デスクの上に、小物を集めた一角があります。
そこには、スティック糊や、消しゴムといった物と一緒に、体温計が置いてあります。
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私は、自分の体温に非常に鈍感なようなんです。
たとえば・・・今日は体調もいいし、インフルエンザの予防接種をしてもらおうと、病院に行った時のこと。
看護師さんから、体温計を渡されます。
脇に挟んで、いい子で待つこと、しばし。
ピピピと音がして、体温計を取り出したところ、7度4分。
んな、バカな。
覗き込んでくる看護師さんから、体温計を隠すようにして、「もう一度、計っていいですか?」と尋ね、許可を貰って、再計測。
と、今度は、7度5分。
上がってるし。
渋々、看護師さんに体温計を渡すと、「あら、こんなに」と言われてしまい、さらに「微熱の域を超えてるじゃない。インフルエンザの注射じゃなくて、先生に診察してもらったら」とのアドバイスが。
「でも、全然、具合が悪くないんですけど・・・」
「全然?」
「全然」
「おかしいわね」と首を捻る、看護師さんに、「出直してきます」と言い残し、病院を後にしました。
帰りの道々、考えます。
平熱が、6度0分の私が、7度4分で、まったく異常を感じないってのは、どうしてだろう。体温計が壊れていたのでは?
納得がいかないまま、1週間を過ごし、再チャレンジしてみたところ、今度は6度2分ぐらいで、なんとかインフルエンザの予防接種をして貰うことに成功。
ただし、この時と、先週の時との、身体のコンディションの差は、自覚できないままでしたが。
ある時、風邪を引き、別の病院へ。
受け付けに、問診表を提出したところ、「熱はありますか?」と聞かれたので、「熱はありません。咳が酷いだけです」と答えました。
体温計を渡されたので、長椅子に腰掛け、しばし、いい子で待っていると、ピピピの音が。
取り出すと・・・8度0分。
あぁ・・・ここで、ようやく悟りました。
私は自分の体温に、鈍感過ぎて、熱があるのか、ないのかを、理解できないのだと。
受け付けに体温計を返しながら、「自己判断ができておりませんで、申し訳ありません。高熱があるようです」と言った時、なんだか、とっても恥ずかしかったです。
それからも、熱っぽさを感じて、体温を計ると、5度8分などといったことも再三あり、もう、己の体調判断を、まったく信用しないことに決めました。
そこで、体温計をすぐに取り出せるところに置いておくことに。
体調を自己判断せずに、体温計を使って、客観的に知るように努めています。
小説「恋愛検定」が、ドラマ化されることになりました。
NHKのBSプレミアムで、第一話は6月3日の放送です。
個性的な俳優さんたちに、演じていただけることになり、今から大変楽しみにしています。
脚本が届き、ぱらぱらと捲ると・・・物凄い数の人たちの名前が列挙されています。キャスト、制作スタッフの方たちの名前ですね。
こんなにたくさんの人たちで、ドラマの「恋愛検定」を作ってくれるんだなぁと思い、感慨もひとしおです。
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以前、別の作品の撮影現場に遊びに行った時、100人ほどの人たちが、私の小説のタイトルが入った脚本を手にしているのを見て、感激するのと同時に、大事になっている事態に混乱し、吐きそうな気分になったことを思い出します。
以前、脚本というものに、初めて目を通した時は、どうも、スカスカ感があって、こんなんでいいの? と思ったもんでした。
ですが、実際撮影現場に遊びに行ってみると・・・たった1つのセリフに、命を吹き込む役者さんたちを見て、そうか、脚本はデッサンだったかと、わかりました。
そして、そんな細かいとこ、誰も見ないってと、言いたくなるほど、細部にまでこだわって1シーン、1シーンが作られていくのを見ているうちに、それぞれのプロが、いい仕事をしていって、その集大成として、1つの作品になっていくのだとも、知りました。
そう言えば・・・以前、撮影現場に遊びに行ったのは、とても寒い日でした。
息が白くなるほどの寒さの中、撮影の準備が進んでいきます。
その間、その女優さんは、ロングダウンコートを羽織り、使い捨てカイロを両手に握り、女性スタッフさんたちに、身体を擦って貰っていました。寒かったのでしょう。
そして、リハーサルが開始。
女優さんがコートを脱ぎ、スタンバイの位置に立ちます。
夏のシーンだったため、可哀想に、半袖姿です。
モニターを見ていると、寒さなんて、ちっとも感じさせない、演技をしていきます。
なかなかの長ゼリフを、言い切り、監督の「カット」の声が。
物凄いスピードで、スタッフが女優さんに駆け寄り、すぐにコートを着せ、カイロを持たせます。
よく見ると、女優さんの唇は、寒さで震えていました。
凄い。
これぞ、女優魂。
カメラが回っている間は、寒さも震えも、横に置いておけるんですね。
その後、試写を見ると・・・なんと、そのシーンは全部カットされていて、女優という仕事の切なさを、垣間見た瞬間でした。
先日、友人の家に遊びに行きました。
一緒に料理を作ることになり、キッチンに入ると・・・ずらりと並ぶ、包丁の数々。
絶句して、立ち尽くしていると、なにを驚いているのかと、友人の声が掛かります。
当たり前っちゃ、当たり前なんですが、10本近くもある包丁は、刃の形や、長さがそれぞれ違っています。
凄い。
これを、友人は使い分けているのか。
二十年近く友人をやっていますが、料理が好きだとか得意だとか、一度も聞いたことがなかったために、すっかり油断していました。
私は言います。「凄いね。こんなにたくさんの包丁を使い分けているなんて。私なんか、1本しか持ってないよ。それで、肉でも、果物でも、なんでも切っちゃうよ。あっ。勿論、その都度、洗うよ」
すると、「私もだよ」と、友人。
「えっ? こんなにたくさんあるのに、使うのは1本なの?」と確認すると、しっかりと頷く友人。
なんでも、義理のお母さんから結婚祝いに、包丁セットを貰ってしまったのだが、どう使い分けていいかわからず、だが、そうとは言えず、有り難く、キッチンには並べているものの、使うのは、手ごろなサイズの1本だけだとのこと。
「切れれば、いいんだもんね」と、同調する私に、「だけどさ」と友人は話し出します。
なんかの集まりの時に、義母と一緒にキッチンに立つことがあったそうです。
そこで、デキる嫁を演じるつもりで、玉ねぎのみじん切りに、笑顔で臨んでいたところ、「どうして、その包丁で切ってらっしゃるの?」と、するどいつっこみが入ったそうで。
しょうがないので、「あれっ?」としらばっくれた後、涙が止まらないとかなんとか呟いて、炒めたり、混ぜたりといった作業にだけ参加するという作戦変更をしたらしいのです。
その日一日中、義母の視線がやけにねっとり絡みつくようだったという友人は、「前日に、勉強しておけば良かったよ」と反省していました。
で、その後、勉強したのかと尋ねると、友人は「いや、まだ」と答えました。
その口ぶりから、向学心はそれほどないと、よみましたね、私は。
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皆さんはどうなんでしょう?
何本もの包丁を、その素材によって、使い分けているのでしょうか?
だとしたら、いつ、それを学んだんでしょう?
学校で?
それとも、親の手伝いをしているうちに、自然と・・・なのでしょうか?
かもしれませんね。
料理下手な母は、1本の包丁しかもっていませんでしたから。
それを見て育った私だから、売り場にたくさんの種類の包丁が並んでいるのを見ても、1本だけ買うことに、なんの迷いも、疑問ももたなかったのでしょう。
日常的に使っている包丁の本数のデータって、どこかにないもんかと、やけに深追いしたくなってしまいます。
喋りが下手です。
舌の動きが滑らかでないせいでしょう。
「もう一度、お願いします」
「今、なんて?」
と言われることが、多々あります。
なんとか、直したいと努力した時期もありましたが、こういうのって、なかなか直りませんね。
出版社さんの名前には、最後に「しゃ」で終わるものが多いです。
「○○社」ですね。
これ、大変なんです。
「○○社さん」と、皆さんは、きちんと発音できるかもしれませんが、元々舌が上手く回らない私にとっては、なかなかの難関。
「しゃ」の後に、「さん」と続けるのは、難しいのです。
たいてい「○○しゃしゃん」となり、子どもかよ、といった具合になります。
よく編集者に尋ねられるのが、近々の執筆予定です。
この手の質問が出ると、一つ深呼吸をしてから、口を開きます。
「今は、○○しゃしゃんの書き下ろし小説を書いていて、その後は、○○しゃしゃんの○○で連載予定の小説を書く予定で、その次は、○○しゃしゃんの・・・」
と、深呼吸の意味、まったくナシの、しゃしゃんの連打。
途中で、自分でも嫌になってきて、「とかなんとか」と言って、早々に話を切り上げ、「言えてなくて、すみまん」と謝ることに。
真面目な顔で、「いえ、意味は伝わってますから」と、返されたりすると、いい年をして、まともに社名の一つも言えない自分が恥ずかしくって、トイレにでも引きこもりたくなります。
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いつの頃からか、新聞に挟んであるチラシ広告の中に、カルチャースクールのを見つけると、話し方教室という文字を探すようになっていました。
習いに行こうと決心する日が、くるのでしょうか?