様々な性

  • 2014年12月18日

様々な性があります。
そしてその性にまつわることでは、まだまだ知らないこともたくさん。
心と身体の性が違って生まれた、性同一性障害といった言葉も最近耳にし始めた気がしますが、最近ではだいぶ認知されてきたように感じます。

ある日、ネットの中をうろうろしていた時、「無性愛者」という単語に目が留まりました。
恋愛感情や性的要求をもたない人たちのことを、こう呼ぶとありました。
こういう方たちにとって、さぞや今の世の中は生き辛かろうと思いました。
恋愛至上主義者が多く、恋してナンボといった風潮。
さらに性に興味があって当然といった世間の雰囲気。
声を上げられない状況の中、本当の自分を押し隠して生きている――。
それは、とても大変なことでしょう。

小説にこの「無性愛者」を登場して貰おうと、すぐに決めました。
文庫「週末は家族」に登場する瑞穂です。
P1010491
大輔という友人と訳あり結婚をしています。
瑞穂は自分が「無性愛者」であることを大輔には話していますが、親には言えずにいます。
きっと理解して貰えないとわかっているからです。
自分が感じている違和感を言葉にして、誰かに理解して貰うのはとても難しいことです。
その瑞穂が母親と鎌倉に行くシーンがあります。
なにも知らない母親は、子宝に恵まれるお守りを買おうと言い出します。
切り出すタイミングかもしれないと瑞穂は思いますが、躊躇ってしまいます。
カミングアウトして楽になりたい。
母親には受け入れて貰いたい。
そんな思いがあればあるほど、言いそびれてしまう。
マイノリティーの苦しみや生き辛さが描けていたらいいのですが・・・。
kaigi
会議で話が暗礁に乗り上げた時、進行役の人が言うことがあります。
「こういう時、女性はどう感じるのでしょうか。どうでしょう、女性は?」
私は「そうだな、女の意見は大事だな」と思い、周囲を見回します。
すると全員が私を見つめていて、その場にいる女が私だけだと気が付きます。
私に質問していたのだと知り、はっとします。
そうだ、私は女だったのだと。
仕事の打ち合わせの席で、自分が女だということは大抵忘れています。
様々な意見が出た時に、それは男の意見だなとか、それは女の考え方だなどと分析はできるのですが、自分が女であることとは別次元のこととして捉えているようなのです。
小説には男も女も、そうではない人もたくさん出てくるので、常にどちらの視点にも立てるようにしているうちに、自分が女であることを忘れてしまうようになったのでしょうか。
性というのがなんだか曖昧なもののように思えてきます。


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