鼻声に

  • 2020年06月08日

突然鼻声になる。
風邪を引いたのだろうと考えて市販の風邪薬を飲むも、鼻声は改善せず。
「喉の腫れや痛みに」と謳った市販薬に変更しました。
するとほんの少しだけ改善しているような気がするものの、その遅い歩みに満足出来ない。

去年、声が嗄れた後で咳喘息になった経験があったので、病院に行っておいた方がいいだろうと判断。
近所の耳鼻科へ。
ドクターの診断は副鼻腔炎。
鼻の奥が炎症を起こして出血していると言います。
実は半年前にもそこの病院で診察を受けて、同じように副鼻腔炎だと言われた経験が。
それからの半年もの間、ほぼ毎日床掃除をし、1日3回吸入器で鼻と喉を湿らせるという私からしたら、しちメンドー臭い行為をしていたにも関わらずの再発でがっかりです。

「ちょっと頻繁になり過ぎですよね」と私が言うと、「体力が落ちているからですね」とドクター。
それねぇ。
運動と食事と睡眠に気を付けてくださいと言われて、半年前と同じ薬を処方されました。

そこの病院では薬を処方するだけで、他の治療についての提案はしてきませんが、ネットなどで調べると様々なものがある模様。
でもなんとも恐ろしいものが多い。
例えば炎症を起こしている患部に、直接なにかを塗りたくる方法があって、これは激痛を伴うらしい。
手術で患部を焼き切るといったものもあるようです。
でも再発することもあるそうで、そんな手術まで受けて再発したら大暴れしてしまいそう。

もっと穏やかな方法もネットにはありました。
副鼻腔炎を患う人に特化した鍼のお店を発見。
そんなお店が成立するのは、それだけ悩んでいる人が多いのでしょうか。
漢方薬で治すと謳ったお店もありました。

まずはそうした穏やかな方法から、トライしていこうかと考えています。

鼻と喉が弱いのは高校生ぐらいの時から。
当時は症状が酷くなった時には、市販の風邪薬などを飲めば数日で治っていました。
それがどんどん治りにくくなって、最近では違う病気に繋がってしまうように。
ドクターが言うように体力が落ちているのでしょう。
その原因の1つは加齢ってやつでしょうね、恐らく。
年を重ねるにつれて体力はどんどん落ちる。
このことをしっかりと受け止めた上で、年齢に合わせた対応策を練る必要があるのでしょう。

自分の年齢を向き合うのは簡単なようでいて、結構難しいもの。
これまでは大丈夫だったからと過信をせず、今年は無理かもしれないと思うところから、スタートするようにしなくては。
と、自分に言い聞かせながら、大量の処方薬を飲む今日この頃です。

着物を

  • 2020年06月04日

着物を売りたい。
クローゼットの中に着物を収納している桐製のケースがあるのですが、それが邪魔。
着物、全然着ないし。
そんな時にチラシが郵便受けに入っていました。
出張買取致します。高価買取保証。
と、書いてある。
わざわざ来ていただくほどの着物じゃないんだなぁ、残念ながら。
ネットで安いのを買い、仕立てて貰ったもので、専門家に見ていただくほどの代物じゃあない。

一度も着ないまま、クローゼットの肥やしになっていたもの。
しつけ糸がまだ付いている状態。
なんで着ない着物を買ったのさって話なんですが、突然、日本人として着物を着ないのは、勿体ないことではないのかと思ってしまったのです。

そして妄想がスタート。
友人との待ち合わせ場所に着物で行って、「あら」なんて言われて、「今日は着物の気分だったので」と、さらっと言っちまうような女になろうと決めたのです。

そこでざっとネットで勉強して、必要最低限の小物と安い着物、帯、草履などを買い揃え、収納ケースもゲット。
ところが。
着物を着るにはいくつもの難関が。
まず着付けが難しい。
もっと簡単に着られるようになるものかと思っていたら、これが滅法難しくって、一人じゃ着られやしない。
そうなると誰かに着付けて貰うしかない。
自宅に出張してきて貰うか、私自身がどこかに着物を持ち込んで、そこで着付けて貰うしかない。
お金と時間が掛かるなぁ、どうすっかなぁと呟きながら、着付け関連のサイトを見ていると・・・半襟はご自分で付けておいてくださいとの文章を発見。
半襟は自分で?
着物は着る度に半襟を長襦袢に縫い付ける必要があるのですが、それはてめえでやれと書いてある。
オーマイゴッド。

針仕事がなにより苦手な私にとって、自分で縫い付けなくてはいけないというハードルは、エベレスト並みに高い。
必死で半襟付けもやってあげますよという、親切な着付け店を探すも皆無。
しゅるしゅると着物を着たいとの思いが小さくなっていく音が。

このようにしてこの段階で挫折したので、未使用の数着の着物と帯と、最低限の小物がクローゼットの中に居座る状態に。
はてさて、どうしたものか。

個人売買が出来るアプリなどを使って、売るのがいいようにも思いますが、それだと一つひとつ写真を撮って、説明文をつけなくてはいけない。
大抵質問なんかがくるので、それに返信もしなくてはいけない。
メンドー臭いなぁと思ってしまう。
結局放置し、また数年後にどうすっかなぁと思う。
この繰り返し。
日本人として着物を着ないのは勿体ないなどと思い付いた自分を、呪いたい気分です。

給付金の申請書が

  • 2020年06月01日

10万円の給付金申請書が届きました。
これこれ。
待ってたのよ。
私は申請致します。

申請方法はオンラインか郵送です。
私はマイナンバーカードをもっていないので、郵送での申請になります。

オンラインでの申請では入力ミスなどが多発して、対応が間に合わず、中止にする自治体が出ているとニュースで知りました。
HPをチェックしたみたところ、私が住む街ではオンラインでの申請は続行中の模様。
頑張ってるようです。

マイナンバーカードをもっていて「あぁ、良かった。簡単、便利」と思った人って、どれくらいいるのでしょう。
またその回数は何回ぐらいなんでしょう。
マイナンバーカードをもっていなくても「大して困らない」と思った人と、回数の方が遥かに多いのでは?
これがなかなか普及しない原因の、一つなんじゃないでしょうか。

私の場合は運転免許証と、銀行口座の通帳のコピーを申請書に添付しました。
作業としては全然大変じゃない。
30秒ぐらいで終わる。
だから今回も「マイナンバーカードをもっておこうかな」とは、一瞬も思いませんでした。

同封されていた封筒に申請書を入れてポストへ。
銀行口座に振り込まれるのがいつなのかは不明です。

給付金はまだですが、緊急事態宣言が解除されて、街がそろりそろりと動き始めているのを感じます。
食料品を買い出しに行く時に見掛ける人の数が、随分と増えています。
とはいっても、以前の日常に戻れるのではなく、これまでとは違う生活が必要のようですから、注意は続けないといけませんね。

うがいや手洗いの習慣は、すっかり定着したように見受けられます。
この習慣は新型コロナウイルスに限らず、他の感染症対策でも有効なようですから、ずっと続けた方がいいのでしょう。

この自粛期間中に、本を読むという習慣を身につけた方もいらっしゃるのでは。
この習慣もこれからもずっと続けて欲しいものだと、一作家として願っています。
読書の楽しみに改めて気付き、豊かな時間を過ごす幸せを感じる方が、増えて欲しいと思っています。

読む本の候補の中に、新刊「結婚させる家」が入っていると嬉しいのですが。

オンライン飲み会

  • 2020年05月28日

友人A子は知人夫妻から、男性を紹介して貰えることになったそうです。
ところが。
新型コロナウイルスが発生し、ステイホームとなったため、会合の席は自粛生活が終わった後となってしまいました。
ちょっとがっかりしていたら・・・知人夫妻からオンラインで飲み会をしようという提案が。

知人夫妻とB男とA子の4人はオンラインで繋がり、そこでA子とB男は「初めまして」となったとか。
そのオンライン飲み会はとても楽しかったそうで、それからA子とB男は2人だけで、時々オンラインで話をするように。

次にオンラインデートをする日時を決めると、なにを着ようかと考えたりして、そんなウキウキしている気分は久しぶりだったといいます。
何時間も前から入念にメイクをし、普段の倍以上の時間ドライヤーを使って、ヘアスタイルを整えたそうです。

そして相手をよく知るには、ラインよりも、顔を見て話をした方がいいとわかったとも言いました。

やがて待ちに待った緊急事態宣言の解除が。
早速リアルに会ったのかどうか確かめようと、A子に連絡してみると・・・まだだとの回答。
「どうして?」と聞くと、「なんだか怖くなっちゃって」と言う。
乙女かよ。

「いつ会うの?」と重ねて聞くと、「まだ日にちを決めていないのだけれど、実際に会ったら、やっぱりちょっと違ってた、なんてことになったらと思うと不安で、会いたいような、会いたくないような・・・」とA子は言う。

そして気持ちが混乱して、もうこの際、ずっとオンライン上だけで交際を続けるというのも、アリかもしれないと思うようになっているとのこと。

実際に会ってがっかりするより、時々オンライン上で楽しく1、2時間を過ごす方が、これまでのライフスタイルを変える必要もなく、メンドーもなくて、上手く続くような気がすると言います。
A子は50代。
悩める世代です。

1人は寂しい。
だから気の合う人と一緒にいる時間が欲しいとは思うけれど、これまでの生活スタイルを大きく変えたくはない。
ということで、会いたいような、会いたくないような気持ちになっているようです。

どんな生き方を自分が望んでいるのか。
自分のことなのに、自分のことだからこそ、わからなくなってしまう時ってありますね。
多分正解はなくて、一人ひとりがその答えを探しながら進んでいくしかない・・・それを人生と呼ぶのでしょう。

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