理由

  • 2011年11月21日

人を好きになるのに、理由はいらないと申します。
それでは、別れる時にも、理由はいらない?
いえいえ。別れる時には、それなりに理由というものがあるようです。

友人Aが彼と別れた理由は・・・Aは彼と二人でテレビを見ていたそうです。その番組は、Aが嫌いな芸人が司会をしているものだったとのこと。突然、彼が大爆笑。その芸人のギャグに喜び、大笑いする彼を見た時、「別れよう」と決意したそうな。
それぐらい、笑わせてやれよと私は思い、そうAに告げました。
すると、Aは、笑いのセンスが違うということは、人生観が違うということであり、絶対にうまくいかないと確信したのだと、言い放ちました。
私には、まったく理解できませんでしたが、話が長引きそうだったので、「なんとなく、わかる~」と同調して、その話が終わるよう仕向けてしまいました。

 友人Bが彼と別れた理由は・・・メンドーになったから。
まぁ、ありますね、こういうこと。

 友人Cのケースは・・・食事中、彼には口を開ける癖があり、その咀嚼音のくちゃくちゃという音が気になったから、というものでした。
好きになる前は、咀嚼音はしなかったのかと尋ねると、してたかもしれないが、気がつかなかったとの答えが。そんな大事なところに気付かなかったってのが、凄い。そこに感心。

 友人Dは・・・暑くなったから。
夏が目前に迫ったある日、ややぽっちゃり気味の彼を見て、こいつの近くにいると、暑いだろうなぁと思い、それは嫌だわと、感じたとのこと。
涼しくなったら、よりを戻すの? と尋ねると、いったん冷めた気持ちをもう一度燃焼させるには、相当なパワーが必要で、そういうパワーは、四十代の私にはもうない、との回答が。
さいですか。

 別れる理由って、人それぞれですね。

手帳

  • 2011年11月17日

手帳の残り頁の少なさに、今年もあとちょっとだなと、気付いたりします。

 ここ最近買っているスケジュール手帳は、モレスキンです。
500円程度の別料金を払って、表紙に名前を刻印して貰っています。

 元々は、映画の中で見た黒い手帳が、なんだか古風で、それでいて機能的な感じが、いいなぁと思ったのがきっかけでした。
その映画は、次々と男を騙して、その金で贅沢三昧する女の物語でした。高級ブランドショップに行っては、最新の服や靴、バッグを買い漁る女が持っていたのが、黒い手帳。華やかな彼女の持ち物の中で、武骨なその手帳はちょっと違和感がありました。ミスマッチに感じたせいか、その手帳の存在がやけに気になりました。
ネットで調べてみると、それはモレスキンというブランドのもので、ヘミングウェイやピカソ、ゴッホといった著名人が愛用した品として有名だそうで。
また、私が見た以外にも、この手帳はたくさんの映画に出演しているということがわかりました。
それほど高額ではなかったので、そんではと、買ってみることに。
実際に手にしてみると・・・すっごいフツーな感じ。
何故、多くの著名人から愛されたのか、一向にわかりません。
そうはいっても、買ってしまったからには、使わにゃ、損、損。
ということで、使用開始。
1ヵ月、3ヵ月、半年・・・と使い続けて、およそ1年。
さて、来年の手帳をどうするかと考える時期になりました。
同じものがいいや。
と、そんな気持ちになっていました。
なぜだかよくわかりませんが、いつのまにか、愛着を感じていたようです。
同じサイズ、色の手帳なら、ほかにもたくさんありますし、便利な情報頁が付いているものだってあるでしょう。
それでも、ほかの手帳も探してみようという気にはなりませんでした。
これこそが、モレスキンの魅力なのでしょうか。
恐るべし、フツーの勝利。
結局、翌年用のモレスキンのスケジュール手帳を購入。
その際、手帳より一回り大きいサイズのノートも、あわせてゲットしました。

こちらにも名前を刻印して貰い、アイデア帳として使っています。
常に、デスクの端に置いておき、ふと、思い付いた時に、アイデアを書き入れるためのノートです。

 今の時期、「○○円以上お買い上げのお客様に、オリジナルシステム手帳をプレゼント」という謳い文句、よく見かけますね。
このキャンペーン、いりますか?
このようなキャンペーンの一環で、今まで結構な数のシステム手帳を送りつけられてきましたが、「すてき~」と感動したことは一度もありません。
即、ゴミ箱行きです。
勿体ないので、どうか送ってこないでください。
その分、値下げしてくれた方が、嬉しいです。
そのうち、手帳に手で予定を書き込むという人が少なくなっていけば、こうしたキャンペーンもなくなるのかもしれませんね。

展覧会

  • 2011年11月14日

上野の国立西洋美術館に、「ゴヤ」の絵を見に行きました。

チケットの隣にあるレシートは、500円の音声ガイドサービスのもの。
美術館に行った時には、必ず、こうしたサービスを受けるようにしています。
ヘッドフォンを装着し、音声ガイドの端末機械を首から下げるのですが、これが、結構重くて、肩が凝ります。もう少し軽くて、お洒落なデザインのものを開発していただきたいもんだと、切に願っています。

 素描と、その完成画の二枚を並べる展示スタイルのコーナーがありました。
二枚の絵を見較べると、ほとんどの場合で、完成画の方が、シンプルになっています。
素描でたくさん描かれていた群衆が、完成画では、半分ほどの人数に減らされ、一ヵ所に集められていたり・・・といった具合に。
シンプルになった分、画面に緊迫感が生まれて、よりインパクトのある絵になっているように思いました。
ゴヤの場合、完成に向かって、そぎ落としていくというスタイルだったようです。
これは、小説の執筆とよく似ています。推敲を重ねる中で、どんどん文章を刈り込んでいき、完成に向かっていきます。

 国立新美術館の「モダンアート,アメリカン展」にも足を運びました。

こちらの美術館は、いつも混んでいるのですが、この時は大変空いていて、ゆっくり鑑賞することができました。
「モダンアート」というタイトルで、敬遠された方が多かったのでしょうか?
ヨーロッパの影響を、(笑っちゃうぐらい)もろに受けているのが、よくわかる展覧会でした。
好きな画家、オキーフの絵を数点、見ることができて、幸せ気分に。
そのほかにも、何点か惹きつけられる絵があったので、カタログを購入。

帰る前に、いつものように、美術館の前のカフェで一休み。
ここのカフェラテは、結構美味しくて、スタッフによっては、ミルクの泡の上にハートマークを描いてくれます。
以前、向かいの美術館でモディリアーニ展を開催していた時には、このカフェの隅で、「あなたの似顔絵を描きます」といった有料サービスをしていたことも。それが、「モディリアーニ風のタッチで」となっていたので、思わず、どんなの? と興味をもち、コーナーに近付いてみると・・・確かに、モディリアーニが描く人物画のように、虚空を見つめたような顔と、首の長い人物画が描かれている最中でした。
シャレとして、1枚描いてもらうのも、一興かとは思いましたが、順番待ちの列ができているほどの人気で、列に並んでまでの気持ちにはならず、その場を立ち去りました。

夏場はなかなか億劫になって、足を運べなかった美術館にも、この頃の季節になると、行き易くなります。
次は、どこの展覧会に行こうかなぁと、あれこれ考えるのも、これまた、楽しいものです。

玄米

  • 2011年11月10日

玄米を主食にしています。
健康にいいと、どこかで聞きかじり、玄米食を食べていまして、ここ三年ほどは、家に白米は置いていません。

「健康にいいんだよ」と、母にも玄米を勧めますが、「ビンボー臭い」と嫌がって、食べません。
昔の人なので、白米が最高のものだとの認識があるようで、それ以外は一切認めてくれません。

 子どもの頃、実家の向かいには米屋がありました。
お使いを頼まれた中に、「米」と書いてあると、まず、向かいの米屋に行き、「いつものお願いします」と声をかけます。
母が書いたメモを見ながら、買物を続けるのですが、半分遊びながらですから、時間がかかります。
文房具屋で折り紙の新しい柄が入っていないかチェックしたり、本屋で次のお小遣いを貰ったら買う本を選んだり・・・。
一番時間がかかったのは、肉屋でした。
当時は、こうして子どもが1人でお使いをするのが日常的で、子ども向けの工夫がどの店にもありました。
肉屋では、ガラスケースの前に木製の台があり、子どもたちは、まず、そこに「よいしょ」と上ります。これで、ガラスケースの向こうにいる店員と目の高さが合うようになります。
そして、親から持たされているメモを読みあげます。「メンチカツを3枚と、ポテトサラダを200グラムと・・・」
この店では注文が入ってから、メンチカツやコロッケを揚げてくれるシステムでした。店内には、出来上がりを待つためのベンチが用意されていて、子どもたちは、そこに横一列になって座ります。店員が、焼いたウインナーやポテトフライを爪楊枝の先に差して、子どもたちに配ってくれます。
タダでオヤツを貰えるので、子どもたちは肉屋へのお使いが大好きでした。
揚げ物が出来上がると、順に名前が呼ばれます。
「○○君」「○○ちゃん」
私は肉屋で名乗った記憶はありません。
ですが、店員は私の名前を知っていました。
この店に限らず、近所の大人たちは皆、私の名前を知っていました。
近所付き合いが濃い下町のせいだったのか、それとも、そういう時代だったのでしょうか?

 揚げたてのメンチカツを手に、のんびり歩いていると、1台のバイクが近付いてきます。
米屋のバイクでした。
さっき、「いつもの」という通な注文を受けてくれた、米屋の男性店員です。
「まだお使いかい? 寄り道ばっかりしてんだろう。米は随分前に、おうちに配達してあるよ。さっさとおうちに帰りなさい」と、言われてしまいます。
「は~い」と答えるものの、速度を上げたりはせず、私はマイペースで歩き続けるのでした。

 子どもの頃には、こうした毎日が繰り返されていました。
今、振り返ってみると、近所の大人たちが、子どもたちに目を配っていたことがわかります。
記憶を辿って書いているうちに、私はいい町に、いい時代に、子ども時代を過ごしたんだなぁと、しみじみとしてしまいました。

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