気持ちの立て直し方

  • 2020年02月03日

辛い目に遭う。
哀しい出来事に襲われる。
そんな経験があります。
しばしばとまでは言いませんが、そこそこ経験があります。

こうした状態から、どうやって気持ちを立て直してきたのかと考えてみると・・・時間だったなと思います。
これをしたから傷が癒えたとか、心が軽くなったといった秘訣のようなものはなく、ただ毎日を過ごしているうちに、徐々に、でも確実に回復に向かっていくのです。

A子は最近、哀しい経験をしました。
深く心が傷ついたそうです。
この痛みをどうしたらいいのかと考えたとのこと。
飲んだくれるか、旅に出るか、友に愚痴るか、買物をしまくるか、或いはホストクラブで金を使いまくるか、思い付く限りの憂さ晴らしを検討してみたそうです。
でもどれも違う気がしたといいます。

結局、A子はパチンコ店に行くことにしたんだとか。
1日のほとんどを盤面を見て過ごしてみたそうです。
煩くて、目がチカチカして、不快なはずなのに、気が付けば心が無の状態になっている。
そして5日目に「もういいわ」と思ったそうで、気持ちが切り替わっているのを自覚したそうです。
気持ちの立て直し方は人それぞれですね。
本来の朗らかなA子に戻った姿を見てほっとしましたし、パチンコって凄いわと思いました。

他の皆はどうしているのかと聞きまわってみると・・・B子は鉄塔を見に行くと言い、C子は海外のテレビドラマを見続けると言いました。
D男はキャバクラに行き、E男はふて寝するとのことでした。
そんな中F子が本を読みまくると答えました。
待ってました、その答え。
「どんな本を?」と尋ねると、なんでもいいそうなのですが、極力そのような事態になった原因とはかけ離れたテーマの本を、読むようにしているとのこと。
時代物や海外小説、SFなんかがいいと言います。
また哲学書のようなものも結構イケるそうです。
チンプンカンプンながらも文字を目で追っているうちに、1ページぐらいで眠くなってくれるので、簡単に夢の中に逃避出来るんだとか。
これは眠れない時にも使えるアイデアですね。

皆に色々聞いて思ったのは・・・辛い目に遭ってないなんて人はいないってこと。
誰しも辛い目に遭うし、哀しい出来事に遭遇します。
だから今もしなにかで傷付き、心が塞いでしまっている人も、あなただけじゃないって点に目を向けてみてください。
すべての人がそうした経験をして、でも歩き続けています。
笑顔で前に進める日は必ずきます。
だから今は苦しくても、その痛みが薄まる日がくるのを待ちましょう。

人工肉

  • 2020年01月30日

世界では人工肉のメニューがあるファストフード店があるとか。
人工肉とは豆などの植物由来の原料で作ったものだそうです。
そう聞いてまず思ったのは、人工肉という名称は変えるべきだということ。
「人工」という言葉にたじろいでしまうから。
「植物肉」といった表現もあるようですが、これもちょっとお洒落じゃない。
「ヘルシー」とか「ニュー」とか「ノーミート」だとか、よくわからないけれど、なんとなく新しくて健康そうって感じの名称にしておいた方がいいのでは。

こうした人工肉を買う人の約90%は、ビーガンなどの菜食主義者ではなく、普段は肉を食べている人なのだとか。
いつもは肉を食べるけれど、時々肉を食べない日を作る人のことを「フレキシタリアン」と呼ぶらしく、こうした人たちが増えている模様。

カナダにあるマクドナルドの28店舗で、人工肉のパティを挟んだハンバーガーを試験販売したんだとか。
ファストフード店で「普通のお肉ですか? それとも人工肉ですか?」と店員さんから聞かれる日も近いのかもしれません。
選択肢が増えるのはいいことだと思います。
クローン牛の話を聞いた時にはざらっとした気持ちになりましたが、植物由来で肉に似せたものを作りましたという話なら、拒絶感は生まれません。

以前、世界的に有名な動物愛護団体の、寄付集めのパーティーに出席したことがあります。
フルコース料理が出されたのですが、そこには牛肉を使ったメニューが。
せめて今日ぐらいは、肉を食べるのを止めたらどうなんだよと思った記憶があります。
愛護する動物の中に牛は入っていないのでしょうか。
どうしたら愛護して貰える動物の中に、入れて貰えるのでしょうか。
愛護すべき動物と、そうじゃない動物の線引きは誰が決めたものなのか。
自分たちにとって都合の良い感覚での線引きをしているようで、そこに違和感を覚えました。

体調不良の原因がわからず右往左往していた時、ビーガン向けのメニューがいいのではないかと考えたことがありました。
そこでビーガン対応のレストランを探してみたのですが、残念ながら店舗数が少ない。
東京にはこれだけたくさんの飲食店があるのに、ネットで見つけられたのは30軒程度。
ホテル内のレストランでは、事前に申し出れば対応してくれるところもあるようですが、それは宿泊客のみ。
一般客にも対応していると書いてある公式ホームページはありませんでした。
結局、私の体調不良を救うのはビーガン料理ではないとわかったため、レストラン探しの旅を終えました。

これから「フレキシタリアン」が更に増えれば、そうした人たち向けのメニューを出す飲食店も増えるかも。
食の世界でも多様性に対応した流れになっていくのかもしれませんね。

卵かけご飯

  • 2020年01月27日

朝食はご飯を食べます。
小麦粉を使ったものをなるべく食べないようにしているため、和食にしているのです。
そして2日に1回、卵かけご飯にします。
朝起きて「あ、今日は卵かけご飯の日だ」と思うと、少しテンションが上がります。
そんなに好きなら、毎日卵かけご飯にしたらいいじゃないかと思いますか?
でもそうすると「あ、今日は卵かけご飯の日だ」と、心が弾む瞬間がなくなってしまうのです。
「あ、今日は卵かけご飯の日だ」と思う瞬間があるのは、卵かけご飯じゃない日があるからなのです。
嬉しくなる瞬間を得るために、敢えて食べない日を設けているといっても過言ではないのです。
本当に好きなものは毎日食べちゃダメだと思うのです。
敢えて食べない日を作り、飢餓感をもたせた上で食べる。
これによって幸せ感が倍増。
こんな工夫をして毎日を楽しむようにしています。

友人A子のブログを見ていたら・・・今日の朝食と題して写真が掲載されていました。
ご飯、お味噌汁、焼き魚、煮物、海苔、お新香が並んでいる。
旅館の朝食並みの豪華さ。
思わず、本当なのかよと呟きました。
そしてA子の過去のブログをチェックしてみることに。
するとパンの朝食の日には手作りの焼き立てのパン、目玉焼き、ベーコン、スープ、サラダ、オレンジジュース、フルーツが並んでいる。
おいおい。
こっちはホテルの朝食並みじゃないかよ。
パンはパン焼き機を使っているようではありますが、それにしたって手間暇が掛かっています。
こんな朝食を用意するA子はフルタイムで働く人でもあります。

A子は一体何時に起きているのか。
朝食の仕度に掛ける時間はどれくらいなのか。
聞きたいことは山ほどあります。

このことをB子に話したら「そうそう。A子って、どういう時間の遣り繰りしてるんだろうと思うことがよくあるよね。だからさ、思うんだけど、私たちとは違って、A子には1日50時間が与えられているんだと思うよ」と持論を展開。
次にC子にこの話をしたら、また別の推論が飛び出しました。
それは「本当は三つ子なんだよ。だけどなにかの事情があって、それを隠す必要があって、1人ということにして生きているんじゃない? 仕事も家事も育児も本当は3人でやっているから、どれも余裕で出来ちゃうんだよ」というものでした。
当然、どんな事情だよとツッコミました。
いずれにせよそんな突拍子もない推理をしなければならないほど、A子の時間の遣り繰りっぷりは尋常ではない。
結局、A子が毎日どうしているのか、どうしたら同じことが出来るのか・・・わからないままです。

A子が用意する朝食と比べると、私のはなんと貧相なことか。
そして卵かけご飯の日だというだけで、ウキウキする自分は、なんと単純で安上がりなことか。
と、つくづく思いました。

受験シーズンが

  • 2020年01月23日

受験シーズンですね。
テストの主催者が変わるとか、受験方法が変わるとか、なんだか変化をしている様子。
これから受験をする学生さんたちにとっては、どうなっていくのか気が気じゃないでしょう。

私が受験をしたのは遠い昔。
記憶として残っているのは、私の人生の中であれほど勉強した時期はないというぐらい、必死で受験勉強をしていたこと。
今も昔も受験は大変です。

とはいうものの、子どもの数が減っているという現実を踏まえれば、受験っている? との疑問が。
希望者は全員受け入れるぐらいにして、進級試験で振り落としていくのはどうでしょう。
それは残酷という意見が出そうですね。

受験システム以外でも、大胆な改革が出来る余地があるように思います。
例えば何年生という年齢での括りはやめて、科目別に自由に授業を取っていくというのはどうでしょう。
「俺、数学まだレベル11なんだよね。クリアまであと20もあるんだけど」なんて、科目別にレベルを一つひとつクリアしていく。
授業も年齢別のクラス別ではなく、レベル別に授業。
すべてクリアしたら卒業。
4年でクリアする人もいるでしょうし、1年でクリアする人も、7年かかる人もいるでしょう。
それでいいんじゃないかなと思うのです。
理解出来るまでに掛かる時間は人それぞれで、それを一律に年齢で区切る必要があると考えるのは、教える側の都合のような気がします。
子どもが少ない今なら、こんなことも出来るんじゃないかと思うのですが。

成績次第で授業料が変わるなんてアイデアもありますね。
九十点以上ならその科目の授業料が半額になるとか、五十点以下なら定価のままとか。
頑張れば授業料が安くなる・・・となったら、物凄くやる気になるのでは?

と、荒唐無稽なアイデアばかり並べてしまいましたが、先輩として受験生の皆さんにひと言。
受験の結果が願っていたものではなかったとしても、それで人生が終わってしまった訳ではありません。
だからがっかりせずに、前に一歩足を出してみましょう。
第二希望の学校で楽しい学生生活が待っているかもしれないし、来年にあなたの希望が叶うかもしれない。
いずれにせよ前を向いて歩き出すのが大事です。
私は受験がゴールになってしまい、入学した学校でまったく勉強をしなくなってしまいました。
そしてこんな大人になってしまいましたが、どうか皆さんは受験はスタート地点なのだというのを忘れずに、学ぶことを楽しんでください。

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