ノースリーブ
- 2012年09月03日
会社勤めをしていた頃の話。
朝の通勤時、ほぼ毎日、同じ時間にくる電車の、同じドアから乗車していました。
と、車内を見渡してみれば、よく見かける顔がちらほら。
私のように、同じ時間に、同じドアから乗車する、顔馴染みたち。
冬のある日、ドアが閉まる直前、するっと乗車してきた女性がいました。
見かけない顔です。
車内は、冬のこと、皆、着ぶくれていて、いつもより、やや混んでいる状態です。
ただ通勤ラッシュとは少しだけ時間がずれているので、ぎゅーぎゅー詰めではありません。新聞や本を読んでいる人が、顰蹙を買わない程度の混み具合。
暖房がしっかり利いていて、寒くはありません。
私はなんとなく、新顔のその女性を見ていました。
すると、その女性がコートを脱ぎだしました。
コートを脱ぐと、下は、ウール素材ではあるものの、ノースリーブ。
いやいや、そこまで暑いか? と思ったのは、冷え性女王の私だけではなかったはず。
翌日。
また、ドアが閉まる直前に、するりと滑り込んできた女性が。
見れば、昨日の女性。
今日も、もしかして、脱ぐのか? と思っていると、案の定、コートを脱ぎだしました。
中は、昨日とは違う、ノースリーブのワンピース。
かたや、私はといえば、温熱効果があると謳ったアンダーシャツに、使い捨てカイロを2個貼っている状態。さらに、セーターに、タイツ2枚重ね履き、ロングコートにマフラーに手袋。
もう、同じ種類の生き物とは思えない。
その翌日も、さらに翌日も、件の女性はコートを着た状態で乗車。発車後、すぐにコートを脱ぐという儀式を行います。
やがて、そのコートを脱ぐという行為が、非常に手馴れていることに気付きました。
普通に、コートを脱ごうとすれば、ある程度のスペースが必要になります。
それが、彼女の場合、実にコンパクトにコートを脱ぐのです。
まず左肩からコートを外し、最小限の動きで、袖から腕を抜き出します。次に、右に掛けていたショルダーバッグを左にかえるのですが、この時、バッグは身体に張り付いているかのように、最短の動線で移動。今度は右の肩からコートを外し、右の腕を袖から引き抜いたと思ったら、即座にコートを前に回して抱え込みます。
この間、僅か数秒。
近くにいる乗客に、一切迷惑をかけず、見事、コートを脱ぎ切りました。
思わず、ひゅ~と口笛を吹いてしまうような、見事な技。
勝手に想像すると、彼女は、大変な暑がりさんなのでは。
本当は、外もノースリーブで歩きたいぐらい。
だが、世間の目というのがある。
しょうがないから、外ではコートを着るが、車内に入れば、暖房が利きすぎているのよという理由づけができるので、即、脱ぐ。車内はそこそこ混んでいるので、迷惑をかけないように、そっとコートを脱ぐようにしなくちゃ。なるべく小さく動くのよ。私、頑張る・・・。
と、こんな感じで、日々努力した結果、最小スペース・コート脱ぎコンテストがあったら優勝できるほどの技を手に入れたのでは。
などと、朝から妄想全開で、彼女の匠の技に拍手を送っていました。
が、1ヵ月ほどで、彼女の姿は見かけなくなってしまいました。
乗車時間が変わってしまったのか、引っ越しでもしたのでしょうか。
残暑が厳しい毎日。
冷え性の国に住む私は、比較的暑さには強い方ではありますが、それでも、今年の夏の暑さには参っています。
そして、思うのです。
私がこんなにぐったりしているのだから、あの暑がりさんは、どうやって過ごしているだろうかと。
彼女のことだから、独自の技を編み出し、快適にこの夏を過ごしているようにも思いますが。