隣人の謎
- 2011年10月27日
以前住んでいたマンションの隣人は、謎めいていました。
私が暮らし始めた当初、隣の一家は、駅前で八百屋を営んでいるご夫婦と、三人の子どもたちでした。明るい奥さんで、道で会うと、大きな声で、「こんにちは」と言ってくれる人でした。
ある日、その八百屋にシャッターが下りていました。張り紙には、店を近くに移転したとありました。移転した先は、そこに書かれた地図を見るかぎり、裏通りにあり、商売をするには、今の場所より条件が悪そうでした。しばらくして、その一家は裏通りの店をたたみ、引っ越していきました。なにがあったのだろうと想像し、また、あの元気な「こんにちは」を聞けないのだなと思って、ちょっと淋しくなったことを覚えています。
その一家が引っ越した後、しばらくの間は、リフォーム業者らしき人たちの出入りが見受けられました。
そして、ある日曜日に、次の家族が越してきた気配がありました。
その晩、「隣に越してきました」と、一家揃って私の部屋に挨拶にいらっしゃいました。二十代に見えるイケメンのご主人と、おとなしい感じの奥さん。そして、奥さんは生まれたばかりといった赤ちゃんを腕に抱いていました。まだ若いのに、挨拶にいらっしゃるわ、手拭いまでくれるわで、しっかりした方だなという第一印象をもちました。
半年ほどたった頃でしょうか。
赤ちゃんを抱っこした女性が、隣の部屋に入っていくのを目撃。
ところが・・・ん? お母さん、違くない?
その時、隣の部屋に入っていった女性は、挨拶にお越しになった人とは明らかに違う女性だったのです。
ま、妹さんとか、お姉さんとか、そういう方が、たまたまお守をしているんだろうなと思い、それ以上深くは考えませんでした。
ところが。
その後、何度か隣の部屋に出入りする親子を目撃する機会がありましたが、その度に、挨拶に来た人とは違う女性が、子どもを連れているのです。
挨拶に来た、あの女性はどこへ?
そもそもお母さんではなかったのか?
だったら、引っ越しの挨拶に来る?
母親の代わりに挨拶に来たのなら、そうひと言、言わない?
私の心は千々に乱れます。
ですが、疑問を当人に尋ねられるほど、親しくもなれず、建物内ですれ違えば、目礼する程度でした。
月日は流れ、ある日の夕方、一階にある郵便受けから新聞を取り出していると、「なんでやねん」という子どもの声が。
振り返ると、件の親子でした。
子どもはすくすくと成長し、一人で歩けるようにまでなっていました。さらに、カタコトを喋られるようにまで。
っていうか、なんで関西弁?
挨拶に来た時の赤ちゃんが、その子なら、この東京で育ったはずなのに。
ご主人も二人の女性たちも、ほんのちょっとの挨拶程度とはいえ、関西弁でないことは明らか。普段は関西弁でも、東京弁も流暢に使いこなすという人もいますが・・・。
この二人目の女性が、ご主人を罵倒するのを何度も耳にしたことがあるのですが、そうした時、東京弁を使っていました。こんな時は、普段の言葉が出ると思うので、やはり、元々が東京弁の人のように思えます。
とすると、子どもはなぜ、関西弁に?
アニメとか、テレビの影響でしょうか?
お母さんのチェンジ(?)もそうでしたが、子どもの関西弁も謎を深めます。
この一家から目が離せないぜ、と注意深く観察していましたが、謎は解決せぬまま、私は引っ越すことに。
仲良くなって、謎を解決しておきたかったなぁと、今でも後悔しています。