コインランドリーで

  • 2021年05月27日

以前住んでいたのは、静かな住宅街の中にあるマンションでした。
引っ越したばかりの頃、洗濯機がなかったので、近所を偵察散歩した時に見つけたコインランドリーへ。
そこはとても小さなお店で、洗濯機が6台ぐらいで、乾燥機は8台程度あったように記憶しています。

到着したのはお昼頃。
使用中だと知らせるためでしょう。
洗濯機の蓋の上には、ビニール袋や洗剤容器が載っています。
空いていたのはたったの1台。
結構皆、ここを使っているんだなと思いながら、洗濯機に洗い物を投入。
ベンチに腰掛けて本を読み始めました。

しばらくすると40代ぐらいの女性がやって来ました。
そして1台の洗濯機の蓋を開けて、中身を背後の乾燥機に移し始めました。
そして乾燥機の扉を閉めてコインを投入し、スイッチオン。
こういった彼女の動きを、本を読みながら肌で感じていました。
次にその女性は、さっきの隣の洗濯機の蓋を開けました。
そして中身を背後の乾燥機に移し始めます。
洗濯物がたくさんあって2台使いしたのか。
結構ここを使い慣れしている人っぽいな・・・なんてことを、やはり本を読みながら肌で感じていました。
2台目の乾燥機のスイッチを入れた彼女は、さっきの隣の洗濯機の蓋に手を掛けました。
嘘でしょ。
もう本を読んでるふりをするのは止めて、しっかりと顔を上げました。
彼女は3台目の洗濯機の中身を乾燥機に移しています。
あなたはいったい、どれほどの洗濯物を溜めましたか?
それは何日分の洗濯物ですか?
それをコインランドリーで洗うのと、洗濯機を購入して家で洗うのとでは、どっちの方がコスパがいいのか計算しましたか?
たくさんの質問が頭に浮かびます。
でも見知らぬ人に聞くことは出来ません。

結局、彼女が使っていた洗濯機は5台だったと判明し、もしかしたらお店をやっていて、そのスタッフの洗濯物を洗っているのだろうかと、違うアプローチから彼女の正体を検討してみました。
そこで乾燥機の中で回っている洗濯物を見てみたら・・・制服っぽいものはなく、パジャマやTシャツやタオルなど、生活感いっぱいのものばかり。
ということは、大家族なのか、ずぼらさんなのか・・・。
今の私なら「洗濯物って溜まっちゃうわよねぇ」なんて声を掛けて、彼女の正体を探っていたでしょうが、当時はまだ若く、恥じらいとか遠慮というものがあったので、呆然と見つめるだけで終わりました。

新作小説「終活の準備はお済みですか?」の中に、コインランドリーのシーンがあります。
主要キャストの1人、森本喜三夫は68歳。
2人の兄と一緒にコインランドリーで洗濯物を畳みます。
何度もやっているので、流れ作業のように手際がいい。
そしてコインランドリーから外に出ると、美しい夕陽に気付きます。
3人兄弟はベンチに座り夕陽を眺めます。
関係性が微妙に変わってしまった兄弟ですが、仲の良さは変わらず。
このシーンを執筆している時、私は彼らを背後から見つめているような感覚でした。
そしてその背中を眺めながら、人生の重さや素晴らしさを教わったような気がしました。

未読の方はぜひお買い上げを。

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