友人A子が歌を習い始めたという。
てっきりどこかのコーラスグループに入会したのかと思ったら、一人で声楽の先生の教室に行き習っているとのこと。
声楽中心の生活になったそうで、声にいいと言われている食材を食べ、声量を上げるために必要だからと、毎日ストレッチを欠かさないらしい。

そのA子から買い物に付き合ってと言われて、ほいほいと指定された場所に出向くと・・・そこは服のオーダーメイドの店でした。
完全予約制のお店には、女性スタッフが4人待機している。
発表会のための服を誂えるのが今日の目的だと、初めて知る。
A子は「こういう感じにしたいんです」といって、デザイン画を店員に差し出す。
なんでも海外の誰かが着ていた服を基に、アレンジして考えたデザインだという。
すでに自分でデザインを考え、それを絵にしてきたA子にちょっと驚く。
次に生地を選ぶことに。
大量の生地サンプルがテーブルにどさっと置かれた時、ようやく私はこりゃあ大変なことになったぞと気付く。
今日中に私はこの店を出られるのだろうかとの不安が胸に溢れる。
次々にサンプルを手に取り見ていくA子。
三十分掛けてすべてのサンプルを見たA子がひと言。
「ここにはない」
マジで?
思わず「掠ったのもなかった?」と尋ねる私の声は少し震えていたかも。
「ない」とA子は言い切る。
そうした客に慣れているのか、店長は落ち着いたもんで「それでは生地メーカーのサイトで探していただきましょう」と言ってパソコンを操作し、A子に画面を向ける。
そこにはずらっと生地の画像が。
A子はにっこりと微笑み「探します」と宣言。
私はその隣で、呆然とA子を見つめるしかありませんでした。
この時点までに、A子は私に1度も意見や感想を尋ねてきていません。
A子の頭にはすでに理想の服があって、それを形にするためにひたむきに進んでいる。
そこに迷いはない。
だから隣にいる私になにも尋ねない。
そんじゃ、なんのために私を誘ったんだよという素朴な疑問が浮かぶ。
しかしそんな質問を口にはできない雰囲気が、A子から醸し出されている。
仕方ないので私はなにも言わずに、店に置かれていた雑誌の頁を捲る。
「これ」とA子が声を上げたのは、パソコン画面を見始めてから30分後のことでした。
その奇跡に感謝。
それからようやく採寸。
満足そうな顔のA子と店を出たのは、入店から2時間後でした。
そこでようやく私の存在に気付いたようで「なんか付き合わせちゃって悪かったね」とA子は言いました。
「結局A子は私に意見や感想を、1度も求めなかったね」と指摘すると、「そうだった?」とA子は目を見開きました。
おいおい。
長時間付き合わせたからと言って、A子がお茶代をご馳走してくれました。
そのカフェで楽しそうに声楽のことを話していたA子。
A子とは長い付き合いだったのに、彼女が昔から声楽を習いたかったこと、でもできなかった事情などを、私はまったく知らなくて、友人であってもすべてを知るなんてことはできなくて、その人のごく一部分だけを垣間見ているだけなんだなと、思い知りました。
友人宅で開かれた女子会に参加しました。
参加者全員で料理をするといった流れのようだったので、私も手を洗い「なにをしたらいい?」と尋ねると・・・「イカをお願い」と言われる。
とんでもないものをお願いされてしまい、イカを前に途方に暮れる。

固まっている私に気付いた参加者たちから、「20代の女子でもないのに、えー、できな~い、とか言うなよ」とすごまれる。
しょうがないので私は言い訳を始める。
子どもの頃は近所の魚屋でイカを買えば、すべて処理をしてくれた。
だから我が家ではイカの下処理なんてしなかった。
年月が流れ自炊をするようになった頃には、スーパーでは下処理済みのモノが売られていた。
最近じゃイカは食べやすいサイズにカットされ、エビと一緒に袋に入った冷凍モノしか買わない。
といったことを喋って、私は悪くないといった着地点を目指す。
これで無事に済むはずもなく非難ごうごうの嵐。
その後「見てなさい」という友人の手元をじっと見つめて、イカの処理を学ぶ。
しっかりと学んだ結果思ったのは、やっぱり自分じゃやらないなということ。
そんなことを口にした日にゃ、正座させられて説教されそうだったので「勉強になりました」と殊勝な顔をしておきましたが、スーパーで下処理済みのモノが売られているのに、敢えて丸のまま買う意味がわからない。
そこで私は恐る恐る尋ねました。
もしかして皆様方はカット済みのカボチャと、丸のままのカボチャがあった時、丸のままのカボチャの方を選ばれるのですかと。
するとその場にいた4人全員が、カット済みの方を選ぶと答える。
レンコンを薄くカットし水煮してあるものと、丸のままのレンコンでは? とアンケートを続けると、丸のままの方が3人で、たまに水煮済みの方を買うという人が1人。
里芋は? 筍は? と色々聞いてみたところ、人によって様々だということが判明。
またそこにきちんとした理由はなく、なんとなくといった感じの模様。
だからレンコンは下処理済みで水煮状態のものを買うけれど、里芋は丸のままで買うという人がいて、下処理の大変さは里芋の方が上だろうにとのツッコミをしたくなるケースがあったりする。
私は迷わず楽な方を選ぶ性格故、大変な方を選ぶ人達の心情というものを理解したいと思いましたが、友人たちからは「なんとなく」の言葉しか出てこなかったため、わからずじまいでした。
体調不良で近所のクリニックへ。
症状などをドクターに説明する中で、遅延型フードアレルギーだという話をすると・・・それは世界的に認められていない概念だと言われる。
日本の学会がこの遅延型フードアレルギーを全否定しいたことは、ニュースで知っていたのですが、この検査でアレルギー源だと指摘された食品を食べないようになってから、体調が随分と改善された事実があるため、学会のコメントは聞かなかったことにして過ごしてきました。
しかしドクターからはっきりと、遅延型フードアレルギーの検査は無意味だと言われると・・・受け入れるしかない。
信じてきた私の4年間はなんだったのでしょうか。

そしてそのドクターが出した病名は「過敏性腸症候群」。
そっち? 本当に?
私がこの4年間なるべく摂らないようにしてきた牛乳やヨーグルトを、食べてくださいとドクターは言い切りました。
摂取しないようにしてから体調の改善を感じてきた身としては、それじゃ食べますとはならない。
そこでネットで過敏性腸症候群のことを調べてみると・・・FODMAPという単語に出くわしました。
FODMAPとは炭水化物に含まれる特定の糖質の総称で、これが多く含まれている食品によって過敏性腸症候群が引き起こされるのだとか。
これは比較的最近の考え方のようです。
そしてこのFODMAPが多く含まれている高FODMAP食品を食べず、低FODMAP食品を食べるようにするといいらしい。
で、この高FODMAP食品のリストを見てみると・・・遅延型フードアレルギー検査で、アレルギー源だと言われた食品とかなりだぶってる。
牛乳やヨーグルト、スイカなどが高FODMAP食品となっていて、これらは遅延型フードアレルギー検査で、アレルギー源だと指摘されたもの。
本来は違う病気であったけれど、たまたま食べない方がいい食品が重なっていたため、体調の改善がはかられたということなのでしょうか。
半信半疑ながらも高FODMAP食品だという品を、なるべく摂らないようにしてみました。
すると体調の改善が。
ということは、私はやはり過敏性腸症候群だった?
しかしながらこのFODMAPは新しい考え方のため、近所のクリニックのドクターにまでは浸透していなかった・・・こんなまとめ方でいいのでしょうか?
なにを信じたらいいのかわからないながらも、食事はしなくてはいけないので、しばらくは高FODMAP食品のリストにある品を、なるべく摂らないようにしてみようと思います。
高FODMAP食品の中にパンが入っているため、ずっと朝食はパンだったのをご飯にチェンジしました。
用意する時間は大分掛かるようになりましたが、体調は良いので、頑張って続けてみようと思っています。
西日本の豪雨は大変でしたね。
お見舞い申し上げます。
朝食を摂りながらテレビを見ていたら・・・視聴者が撮ったという映像が。
それは今回の西日本の豪富被害に遭っている最中のものでした。
そこでは息子が父親に避難しようと説得しています。
しかしこのじいちゃんは首を縦に振らない。
そうしている間にも雨は降り続き、自宅前を流れる水嵩はどんどん増していく。
息子は様々な言葉を駆使し、必至で逃げようと訴えますが、じいちゃんは全然動こうとしない。
結局自力では逃げることができない状況となり、救助に来てくれた人が用意したボートに乗って避難した模様。
なにはともあれこの家族が無事で良かった。
ただ・・・じいちゃんの心模様がわからない。
じいちゃんはどうしたかったのか。
家を離れたくなかったのか?
自然の猛威を甘くみてないか、じいちゃん。
そして感じたのはこの息子の忍耐強さの凄いこと。
とにかく一緒に逃げようと説得を続けるのです。
私が同じ状況に陥ったならば「頑固者め。勝手にしろ」と吐き捨てて、じいちゃんを置いて出たかも。
地震とは違って、ある程度の進路や通過時刻が予想できる豪雨であっても、これだけの犠牲者・被災者が出てしまうことが残念です。
「避難指示」と「避難勧告」がわかりにくいから、「避難命令」にしたらどうかといった意見もあるようです。
受け取るイメージが強く、また程度がはっきりわかる言葉の方がいいだろうなと思う一方で、先のじいちゃんにとっては、どんな名称であっても関係ない気もします。
ザーザー雨が降っていて、目の前の道を濁流が流れている状態になり、息子が必死で逃げようと言っていても尚、避難したくないと思う人の心を変えさせる言葉なんて、ないんじゃないかと思うのです。

想定外、経験したことがない、予想以上の・・・こんな言葉で表現される自然災害が増えている気がします。
自分の経験値ではなにもはかれないと知り、早目に逃げるしかないのかなと思いました。
被害に遭われた方たちが、一刻でも早く元の生活に戻れるようお祈り申し上げます。