妄想から
- 2016年09月29日
小説は作家の妄想から生まれます。
とはいうものの現実に出会った人や、こと、場所を小説の中に入れる作家もいらっしゃいます。
私の場合は必死で想像力を膨らませ、実際に存在する人や場所は書かないように努めています。
そうはいっても、自分の経験や出会った人をモチーフとすることはあります。
小説「嫌な女」には主人公の徹子が子どもの頃、近所の文房具屋に行っていたエピソードがあります。
これは私が子どもの頃に住んでいた家の近くにあった文房具屋をモチーフとして、イメージを広げて書きました。
「手の中の天秤」では主人公の先輩男性が、書店の二階にあるピアノ教室に通うというエピソードが出てきます。
これも、私が子どもの頃通っていたピアノ教室がモチーフになっています。
その書店は駅前にあり、長いこと通い続けた店でした。
物凄い急角度の階段を上がると、手前にエレクトーン教室の部屋があり、奥にピアノの教室がありました。
教室といっても四畳ぐらいの広さしかなかったので、アップライトピアノと生徒と先生でぎゅうぎゅう詰め状態でした。
部屋にちゃんとした防音装置はなく、隣のエレクトーン教室からの音が聞こえていたので、あまりいい環境ではなかったように思います。
元々やりたくて始めたピアノではなかったため、私は嫌で嫌でしょうがありませんでした。
親の手前家を出なくてはならず、レッスン開始時間前に書店に行くのですが、なかなか二階に上がらない。
で、本の立ち読みをする。
店内にある時計をちらちら見ながら立ち読みを続け、私のレッスン時間が終わる五分前ぐらいになって、やおら二階に上がる。
次のレッスンの生徒がすでにスタンバっているため、私は五分だけさっと課題曲を弾く。
まったく練習をしていなかったため、当然先生からOKは貰えない。
「来週のレッスンの時までに練習しておいてね」と先生は言い、「はい」と私は答える。
この不毛なレッスンを毎週のように続けていました。
「手の中の天秤」の中に出てくるピアノ教室にあるのはグランドピアノで部屋は広く、私が通っていた教室とは全然違います。
ピアノの先生のキャラも、生徒の熱心さも、私が経験したものとはまったく違っています。
小説の中でこのピアノ教室は、先輩男性の仕事では見せない一面を覗かせます。