灯りが

  • 2018年01月15日

午後3時頃いつものようにゴミを捨てに、エレベーターに乗り込みました。
住んでいるのは6階。
ダストルームは1階にあるので、ほぼ毎日のようにゴミ袋を手にエレベーターに乗ります。
ゴミをダストルームに移すこの時に、ついでにポストまで行って投函し、マンションに戻って来て、郵便受けに入っている新聞や手紙などを取り出すこともします。
ほぼルーティンになっている作業。
こんな時の私はぼんやりしています。
普段からぼんやりしているのですが、いつも以上にぼんやりしている。
それは自宅から外に出るという感覚がないからかも。
「ほぼ自宅」と思っているんでしょう、多分。
これは小さなマンションのため、ほとんど住人と出くわさないことも影響しているかもしれません。

エレベーターが1階に到着。
ドアが開き降りると・・・ぱっと灯りが点きました。
センサーなのか、エレベーターと連結しているのか、以前から降りた途端に灯りが点く仕組みになっています。
ところが昨日はその灯りがいつもと違った。
ものすんごい明るさ。
これまでの明るさが10だとすると、突然50ぐらいになっている。
たまに取材などでプロのカメラマンに写真を撮っていただくことがあるのですが、そうした時眩しいぐらいの光を当てられます。
その時ぐらいの明るさなのです。

思わず私はキョロキョロ。
どうした、なんだ。
ぼんやり気分は吹き飛びました。
ゴミを捨て、ポストに向かい、投函してUターン。
マンションの1階に戻り鍵をセンサーに翳すと、自動ドアが開きます。
するとまたぱっと灯りが点く。
これが先程のように眩しいくらいの明るさ。
何故か少し恥ずかしくなる。
強い灯りに照らされただけで、なんだか人目を意識した時のような感覚に。
すっぴんにボサボサの髪で、愛用し過ぎてヨレヨレのスエットにコートを羽織っている私に、スポットライトを当てないでくださいなと呟きながら、郵便受けを開けようとしたら、動揺しているのか、ダイヤルを回し過ぎて開錠に失敗する。
再トライして新聞や郵便物を取り出すと、急いでエレベーターに乗り込みました。
強いライトから逃れることができてほっとしたのか、思わず吐息が。

電球を替えたのでしょうか?
5倍ぐらい明るくできる電球があるのでしょうか?
それほど明るくする必要性を、管理会社が感じた理由はなんでしょう。

理由はなんであれ、私はその明るさに慣れるしかないのでしょう。
「ほぼ自宅」と思っていた場所が、「外部」となってしまったようで、なんだかなぁといった気分です。

趣味を

  • 2018年01月11日

趣味をもてと人は言う。
人生が豊かになるし、生活に張り合いが出るし、友人ができるだろうと。
そうでしょうとも。
がしかし、それはあくまでも、ほどほどに熱中した場合のこと。
そのはまり具合によっては家庭内で孤立したり、夫婦喧嘩の原因になったりもする。

友人A子の夫、B男の場合は・・・。
忠臣蔵が好きだというのです。
5年ぐらい前にたまたま忠臣蔵のテレビドラマを見たそうで、その時号泣したとか。

皆様ご存知の通り忠臣蔵は物語のタイトルです。
赤穂浪士の仇討をテーマにしたものは、歌舞伎や浄瑠璃、映画や小説などにおいて、ひっくるめて忠臣蔵と呼ばれます。

B男はそれまでも忠臣蔵の話を知ってはいたが、なんとも思っていなかった。
それが5年前のある日、忠臣蔵が彼の胸に突き刺さってきた。
それから時代劇のDVDを集め始め、関連本を買い、忠臣蔵をテーマにしている舞台を観に行くように。
A子が言うには、忠臣蔵を題材とした作品は物凄い数があるそうで。
あっという間にDVDや本はコレクションと呼べるぐらいになったとのこと。
平日の帰宅後にそうしたものを1人で鑑賞しては、毎度泣く。
そして休日にはこれまた1人で舞台鑑賞に行ってしまう。
文句を言うと、それじゃ一緒に行こうと誘われて、何回か観劇にA子も参加。
が、どれも忠臣蔵がテーマなので、登場人物も、そのキャラも、結末もわかっているから、全然楽しめないとA子は言う。
なのに隣のB男は毎回目に涙をいっぱい溜めて、感動しているのだとか。
A子はもう誘わないでと宣言し、B男は放置することに。

やがてB男は同じように忠臣蔵に惹かれる愛好家たちと知り合い、映画などで赤穂浪士たちが討ち入りの際に着ているのと同じデザインの和服で、居酒屋に集まったりしているそう。

B男は毎日楽しそうで忙しそう。
なのに夫婦の間では会話らしきものがどんどん減っているそうで、それがA子は気に入らない。
B男を放置すると決めたものの、幸せそうなのが癪に障ると言うA子。
こうなったら自分も夢中になれる趣味を探そうと動いたようですが・・・なかなか見つからないと嘆いていました。

どんな趣味でもいいけれど、それに対する熱中が、周りから応援して貰える程度におさまるといいのですが。

新年会に

  • 2018年01月08日

新年会に出席しました。
いつものメンバーで、いつもの友人の家で、持ち寄りスタイルの新年会です。
ところが、その場に友人A子の姿がありませんでした。
A子はどちらかというとそうした集まりには積極的なタイプで、パートの仕事を休んででも出席するぐらいのガッツを見せて来た人物。
そのA子がいないので、どうしたのかと他のメンバーに聞いてみると・・・娘さんの大学受験を控えているそうで。
自分が風邪をひいて、それを娘にうつしたりしないよう、12月から外出しないようにしているとのこと。
警戒心200%で受験と向き合っているようです。
11月には家族全員でインフルエンザの予防接種をしたそうです。
確かワクチンが足りないと聞いた記憶があるのですが、そうしたことも一丸となって乗り越えたのでしょう。

ところがご主人がインフルエンザになってしまった。
A子はどうしたか。
自宅への立ち入り禁止令を夫に発令。
夫は病院からビジネスホテルを予約し、そちらへGO。
A子は自分が夫からうつってしまってはいけないので、看病にホテルに行くことはできない。
というか、したくない。
A子はLINEで夫の病状を把握しつつも、頑張れと声援を送るのみ。
結局年末から年始にかけて、A子の夫は一人ビジネスホテルで過ごしたそうです。
受験生のいる家庭は大変ですね。

私が受験をしたのは小学六年生の時。
私の身近でもやはりいくつものドラマがありました。
塾で成績優秀者だけが入れるAクラスにいた子が、受験前に風邪をひいてしまい、一校も合格できなかったなんてドラマが。

受験に向けて頑張ってきたのでしょうから、万全の体調で臨んで欲しいと思います。
その思いが、夫が高熱を出していてもビジネスホテルへ行けと命令させるのでしょう。

受験生頑張れ。
父ちゃんも母ちゃんも頑張れ。

年賀状

  • 2018年01月04日

今日から仕事始めという方が多いのでしょうか。
今年もお互いに頑張っていきましょう。

今年年賀状は出しましたか?
どれくらい受け取りましたか?
世間的には年賀状を出す人が段々減っていると聞きますが、私に関しては減っている感じがしません。
それは私の世代の特徴かもしれません。
年賀状でしか互いの近況を知ることができなくなっている人がいるのです。
SNS、メールアドレスは知らないけど、住んでいる住所なら知ってるといった人とは、年賀状で繋がるしかないのです。
年賀状を出すのを止めたら、その人との繋がりが切れてしまうようで・・・それは寂しいので毎年出していて、向こうも同じ思いなのか送ってくれます。
ここまでは友人関係の話。

仕事で知り合った方たちへも年賀状を出します。
枚数をちゃんと数えたことはないのですが、仕事がらみの方たちへ出す年賀状も、受け取る年賀状も減ってはいません。

私の年賀状はまず、文章を考えるところからスタートします。
自分のエピソードを文章にしたら、それに合わせたイラストをどういったものにするか考えます。
決まったらイラストを描いてくれる会社へ発注します。
1点からイラストの依頼をできるサイトがあって、私は毎回そこにオリジナルのイラストを注文しています。
毎回同じイラストレーターさんを指名して発注しているので、オーダーをすると「今年もそんな時期になりましたねぇ」といったコメント付きで返信がきます。
ラフの提出をして貰い「もっと引きの絵で」とか「もっとチンピラ風に」といった修正を出すこともあります。
そして完成したイラストを受け取ると、年賀状用のソフトを使ってレイアウトして印刷。
出来はともかくとして、手間暇とコストが掛かっている年賀状の完成です。

「毎回桂さんのお葉書を楽しみしてるんですよぉ」とお世辞を言ってくれる人がいます。
「有り難うございます」と聞き流していたのですが、その数がそこそこになってくると、無視できなくなってくる。
やがて勝手にプレッシャーを感じるように。
今更定番的な年賀状にしたら「どうしたんですか?」と言われそうだし。
こうなったらこのまま突き進むしかないのでしょう。

今年の年賀状も結構な時間を掛けて準備をしました。
さて、出来はどうだったでしょうか。
受け取った人が読んで、くすっと笑ったら成功なのですが。

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