オマケ

  • 2015年04月06日

欲しい物があったとします。
ネット注文をし、お金を払って手に入れます。
と、サービスと称したオマケが、同梱されていたりする。
タダだから黙って受け取れや的な気持ちが垣間見えて、ヤな気分がします。
欲しくない物を貰っても、迷惑なだけ。
捨てるだけになるので、エコな世の中の風潮にも違反していると思います。
そもそもサービスというものの本質を、勘違いしていると思えて仕方がありません。
品物の質を向上したり、価格を安くしたり、故障の対応を素早くするよう努力したりするのがサービスであって、客が望んでいない物を押し付けるのは、サービスではないと思うのです。
いいことをしてるなどといった、妙な達成感を覚えてるんじゃなかろうかとの疑念さえ浮かびます。
勘違いに気付かせるために、着払いで送り返した方がいいんじゃないかと思うことも。

ある日、キウイを半分にカットしようと、棚からまな板を取り出そうとした時のこと。
視界に、ちっちゃいまな板が入ってきました。
大分前になにかを買ったら、オマケだと称して勝手に同梱されていた品です。
捨てようと思いましたが、B5サイズ程度の薄ぺったい物で、それほど邪魔にはならなかったので、珍しく棚の隅に収納していたものでした。
使ってみると・・・これが便利。
フルーツをカットする時などに、ちょうどいいんですね。
小さければ洗う時も簡単に済むので「なんだ。これ、いいじゃん」とご満悦。
P1010424
と、オマケを完全否定していた私が喜んでいていいのかと、我に返りました。
そういえば・・・事務用品を買っているネットショップから、オマケと称して同梱されていたクリップを、試しに使ってみたら便利だったので、それからはそのクリップを買うようになった・・・なんてことがあったけ。
どうやら自分では無意識のまま、まんまとオマケ戦略に嵌っていたこともあったようです。

オマケであってもいらない物だったら、むしろその店への評価を下げるが、気に入れば、購入するようになるということでしょうかね。
これ、ショップからしたら一か八かの賭けってことですよね。
人の好みはそれぞれで、どれだけデータ分析しようが、すべてを理解するなんてことはできない。
だからオマケを同梱したとしても、たまたま気に入ってくれればファンになってくれるかもしれないけれど、気に入らなければ客は離れていってしまうかもしれない。
そんな危険性をはらんでいるってことですものね。
オマケの1つぐらい、なんて気楽に考えていた店主の皆さんは、くれぐれも慎重になさいますように。

鼻を

  • 2015年04月02日

花粉症の方には辛い季節でしょうか?
私は通年の鼻づまりなので、殊更騒ぎ立てることもなくこの季節を迎え入れています。

ネットで調べものをしていた時のこと。
画面の端にあった言葉が私の目に飛び込んできました。
「鼻を正しくかみましょう」という文字でした。
正しく?
流派でもあるのでしょうか?
家元制度とかあったら結構楽しいかもしれないなんて妄想をしながら、そのページへ行ってみると・・・。
正しい鼻のかみ方は「片方ずつかむ」「口から十分息を吸い込んでからかむ」「口をしっかり閉じてかむ」「ゆっくり小刻みにかむ」「斜め下を向いてかむ」と書いてあります。
おっとっと。
大変です。
私はこれまで正しくない方法で鼻をかんでいたようです。
kamu
そこで、この正しい鼻のかみ方なるものを3度黙読した後、実際にやってみることに。
と、かなりぎこちない。
生まれ始めて自分で鼻をかんだのが、いくつの時だったのか記憶はありませんが、何十年という月日が流れたことは確か。
自己流で何万回もしてきた行為を、変えることのなんと難しいことよ。
ティッシュで左の鼻の穴を押さえ、右の穴を開けておき、口から十分息を吸い込んでから口を閉じ、斜め下を向いてふんっ、ふんっ、ふんっ。

あー、なんと大変なんでしょう。
ホントーに家元でもいらしたら、習いに行きたいような気がしてきます。
注意しなくてはいけない点が多過ぎるのです。
指の押さえ具合とか、呼吸とか、顔の位置とか。
こんなに同時にたくさんのことを意識する時って、そうはないように思うのですが。
が、ネバーギブアップ。
いつかは私も無意識のレベルで、正しい方法で鼻をかめる日がくる。
そう信じて、今日も私はぶつぶつと注意点を呟きながらふんっとやっています。

これ、すでに昔から皆さんちゃんとやってましたか?
どうして私に誰も教えてくれなかったのだろうと思うのです。
毎年人間ドックで頭部のMRI画像に、鼻の周囲が白く写ります。
慢性副鼻腔炎で鼻の奥が硬くなってしまっていて、それが画像に白く写っているとの説明を受けますが、それだけ。
「鼻を正しくかんでいますか?」と尋ねられたことなし。
聞いてみてよ、と私は思います。
それとも、いい年した大人に「自分の名前を書けますか?」と尋ねるのと同じくらい、その質問は失礼にあたるとの判断があったんでしょうか?

裁縫

  • 2015年03月30日

裁縫が苦手です。
不器用なので思っているようにならないし、テキトーな性格が災いして「作り方」を意訳してしまうのです。
不器用なのだから「作り方」通りにすりゃあいいものを、こういうこっちゃろといった態度で臨み突き進んでしまうため、完成してみれば、なにこれ? といった代物が出来上がるというパターンです。
saihou
中高一貫教育の女子校に通っていました。
やたらと家庭科の授業が多い学校でした。
女子教育に家庭科は必須との考えがあるようです。
調理実習あたりだと、まぁ、そこそこ楽しめるのですが、裁縫の授業はチョーつまらない。
中学1年でエプロンなんて可愛いものを作り始め、やがて浴衣やワンピースへと、どんどん高度な技が必要な難しい物へと挑戦していきます。

裁縫の授業では、生徒たちはまず教壇の周りに集まります。
そこで今日の授業内でやらなくてはいけない、裁縫の作り方が書かれたプリントが配られます。
先生は生徒たちの前で、ポイントとなるべき部分について実際にやってみせ、説明をします。
その説明が終了すると、生徒たちは作業台に散らばって、プリントを見ながら裁縫を始めます。
家庭科の授業は2時限続きなので、100分の間にプリントに書かれているところまで進まなくてはいけません。
が、私はこの100分間友人相手にお喋り。
お喋りの相手である友人は、口を動かしながら手も動かしていますが、私の手は微動だにせず。
友人は2時限の間にポケットを付けたり、前身頃と後ろ身頃を縫い合わせたりと、完成に向けて着実に進んでいますが、当然私はまったく進んでいません。
それでいいのか?
オッケーなのです。
布とプリントを自宅に持ち帰り、母に「よろしく」と言って渡せばいいのです。
翌週の授業日までに母親がプリントに書かれている通り作業を進めてくれているので、それを学校に持参。
私の唯一の仕事はといえば、授業に出てプリントを貰ってくる、これだけであったと言えるでしょう。

ある日、家庭科の教師に名前を呼ばれました。
教壇に近付くと、教師は私の提出物をしげしげと眺めています。
そして「これは、本当にあなたが縫ったものですか?」と聞いてきました。
こくりと頷くと、縫い目をぐっと私に見せるようにして「縫い目が真っ直ぐで、上手すぎるのよね」と鋭い指摘。
私は教師の前でただ固まるのみ。
やがて教師は「わかりました。席に戻って」と言って、私を解放してくれました。
性善説に立っている教師が、私は好きです。

肝を冷やした私は自宅に戻り、母になんと言ったか。
もうこれからは自分でやる――なんて言うわけはなく、こう言いました。
「今度からはもっと下手にして」と。

以降、母はわざと縫い目を曲げたりするという技を使い、私の提出物を作り続けました。
お陰様で私は1つの作品も仕上げることなく、高校を卒業できました。

スポーツジムで

  • 2015年03月26日

ずっと昔、スポーツジムへ数回通ったことがあります。
隅で自転車こぎをしている私の前で、オーバー50ぐらいに見えるマダムが、背筋を鍛えていました。
ぐっとのけ反るその姿は、アスリートさながら。
黙々と背筋を鍛える様子は、修行僧のようにも見えました。

と、トレーナーがやってきて「〇〇さん、やり過ぎです」と声を掛けました。
そんなに反らせると却って腰を痛めてしまうから、もっと低い位置まででいいというのです。
トレーナーのアドバイスをじっと聞いていたマダムはしかし、それまで同様ののけ反り具合でトレーニングを続け出しました。

おっと。
お前のアドバイスなど聞く気はないっちゅうことですか?
それとも実は訳ありの二人で、現在喧嘩中だから意地でも言うことを聞いてやらないなんて、別次元の理由があったりするんですか?
と、私は自転車こぎをしながらたくさんの質問を心の中で呟きました。

ふっ、ふっ・・・と、マダムは声を漏らしながら高い位置までのけ反り続け、トレーニング。
その側で呆然とマダムを見つめるトレーナーという図は、シュールでした。

遣り過ぎている人を見ていると・・・応援したくなる気持ちはあるのですが、一方で滑稽であったりもするので、笑っちゃうことも。

「僕とおじさんの朝ごはん」では、登場人物の僕とおじさんが、こうした状況に出くわします。
腰の悪いおじさんのリハビリを少年がサポートするため、トレーニングに付き添うシーンです。
そのリハビリ室には、超人的なトレーニングをする男が。
呆然とそれを見つめるおじさんと少年。
遣り過ぎている人を見て、呆気に取れられている二人の姿から、小さなおかしみが滲み出ていれば成功なのですが、どうでしょうか。
このシーンでは、おじさんと少年の心の近さも表現したいと思いました。
真面目にトレーニングしないおじさんと、どうしてこれができないかなと不思議がる少年。
二人の遣り取りから、この二人の間にある信頼や、友情や、居心地の良さなども漂っていればいいのですが。
P1010522
新刊「僕とおじさんの朝ごはん」の電子書籍版が3月27日から配信を開始します。
「私は電子書籍版派よ」という方は、こちらもどうぞ。

ブログ内検索

  • アーカイブ


  • Copyright© 2011-2026 Nozomi Katsura All rights reserved. No reproduction and republication without written permission.

    error: Content is protected !!
    Copy Protected by Chetan's WP-Copyprotect.