カマキリ
- 2012年07月23日
以前住んでいたマンションは、小さな商店街の中にありました。
駅前から続く、その商店街の先には、民家がひしめき合って立っていて、およそ緑とは縁のない地域でした。
猫の額のような狭さのベランダに干していた、洗濯物を取り込んだ時のことです。
私には、いつもの段取りというのがありました。
それは、一旦、部屋の鴨居にハンガーピッチをひっかけ、乾いている物はたたみ、乾いていない物は、部屋干しするという取捨選択を、室内で行うというものでした。
さて、このハンドタオルは乾いているかなと、手を伸ばしかけた時、ハンガーピッチの上部で仁王立ちするカマキリと、目が合いました。
げっ。カマキリだ。
めっちゃ、こっち見てる。
どうしよう。
どうして、こんなに緑のない所に、カマキリがいるのよ。
もしかして、カマキリの生って、生まれて初めて、見てるかも。
想像していたより、随分大きいし、スレンダー。
逆三角形の顔が、怖い・・・。
どう対処したらいいのかわからず、完全にパニック。
私の身体は、固まったままです。
私は目を外したいのに、目を外すことができずに、カマキリとにらみ合ったままの状態。
動物の本能なのでしょうか?
目を外したら、たちまち襲い掛かられそうな気がするのです。
完全な膠着状態。
しばらくして、敵が動きました。
すっと、右の前足を持ち上げたのです。
えっ?
鎌を持ち上げたってことは、戦闘態勢に入ったってこと?
どうやって、応戦したらいいのか、見当がつきません。
小さな虫なんかは、掃除機で吸い込んじゃうという戦法で、度々勝利をおさめてきた私ですが、カマキリは大きすぎて、掃除機が吸い込んでくれなさそうです。途中で詰まったりなんかしたら、もう掃除機ごと捨てるしかなくなり、そうなると、新しい掃除機を購入しなくてはならなくなって、高くつくな、などと、さして有効でもない戦法を、あれこれ検討し始めました。
新聞紙で叩き殺すってのは、どうだろう。
いや、無理。
よくて、半死状態。
その後の処理に困る。
と、あれこれ考えているうちに、カマキリが、鎌をさらに一段高くしました。
マジで、戦う気っぽいんですけど。
まずい。
と、その時、カマキリ自ら、出ていってもらったらどうだろうとのアイデアが。
が、それはそれで、問題が。
ハンガーピッチを鴨居から外し、ベランダに戻したとして、その間カマキリが、おとなしくしてくれるだろうかという点。
不安はありましたが、もっといいアイデアが浮かぶとも思えず、実行することに。
カマキリから目を外した私は、速攻で、カマキリの背後に回り込みました。
カマキリがあれっ? と思っている間に、ベランダに出してしまおうとの作戦です。
案の定、カマキリは、なにもない空間にむかって鎌を持ち上げていて、敵の私に背中を見せています。
今だ。
私は急いで、でも、なるべくスムーズな動きになるよう心を配りながら、すうーっと、ハンガーピッチをベランダまで運びました。
物干し竿に引っ掛けると、すぐに窓を閉め、カマキリの様子を窺います。
カマキリは誰もいない空間に向かって、鎌を持ち上げたままの状態でいます。
態勢は同じなのですが、その背中からは、殺気が消えていました。
カマキリの方も、ほっとしていたのかもしれません。
翌朝、カマキリはいなくなっていました。
こうして、カマキリとの戦いは静かに幕を下ろしました。