折り紙

  • 2012年12月24日

子どもの頃、家の近くに文房具屋がありました。
ノートや鉛筆など、その時に必要な物を買いに行くのですが、つい、目を留めてしまうのが、折り紙でした。
特別、折り紙が好きというわけではなかったのですが、可愛いデザインの折り紙があると、欲しくなってしまいます。
黄色やピンクなど、派手な地色の上に、熊やリボンなどのイラストがプリントされた折り紙をじっと眺め、次に財布の中身を見つめ、迷って迷って、悩んだ挙句「くださいな」と言うことが多かったように記憶しています。

ところが。
家に戻って、パッケージを開けてみると、可愛い柄の折り紙は、一番上だけ。その下の九十九枚はフツーの無地の紙。
騙されたと、歯ぎしりしたもんです。
こうして哀しい目に遭ったのなら、学習すればいいものの、よくいえば、無垢、実際のところは頭の悪かった私は、この子ども騙しに、何度も引っかかりました。
これは、これだけは、これこそは、100枚全部、一番上に見えている、この柄なんじゃないだろうか。
そんな風に考え、なけなしのお小遣いから買っては、泣きをみていました。

ネジがちょっと弛んでいる私ではありましたが、こうしたことが度重なれば、さすがに、大人に尋ねるということを思いつきます。
そこで、店主に尋ねました。
この柄のが百枚あるのか、それとも、一番上だけがこの柄なのかと。
すると店主は首を捻り「どうかなぁ。オジサン、買ったことないから、わからないや」と真顔で答えました。
今、考えると、アカデミー賞ものの演技力だったと褒めてやりたいくらいですが、当時の幼い私は「そうか、オジサンもわからないのか」と納得して、財布を開いてしまうのでした。

ある日、小学校のクラスメイトに、このことを話すと「そういうもんだよ」と、大人のコメントをし、さらに「柄のが100枚、欲しかったら、折り紙セットを100個、買うしかないんだよ」と言いました。
当たり前といえば、当たり前のクラスメイトの発言ではありましたが、それまで、製造元の作為にやられまくっていた私には、衝撃でした。
どこかには、あると信じていた、100枚全部が柄の折り紙は、ないのだということ。
100枚を手に入れるには、財力が必要だということ。
この現実の前に、私はうな垂れるしかありませんでした。
折り紙への夢が、へし折られた瞬間でした。

今はどうなんでしょうか?
但し書きに、99枚はフツーの無地ですとかなんとか、記してあるのでしょうか?
それとも、見える一番上にだけ、柄の紙を置くというパッケージにはしていないのでしょうか。
子どもから、金をだまし取るなよなと、思う一方、幼いうちから、痛い経験をしておくのも、社会勉強になるような気もしますが、どうでしょう。


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