訃報を耳にして

  • 2023年01月30日

文芸評論家の北上次郎さんの訃報を耳にして、ショックの余りしばらく呆然としました。
とても哀しくて、寂しいです。

約20年前、私は作家デビューが出来たものの、不安な日々を過ごしていました。
小説は売れず、また評判にもならず、やっぱり私の書いた小説は面白くなかったのかと落ち込んでいました。

ある日、新聞の書評欄で私が書いた「ボーイズ・ビー」という小説が取り上げられているのを発見。
北上次郎さんの書評でした。
星が3つ付いていました。
5つが最高評価なので、まずまずぐらいの評価でしたが、私は飛び上がらんばかりに大喜び。
その書評が掲載されていたのは、僅か5センチ四方程度のスペース。
その小さな書評が私に勇気を与えてくれました。

本を読むプロである書評家が、たくさんある小説の中で選んでくれた奇跡に感動し、まずまずの評価を得たと勝手に解釈し、これを励みにしようと決めました。
その書評を新聞から切り抜き、クリアファイルに収めてデスクの引き出しに。

執筆中にはこのまま書き進めていいのだろうかと、不安に襲われることがあります。
そんな時、この切り抜きを引っ張り出しました。
そしてすでに暗記してしまっている書評を読み、心を強くして執筆を再開しました。
5センチ四方の書評が私の心の支えでした。

その後も発表した小説を、北上さんに取り上げて頂く幸運に恵まれました。
北上さんの書評では、あぁ、そこを汲み取ってくれたんだと嬉しくなることが多かったです。
また編集者も気付いてくれなかったシーンの重要性について、言及してくださったりして、凄いと思うこともしばしばでした。
登場人物についての分析を読んで、へぇ、そうなんだと、教えて貰うこともありました。
無自覚だったものを言葉にして貰って、そこで初めて理解出来たなんて経験も。

一度直接お会いして、お礼を言えるチャンスがあったらいいのにと思い続けてきましたが、それは叶いませんでした。
私の作品で最後に書評して頂いたのは「残された人が編む物語」でした。
熱い言葉で「読むべし」と推奨してくださいました。
どれだけ嬉しくて、ほっとしたかを伝えたかったです。
最新作「息をつめて」は読んで頂けたのか、どんな感想をもたれたのかは、わからないままとなりました。
これからは書評欄で北上さんの感想を、もう知ることは出来ないのだと思うと、寂しくてしょうがありません。

私のように北上さんの書評によって支えられた作家は、たくさんいるでしょう。
「あなたはたくさんの作家を育てましたね。それは素晴らしい功績です」と神様に評価されて、天国の中でも特に居心地のいいサロンのようなところで、特等席が用意されているのではないかと想像します。
そこには古今東西の本があって、読書三昧の日々を続けられる・・・そんな世界に旅立たれたのだと思いたいです。

北上さん、有り難うございました。
そしてご冥福をお祈り申し上げます。


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