愛用の枕

  • 2018年02月22日

夕方頭が痛くなりました。
首の上あたりが鈍く痛い。
頭痛薬を飲む。

翌日また夕方になって頭痛が。
前日と同じ場所に痛みを感じます。
薬は飲まずに、気のせいだと自分に言い聞かせて痛みをやり過ごす。

更に次の日。
夕方また同じ場所が痛い。

ここでようやくはっとする。
枕かも。
愛用の枕を買った日を調べてみると・・・6年前に購入していたことが判明。
結構へたってきていたので寿命だったのかも。
そういえば、そろそろ枕を買い替えませんかと、枕を買ったサイトからDMが来ていたっけ。

6年前当時週に3回程度頭痛薬を飲んでいた私は、枕を替えてみようと思い立ち、買ったのがその枕。
枕なんてどれも一緒だと思っていませんか?
私もそう思ってました。
がしかし、その枕を使うようになってから、頭痛薬の使用が劇的に減り、今では月に一度飲むかどうか。
枕って大事なんです。

6年前に購入したサイトで同じメーカーの枕を注文。
届くまでの5日間、毎日夕方になると同じ場所に痛みを感じます。
「薬は飲まねぇからな」と何故か意地になって、冷却シートで凌ぐ。
そして待ちに待った枕が到着。
それがこちらです。

結構大きな枕でして、そのサイズ感をどう表現したらいいかわからず、椅子の上に載せてみました。
6年間使用していた枕と比べると、ふわふわで高さがある。
毎日頭を載せているうちに、枕が少しずつ厚みを失っていたことに気付く。

その日の夜買い替えた枕に頭を載せて就寝。
翌朝目覚めは普段と変わらない。
そして枕を買い替えたことなどすっかり忘れて過ごし、夕飯を食べている時にはっとする。
夕方になると感じていた鈍い痛みが、今日はしなかった。
やっぱり頭痛の原因は枕だったようです。

仮に睡眠時間が8時間だとして、それは1日の3分の1の時間。
つまり私たち人間は人生の3分の1は、枕に頭を載せているということ。
こう考えると枕の重要さがわかり易くなるのでは。

すっかり「枕は大事だぞ振興会会長」のようなブログになりましたが、皆さんが自分に合う枕と出合えるよう祈っています。

平昌オリンピック

  • 2018年02月19日

やりましたねぇ、羽生選手。
羽生選手の心が強いことは知っています。
が、こっちは心が弱い。
テレビ観戦で応援するだけなのに、羽生選手がジャンプの助走に入る度に、目を瞑ってしまいそうになる。
なんとか目を瞑らないように堪えましたが、ジャンプの度に悲鳴を上げてしまいました。

フィギュアスケートの神様は、どうもドラマチックな展開がお好みの様子。
毎回オリンピックではいろんなことが起こりますから。
だからこそ大怪我をした羽生選手が、復活して金メダルを取るという筋書きになってくれるのではないかと期待していました。

期待はしていても、それはとても大変なことで、でも羽生選手ならやってくれそうで・・・と心をかき乱されながらの観戦でした。

生中継を観て、その後も何回観たかわからないほど演技を見ましたが、その度に感動しちゃうし、その度に幸せな気持ちになります。

そして宇野選手も見事な銀メダル。
おめでとうございます。
田中選手も頑張りましたね。
素人の私からは、とてもいい出来だったように見えました。
田中選手は羽生選手と同い年だとか。
小さい頃からずっと一緒に戦ってきたんですね。
思うような結果が出ない時というのはあるもので、そんな時期が続けば、焦ったり、腐ったり、もう止めようと思ったりするもんです。
同い年の選手や年下の選手がいい成績を上げて、スポットライトを浴びるのを間近で見るのは辛いもんです。
でも焦らず、腐らず、努力を重ねる・・・これは誰にでもできることではありません。
凄いことですし格好いい。
そうして摑んだオリンピック出場のチケット。
フィギュアスケートの神様は、ちゃんと田中選手の頑張りを見てましたね。
田中選手の滑りを見終えた時は、胸がいっぱいになりました。

今回のオリンピックでは、カメラアングルのせいなのか、選手の極限時の表情がしっかり見えますね。
スタート前の高梨沙羅選手のゴーグルの中の目がきりっとしているのが見えましたし、小平奈緒選手が滑っている時の我武者羅な表情もしっかりと見えました。
一生懸命頑張ってる姿って美しいですね。
格好いいし。

スポーツっていいなぁと改めて思います。
これから試合の選手たちも悔いのないよう頑張ってください。

スケジュール調整

  • 2018年02月15日

デンタルクリニックからハガキが。
定期健診の時期になりましたよと知らせてくれる。
それじゃ予約をしようと、デンタルクリニックのサイトにアクセス。
そこはネットで予約を取れるのです。
さて、いつにしようか。
手帳を開き、自分の予定と担当ドクターがいる日を合わせてみる。

いつもならこの調整はそれ程難しくはない。
がしかし、今は難しい。
なんてったってオリンピック開催中ですから。

この日ならドクターがいるんだけれど・・・あ、ダメだわ。
その日はフィギュアスケートの試合がある日だわ。
この日にしようか・・・あ、これもダメだわ。
スピードスケートの試合がある日だもの。
と、なかなか決められない。

オリンピック開催中は、スポーツ観戦が大好きな私にとって、とても忙しい時期なんです。
まず小説の執筆をしなくてはいけない。
ここ、大事。
ちゃんとお仕事をしているのですとアピールしたい。誰にだかわからないけれど。
その執筆の合間にオリンピック中継を観なくてはいけないので、忙しい。
さらにその合間には、お気に入りのサイト「ほぼ日」の中のコーナー「観たぞ、平昌オリンピック!」を覗かなくてはいけない。
どうして「覗かなくてはいけない」と、助動詞「must」を使っているのか自分でもよくわからないのですが、このコーナーには私と同じスポーツ観戦が大好きな、でも素人たちがたくさん集っています。

正直私はスノーボードのハーフパイプの技の名前は長過ぎて、全然覚えられないし、お尻をタッチして交代するというのは、誰が決めたルールなのだろうと考えてしまうし、アイスホッケーのパックをもう少し大きくするとか、蛍光色を塗るとかして、見やすくしていただけないだろうかと希望するような、素人中の素人です。
私のような、その競技の知識はないのだけれど、一生懸命頑張っている選手たちを、精一杯応援したいし、一緒に楽しみたいと思っている人たちが集まってわいわい騒いでいるのが、「観たぞ、平昌オリンピック!」なのです。
画像なし、テキストのみで、LIVEでもない。
各自思い思いに投稿し、担当者が厳選した選りすぐりの投稿が、翌日に掲載されるという時差があるページ。
それなのに面白い。
「そうそう、私も思ったー」といった共感がいっぱい。
オリンピックや陸上の世界大会などの際に作られるこのコーナーの大ファンの私は、試合中継の合間にこれも見なくてはいけないので、忙しいのです。

え?
デンタルクリニックの予約はどうなったのかって?
歯の検診を受けている時間なんてないと気付いた私は、予約はオリンピック後にすることにしました。

ハンカチ落とし

  • 2018年02月12日

ハンカチ落としという遊びを知っていますか?

近道だったので近所の公園を突っ切って歩いていたら、子どもたちがやっていました。
ハンカチ落としで大盛り上がりをしている。

おかしい。
どうしてハンカチ落としで盛り上がれるのか?

私が子どもの頃にも、ハンカチ落としはとてもポピュラーな遊びとして存在していました。
がしかし、盛り上がるのは非常に難しい遊びだったとの記憶しかありません。

ハンカチ落としをご存知ない方がいるかもしれないので、説明をしますと・・・まず子どもたちは円陣を組み、内側に向いて座ります。
鬼は1人で、その鬼はハンカチを手の中に隠すようにして持ち、円陣の外側を歩きます。
時々立ち止まって、誰かの背後にハンカチを置くフリをしたりして演技をします。
そうしながら一人の子の背後に本当にハンカチを置く。
座っている子たちは後ろを見てはいけない。
ハンカチが置かれたかどうかは、前を向いたまま手を後ろに伸ばして、探ることしか許されていない。
ハンカチを置かれた子に気付かれないうちに鬼が一周して、またその子の背後に立てたらポンと背中を叩く。
これで鬼の勝ち。
背後にハンカチを置かれたことに気付けなかった子は、次の鬼になります。
鬼が一周している間に、自分の背後にハンカチが置かれているのに気付けた場合は、鬼を追い駆けます。
自分が座っていた場所に鬼が到達する前に、鬼にタッチできたら、鬼の負け。
また鬼となってしまった子は、再び円陣の外側を歩きながら、誰かの背後にハンカチを置くフリをします。
これが延々と続く遊び。

私が子どもの頃は、なぜハンカチ落としをしたかというと、消去的に選択していった結果「それじゃハンカチ落としでもする?」といった流れになる場合がほとんどでした。
この「ハンカチ落としでも」の「でも」がポイント。
遊ぼうということになったのだけれど、スペースがそれほどないので走り回れない。
ゴム跳びや縄跳び、野球などをするには道具がない。
それに加えて十人前後で、多くもなく少なくもない、なんとも中途半端な人数だったり、年齢に幅があったり、男女が混じっていたりといった場合、あれはダメでしょ、あれも無理だよね、と知っている遊びを消していった先に見えてくるのが、ハンカチ落としでした。
が、盛り上がれない。
この遊びのクライマックスはやはり、ハンカチが自分の背後にあると気付いた子が、鬼を追い駆ける場面だろうと思います。
しかしながら、大抵の子がハンカチが置かれたことに気付くのが遅れる。
それは鬼がハンカチを置くのが、手を背後に伸ばした時に届かない場所だから。
ずるいのか?
それとも賢いのか?
背後にいくら手を伸ばして探っても、ハンカチがあることがわからない。
それで鬼に背中を叩かれて、初めて自分の背後にハンカチが置かれていたことに気付く。
これだと鬼を追い駆けるというシーンがない。
実に淡々と鬼が交代していくという遊びになってしまう。
なので、盛り上がれない。

とこういった思い出があるのです。
が、公園の子どもたちは物凄く盛り上がっている。
しばらく見ていると・・・鬼がハンカチを置く場所が子どもに近い。
手で探れば、すぐに気が付くぐらいの場所に置いている。
鬼が誠実なのです。
それでハンカチを置かれた子はすぐに気付き、鬼を追い駆ける。
これによって非常に盛り上がっているようなのです。

ハンカチを置く鬼が卑怯じゃなければ、こんなに盛り上がれる遊びだったのかと気付く2018年の冬。
公園で一人立ち尽くしてしまいました。


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