プロポーズ

  • 2012年02月06日

6年ほど前に、結婚を申し込まれたことがあります。
6歳の男の子から。

当時の私は、4階建てマンションの3階に住んでいて、彼は、1階に住んでいました。
出入り口には、オートロック式のドアがあったのですが、これが結構重くて、レジ袋を両手に抱えた状態だったりすると、押し開ける時には、思わず唸り声が出てしまうほど。

ある時、いつものようにレジ袋を両手に持ったままで、郵便受けの中身を取り出し、さて、ドアを開けようと振り返ると、男の子が。
ぐっと身体を斜めにして、重いドアに体重を預けるようにして、踏ん張っているではありませんか。どうやら、私のために、ドアを開けてくれている様子。
「どーじょ」とまで言っている。
慌てて、「ありがとう」と言って、私が中に入ると、「どういたしまして」と答える男の子。
なんというジェントルマン。
男の子を待っていたと思しき母親にも、お礼を言って、私は自宅に戻りました。

それから一週間ほどしたある日。
私がマンション内を歩いていると、前方に、件の男の子と母親を発見。
すると、突然、男の子は振り返り、「綺麗なお姉さん、こんにちは」と言ったのです。
私はくるりと360度見回して、綺麗なお姉さんを探しましたが、私のほかには、誰もいません。
この子には、人には見えないものが見えてしまう特殊な能力が具わっているのでは? あるいは、ただ単に、普通の人とは違う感性の持ち主か。
取り敢えず、駅前にある眼科クリニックへ行くよう勧めるべきか。
などと、あれこれ思いはしましたが、口にはせずに、「こんにちは」とだけ答えておきました。

またある時には、私が1階の通路を歩いていると、端のドアが開き、男の子が飛び出してきたことも。
そして、「プレゼントです」と言って、1枚の紙を差し出してきました。
見れば、それは彼が描いたと思しき、私の絵。
キュビズム派の流れを汲んでいるかのような、大胆なタッチの作品は、凡人の私には、理解不能ではありましたが、ありがたく頂戴することに。
ドアの前で、男の子の様子を黙って見守っていた母親は、静かに微笑んでいました。

ここまでくると、いくら鈍感な私でも、さすがに彼の気持ちには気付きます。いったい、私のどこが、彼のツボにハマったのだろうと首を捻るばかりです。

そして、来ました。ついに、その日が。
1階の通路を歩いていると、待ちかまえていたかのように、端のドアが開き、男の子が出てきました。
そして、言ったのです。
「大きくなったら、僕と結婚してください」と。
なんと答えるのが、正解なのかわからず、言葉を探しているうちに、「はい、そうします」と即答するんじゃ、軽い女と思われてしまうのではないかとの考えに至り、「ちょっと、考えさせて」と返事をすることに。
すると、みるみる男の子の顔が、泣きそうに歪んでいきます。
ヤバい。と思った私は、大急ぎで「わかった。する」と前言撤回。
「何ぐらい待てばいいのかな?」と聞いてみると、「ん~と、10年」との答えが。
「10年かぁ」と呟いて顔を上げると、静かに微笑む男の子の母親が。
気が付くと、その母親に向かって、「10年後に、またプロポーズして貰えるよう、頑張ります」と宣言していました。
なにを、どう頑張るんだか、よくわかりませんが、取り敢えず、なんらかの前向きな発言をしておくべき雰囲気だったもんで。

あれから6年。
引っ越しをしてから、彼の姿を目にすることはなくなってしまいましたが、願わくば、素敵なジェントルマンのままでいて欲しいもんです。

ブログ内検索

  • アーカイブ


  • Copyright© 2011-2025 Nozomi Katsura All rights reserved. No reproduction and republication without written permission.

    error: Content is protected !!
    Copy Protected by Chetan's WP-Copyprotect.