、植物を育てられる環境ではなさそうだと気が付きました。
どうして、こういう大事なことを、買う前に考えられないのでしょう。
自分の間抜けっぷりに呆れます。
ですが、せっかく買ったのに、このまま捨てるのは惜しい気がします。
そこで、室内で育ててみることに。
窓の前にバジルとプチトマトの鉢を並べました。
一週間ほどで、プチトマトのちっちゃな葉が出てきました。
いける。
そう感じた私は、遅れて葉を出したバジルに、精一杯の愛情と水を与えました。
バジルはすくすくと育ち、レストランなどで見かける姿と遜色ない色と形になりました。
問題は、プチトマトの方でした。
愛情をかけなかった分、性格が歪んでしまったのか、ひょろひょろと茎が伸びるばかりで、一向に実をつけそうな気配はありません。茎の添え木は、継ぎ足しを繰り返して、30センチほどの高さになりました。
茎はあまりに細く、全精力を、上に伸びるという行為に振り向けているようでした。
それから一ヵ月。
プチトマトは、相変わらず、上に上にと、伸びていました。
その頃には、プチトマトを食べるという目標は忘れ、どこまで伸びていくものなのかと、記録に挑戦し続ける植物を見届けようという気持ちになっていました。
結局、70センチまで記録を伸ばした後、ぴたっと成長は止まり、やがて、色が薄くなっていきました。
そして、実をつけることはなく、徐々に枯れていきました。
窓からの日差しでは、充分ではなかったのか、それとも、プチトマトが生きる方向を間違えたのか、わかりません。
枯れたプチトマトを処分した時、ちょっと淋しかったことを、覚えています。