ほんの一時期、着物熱が高まったことがあります。
なにがきっかけだったのかは覚えていません。
ただ着物を、さらっと着こなせる人になりたいと思ってしまった。
でもどうしていいか分からない。
そこでネットでざっくりと基礎を学び、「初めての」とか「初心者」「誰でも」といった単語が付いているものを片っ端から購入。
そうして桐材の衣装ケースや、長襦袢、草履などをネットでゲット。
必要最低限のアイテムを揃え終えると、いよいよ着物を。
さすがに高価な着物は、まだ早いと考える常識は辛うじてあり、ネットでリーズナブルな小紋と帯を入手。
次に一人で着られるようになると謳うDVDを購入。
このDVDを見ながら練習。
練習を重ねるもなかなか上達しない。
それなのに脳内では着られることになっていて、着物や帯などをどんどん買ってしまうように。
我に返ったのは半年後。
あれほど夢中だったのに、着物への情熱は限りなくゼロに。
残ったのはでかい桐材の衣装ケースと、大量の着物や帯。
結局自分で着物を着ることは出来ず、不用な物を大量に抱えることになりました。

残念な思いでいっぱいでしたが、やがてそれさえも忘れる。
思い出したのは引っ越しを決めた時。
普段は見て見ぬふりをしていましたが、引っ越しとなれば、そうはいかない。
これをどうするか・・・無駄な買い物をした過去の己としばし向き合う。
今後もう一度着物熱が沸騰するかもしれないと考え、引っ越し先にもっていくか・・・いや、ないな。
と、判断し、丸ごと処分を決定。
引っ越し業者に処分を依頼したら、結構な金額を言われ、迷走の後始末にはコストが掛かると思い知りました。
小説「腕が鳴る」には、クローゼット問題を抱える人物が登場します。
長尾康代はフルタイムで働きながら、家事と子育てに奮闘中。
忙しい身でありながらも、リビングもキッチンも、洗面所も整理整頓が出来ている。
ところが自室だけがカオス状態になっています。
大量の服がクローゼットに収まらず、部屋を侵食。
それを見た整理収納アドバイザーの真穂は、片付けを棚上げして作戦を康代に耳打ち。
康代は半信半疑ながらも、真穂の作戦を実行していきます。
果たして康代のクローゼットは片付くのか。
本書でご確認ください。
病院の待合室で。
椅子にはたくさんの患者たち。
その病院は予約してあっても、長く待たされることが常態化しています。
恐らく医師が患者の話をじっくり聞き、診察も丁寧だから。
そうであればこそ、多くの患者たちが押し寄せる。
だからたっぷり待たされる。
帰宅出来るまで長時間になるのを覚悟して臨むべき病院です。
覚悟をして臨んだその日、待合室で番がくるのを待っていると・・・斜め前方に座る男女に目が留まる。
二人ともとても小さな声で話をしている。
それでも私の場所からは内容を聞き取れる。
どうやら二人は夫婦のようで、夫はどうしてこのような状態になるまで放っておいたのかと、妻を責めている。
妻はたいしたことないと思ったからだと答える。
すると医者でもないのに自己判断するなと夫。
うるさいと妻。
徐々に二人はヒートアップしていく。
もう小声ではなくなり、待合室の患者たちに丸聞こえに。

患者たちの多くはスマホを弄っているものの、夫婦喧嘩のライブにも、しっかり耳をそばだてているといった風情。
妻はワンオペで育児をするのがいかに大変だったかを語り、夫は男の育児参加など、大企業勤務者でしか出来ないことだと言う。
喧嘩って、こんな風に揉めていた点から、テーマがどんどん発展していきますよね。
こうなると、最初なにで揉めていたのかも忘れてしまうぐらいで。
小説「腕が鳴る」に登場する、鶴元大輔と直子の夫婦の場合もそう。
夫婦喧嘩の発端は、大抵家の中が片付いていないこと。
直子が買ったダイエット器具や、冷え性対策グッズなどが、リビングに溢れていて、足の踏み場もないことに、大輔がキレるところから喧嘩はスタートします。
「行き届きませんで、あいすみません」などと言う女じゃない直子は、「働いていて時間がないんだから、しょうがないでしょ」と反論する。
で、喧嘩のテーマはどんどん発展していく。
二人とも相手を責め続け不満をぶちまける。
どっちかが疲れたら、今日の喧嘩は終了となる。
なにも解決していない。
だからまた喧嘩を繰り返す。
これにうんざりした大輔が、整理収納アドバイザーに依頼するところから、この小説は始まります。
整理収納アドバイザーから、思いがけない提案をされた二人が、夫婦としての暮らし方を模索していく姿が描かれています。
シチューが完成するまでまだ時間が掛かりそう。
そうだ。
こういう隙間時間を有効に使おう。
と、考えました。
キッチンから離れられないのですから、キッチンで出来ることを。
ならば、キッチンの吊戸棚の整理をちゃちゃっとしてしまおう。
と、思いつく。

我が家の吊戸棚はそこそこ高さがありまして、手を伸ばせばなんとか届くといった程度。
このため棚の奥にあるものは、つま先立ちをしても見えない。
そこで入居直後にケースを5個購入。
取り出し易くしようと、持ち手が付いているケースを選びました。
料理に使う細々としたものを、5つにテキトーに分類して吊戸棚に収めました。
テキトーに分類しましたが、使っているうちに鰹節は左から二つ目に、煮干しは左端にあると覚えていくので、特段不便も感じていませんでした。
で、この日、滅多に手を伸ばさない右端のケースを整理することに。
するとビーフンが。
賞味期限を見てみたら・・・2023年。
乾物の賞味期限は結構長いと思うのですが、それを2年も超えている。
更に白玉を発見。
白玉は好きなのですが、粉を練るのが面倒だと思っている時に、すでに練り上がっているものを発見し、喜び勇んで買ったという記憶がうっすらと蘇る。
フィルムを剥いて包丁でカットすればOKというもので、熱湯に入れれば数分で完成すると、パッケージに書いてあります。
そしてこちらの賞味期限も2023年。
2年は長いようで短いと思い知る。
更にココナッツミルクを発掘。
液体の状態で紙製の容器に入っているもの。
もしかしてと思いながら賞味期限をチェックすると・・・2023年。
この2年間を反省。
新刊小説「腕が鳴る」に登場する、安達タカ子のキッチンも訳アリです。
買い溜めたものが溢れています。
大量の食器とカップラーメン、レトルト食品らが棚に収まらず、床に直置き状態。
恐らく私のように、賞味期限を年単位で過ぎてしまっているものもあることでしょう。

どうしてこのようになったのか・・・。
5年前に夫が亡くなり、タカ子の暮らしは一変します。
それがキッチンのカオスのきっかけに。
それまでのタカ子の人生、夫を亡くしてからのタカ子の人生はどんなものなのか・・・是非本書でご確認を。
部屋を片付けると決意したとします。
どこから始めるか。
それを見極めるには、散らかってしまった最初の一歩がどこだったのかを、認識するのが肝要そうです。
スタート地点を理解することによって、片付けるための道筋を見つけ易くなりそうに思うのです。
私の場合はちょい置きがスタート地点。
一時的に置く。
仮に置く。
今日だけ置く。
という理由をつけて、本来置くべき場所ではないところに置くのが始め。
そして気が付けば、そこが定位置になってしまっているのです。
以前住んでいたマンションには、応接コーナーを用意していました。
仕事関係者を招き、そこで打ち合わせが出来るようにしていたのです。

が、そこのソファに書類にちょい置きしてしまった。
気が付けばソファには書類の山脈が。
で、今日は来客があるという日はどうするかというと・・・書類をバスタブに移す。
部屋の中を探し回った結果、空いている空間はバスタブしかなかったもんで。
この移す作業が面倒。
打ち合わせが終わったら、またバスタブの書類をソファに戻す作業もあるし。
書類を収めるべきファイルなどに、片付けてしまった方がいいと分かっている。
十二分に。
でも片付けるための時間を作ることを厭うのです。
そしてその場しのぎを繰り返すことを選択してしまう。
新刊「腕が鳴る」の中にも、ちょい置きでカオスとなった部屋に住む人物が登場します。
浅田千栄は高坂重里と2人で暮らしています。
2人は共にちょい置きの天才。
一般人が見つけられない隙間を見つけることが出来るので、そこに物をちょい置きするのです。
そして2人共ちょい置きした場所を忘れる天才でもあるため、リビングはカオスに。
買い置きがあったはずの風邪薬は、必要な時に見つからない。
こんな千栄が一念発起して、整理収納アドバイザーの真穂に片付けを依頼。
プロの手によって、リビングはすっきりと片付きました。
部屋の片付けは終わったのだけれど、千栄の仕事がどん詰まりになっていると知った真穂は、あれやこれやとアドバイス。
千栄は反発を覚えながらも、自分の人生を見つめ直していくように。
千栄がどのように変わっていくのかをお楽しみください。