喫茶店で

  • 2012年09月24日

今はもう閉店してしまった喫茶店。
新宿の駅前にありました。
打ち合わせに利用する客のために、FAX機が用意されていました。
当時、携帯電話は普及していましたが、そこそこの量のデータを、急ぎで遣り取りするには、FAXを使うのが主流だったせいでしょう。
有料でしたが、送受信ができました。
フロアの隅には、小さな池があり、そこには鯉が泳いでいましたっけ。
なんとも不思議な店でしたが、居心地は悪くはありませんでした。

ある日、その店で、一人、打ち合わせ相手が来るのを待っていた時です。
何の気なしに、隣席の会話を聞いていました。
ん?
もしかして、お見合い?
隣席との間には、目の高さ程度の衝立が一枚あるだけ。
テーブルは非常に近い距離にあります。
だから、耳をそばだてなくても、二人の会話ははっきりと聞こえてきます。
その会話から察するに、どうも初対面っぽいのです。
しかも、仕事の打ち合わせとも違った雰囲気。
衝立の幅は、テーブルの幅と同程度でしたから、ちょっと背もたれに身体を預けるようにしたら、二人の様子はしっかり見えるはず。
そう考えた私は、背もたれに身体を預けたり、不自然に伸びをしてみたりして、ちらちらと隣席を窺いました。
隣席の男女は、ともに年齢不詳。
女性は薄いベージュのワンピース。
その胸元につけた造花のデザインのブローチが、ちょいと大きい。
いつもより多めにつけてしまったといった感じのチークと相まって、そのダサさがなんとも微笑ましい。
一方の男性はというと、スーツを着ているのですが、太る前に買ったスーツですよね? と確認したくなるほど、サイズが2つは合ってない様子。
そして、この二人の間に流れる緊張感と、恥じらいが半端じゃない。
絶対、お見合いだわ、と、私は確信したのでした。
二人の緊張感が、衝立を越えて、こっちにまで流れてきます。
緊張感のせいなのか、口下手のせいなのか、会話はぽつりぽつりといった程度。
頑張れよ。
と、気が付けば、なぜか、応援していました。
会話が終わってしまった後の空白の時間が、息苦しいのなんのって。
やがて、用意していたネタをすべて出し尽くしてしまったのか、会話は途絶えてしまいました。
長い長い沈黙が続きます。
助けて。
こっちまで、気まずさに耐えられなくなってきました。
この沈黙を破るために、会話の糸口となるようなヒントを、紙に書いて、そっと隣のテーブルに差し出そうかと私が思った頃、男性の声が。
「あ、あの、どんな音楽、聴きますか?」
よしっ。
ひとまず、そのネタで引っ張れ。
と、このネタが、彼女のツボだったらしく、ぱっと顔を輝かせました。
ひとまず、しばらくは会話が続きそうでよかったと、胸を撫で下ろしていた時、打ち合わせ相手が到着。
できることなら、最後までこの二人を見届けたい気持ちでしたが、本来の用事を思い出し、打ち合わせに集中することに。
そして、懸案事項を片付け、ほっとして、隣席へ目を向けると・・・すでに2人の姿はありませんでした。

初々しかったあの2人の、その後がどうにも気になります。
2人のその後を勝手に想像し、小説にしてみようかと、そんなことを考えたりしています。

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