タイミング

  • 2019年04月25日

春のファッションを楽しめる季節になり、ブラウスでも買おうかなぁとネットショップを訪問。
するとそこは、すでに夏真っ盛り。
季節が一つ先をいっている。

昔、ネットショップがなくリアル店舗だけだった頃も、この時間差にいつもやられていました。
欲しいなと思って買いに行くと、すでに次の季節の商品が並んでいて買えない・・・といった目に遭う。

この商習慣は、リアル店舗でもネットショップでも変わらないんですね。
不満に思っているのが私だけなのであれば、皆さんは何ヵ月も先に着たい服を探し、計画的に購入しているってことなんでしょう。
だから四月に長袖のブラウスを探したって、大抵が売り切れている。
服の購入を事前に、しかも計画的に出来るなんて凄い。

実は事前に計画的に出来ないというのは服だけじゃない。
旅行もそうなんです。
「今度の休暇にどこか行こうよ」「そうしよう」「どこにする?」といった相談を友人らと始める時期が、休みの二ヵ月前ぐらい。
「ここは?」「このツアーがいいんじゃない?」と考えがまとまり旅行代理店に行くと・・・すでにそのツアーは売り切れている。
第二希望、第三希望も予約で埋まっていると言われ、もうどこでもいいですからと旅行代理店スタッフに泣きつくというのが、お決まりのパターンでした。
そしてもっと早くに動いておかないとダメだねと反省するのですが、次の休暇の時にまた同じ顛末になるのです。

だから希望している宿に泊まれたことがない。
同じ街の他の宿は満室なのに、空いていますといった宿になる。
そこには満室ではなかった理由がある。
だから「ん?」といった宿になる。
更に予算よりも高くなる。
お手頃やお値打ちのツアーは、とっくの昔に完売している。
残っているものには、皆が敬遠した理由が存在している。
その多くは価格。
どうしても旅行に行きたければ、当初の予算額を引き上げるしかなくなっているのです。
旅行代理店スタッフから「これもすぐに売れてしまうと思いますよ」と焦らされて、「じゃ、それで」と妥協して申し込むことに。

そして振り返ってみると・・・余裕をもって事前に計画を立てられないのは、服や旅行だけじゃなかったなと。
人生もそうでした。
他の人が十年、三十年後の生活を考えて、人生設計をしているのに、私には出来ませんでした。
結論を出さなくてはいけない場面になって、ようやく考える。
しかも長期的な計画は立てられず、現在とちょっと先ぐらいのことまでしか考えが及ばない。
だから随分と寄り道をしましたし、間違った方向へ進んだことも。
ただ人生の場合は、そうした寄り道がすべて無駄だったようには思えない。
どんな場所でも学ぶことはあって、遠回りしている間に経験したものは糧となっている・・・と思いたい。

計画的に人生設計するのは大事です。
大切なあなたの人生ですから。
でももしその計画通りに進まない事態になっても、焦らないでください。
そこで経験したことは、後々あなたという人間の幅を広くしてくれるはずですから。

固定観念

  • 2019年04月22日

子どもの頃に食べた記憶はなく、いつの間にか食卓に登場し、今や確固としたレギュラーの地位を獲得した野菜。
それはミニトマト。
一体いつ頃から食卓に登場したのでしょうか。

昔のトマトは黄緑色の部分が多くあるものも売られていて、硬かったような気がします。
それはやがて真っ赤なものばかり売られるようになり、ジューシーなものに変化。
包丁でくし型切りにして、サラダにどーんと入っている野菜でした。

そして皮はしっかりしているものの、中にトロトロした部分があるため、お弁当に入れられることはありませんでした。
それがミニトマトの場合は、カットせずに投入できるため、皮で守られてトロトロが出ない。
これによって、弁当箱の中でもしっかりとレギュラーの地位をゲット。

トマト界において、ミニトマトは成功者といっていいのでは。
従来サイズのトマトからは嫉妬されているんじゃないでしょうか。

このミニトマト、誰が開発したのか知りませんが、当初は理解されなかったんじゃないかと想像します。
「大型化するんだったらわかるけど、小さくするって? おかしいんじゃないの」といった意見が圧倒的だったのでは。
そうした否定的で無理解な周囲の声にもめげずに、信念を貫き通しで開発した・・・ドラマになりそうですね。

野菜に限らず新しいものを生み出そうとする時って、まず固定観念をもっている人と戦わなくてはいけないのですが、これがなかなか大きな壁だったりしますよね。

そして年を重ねてきて思うのは・・・自分の固定観念で、新しい発想を否定しないようにしたいということ。
そこそこ経験があると、それまでのやり方に固執して、それがベストだと思い込んでしまいがち。
でもそうじゃないかもしれない。
違う視点からの意見や、新しい発想の意見を、素直に聞ける耳をもっていたいと思います。
これって、結構難しい。
常に頭を柔らかくしておく必要がありますね。

小説の原稿が完成した時、編集者に読んで貰います。
読み終わった編集者から意見が出ます。
大きなことから、小さなことまで。
その中には思いもよらなかった意見が出されることも。
そうした意見の一つひとつを吟味して、最終的には自分で判断しなくてなりません。
編集者の意見に従って直すのか、それとも直さないのか、或いは別のアイデアで解決するのかといったことをです。
そうした時、迷います。
かなり悩みます。
正解がない問題を解いているような状態ですしね。
こうした時に自分はこうしたいといった視点ではなく、読者にとってはどうなのかといった視点で、編集者の意見を吟味できるかどうかが大事。
新しい発想を、そんなの聞いたことがないとか、書いたことがないといった、未経験を理由にシャットアウトしないというのを、肝に銘じるようにしています。
言うは易く行うは難し、なんですけれどね。

慰める

  • 2019年04月18日

友人A男が離婚しました。
15歳年下のB子と、二度目の結婚をしたのは去年のこと。
A男は2度目でしたが、B子は初めての結婚。
B子の希望通り、結婚式は大きなホテルで盛大に開かれました。
A男はB子にべた惚れで、仲間たちは散々のろけ話を聞かされ続けました。
が、破局したそうで、A男を慰める会を開くというので参加することに。

現れたA男はすっかりやつれていて、掛ける言葉を思い付けない。
離婚の理由や経緯は聞かずに「まぁ、元気出してよ」と言う程度。
乾杯していいんだか、いけないんだかわからず、各自おずおずと勝手にグラスに口を付けるというぐずぐずのスタート。

当たり障りのないテーマを選びながらA男をチラ見。
ちょっとお酒を飲むスピードが速い気がするも「ピッチが速いんじゃないの」と誰もツッコめない。

そんなこんなでありながらも宴は進み、1時間程経った頃でした。
ふと、A男に目を向けると・・・泣いていた。
50代のオッサンの涙は、いろんな意味でこっちを哀しくさせる。

静まり返った部屋で「俺と同じ部屋で呼吸するのも嫌だと言われた」と言ってA男は泣く。
B子がそのような発言をするまでには、色々なことがあったのでしょう。
こうした場合には大抵「もっと素敵な人に出会えるさ」的な言葉を掛けてきました。
若い頃には。
が、50代のオッサンに、この言葉を掛けてもいいのかといった疑問が。
ちょっと無理矢理な慰めの言葉ではないのかといった、抵抗感を覚える。
しかしながら、いつの間にか人生は100年時代となっているようなので、まだまだこれから大恋愛をする可能性がゼロではない。
とするならば、20代の頃に掛けていたのと同じ言葉「もっと素敵な人に出会えるさ」を言ってもいいのでしょうか?

躊躇する私より先に仲間の一人が発言しました。
「いい経験をしたと思えばいいさ。別のところにある縁と繋がるために必要な、別れだったのかもしれないぞ」と。
お見事。
思わず、その発言者に拍手を送りたくなりました。
このアドバイスのあやふやさが、素晴らしいじゃないですか。
もっと素敵な人に出会えるとは言わずに、経験というフォルダーに入れてしまえとアドバイスしているのです。
更に「別のところにある縁」といった表現をすることで、恋愛対象者に限定させずにぼやかしている。
これによって趣味や仕事や社会貢献といった、様々な世界で活躍できる可能性があることを遠回しに示している。
この深い言葉を言ったのも50代。
さすが。

今度同じようなケースに出くわした時には、この言葉を使わして貰おうと頭の中にメモしました。

映画「ファウンダー ハンバーガー帝国のヒミツ」

  • 2019年04月15日

今日は最近観た映画の中から面白かったものをご紹介。

まずは「ファウンダー ハンバーガー帝国のヒミツ」。
この星で知らぬ人はいないのではないかというほどの存在である、マクドナルドが誕生するまでの実話を基にした映画です。

私はマクドナルドの歴史について全く知識がありませんでした。
だから冒頭でレイ・クロックというオッサンが、アメリカの地方の町を一人で営業して回る姿が描かれている時には、頑張ってるなーといった思いで観ていました。
やがてこのオッサンはマクドナルド兄弟と出会い、彼らが始めたビジネスに猛烈に惹かれて、自分もやりたいから契約してくれと言い出します。
この時点でなんかヤな感じがしてくる。
押しが強いオッサンに対して、マクドナルド兄弟は人がいい。
だからマクドナルド兄弟が酷い目に遭いそうなで、マズいんじゃないのと、兄弟に注意してあげたくなる。
そして残念ながらこの予想通りの展開に。
レイはマクドナルド兄弟から根こそぎ奪っていく。
夢や理念や希望や未来を。
観終わった時、深い吐息が出ました。
一人の男の成功ストーリーとしてだけでなく、映画としての面白さも楽しめる作品です。

次は「ハロルドとリリアン ハリウッド・ラブストーリー」。
こちらはドキュメンタリー作品です。

この作品を観て映画の世界に「絵コンテ作家」と「リサーチャー」という存在がいることを知りました。
絵コンテ作家であるハロルドと、リサーチャーであるリリアンの夫婦の物語です。
長年連れ添った夫婦の物語が大好きなので、この作品も期待して見始めました。
生い立ち、周囲の反対、生活苦・・・様々な困難を二人で乗り越えていく様が、当人をはじめとした多くの人へのインタビューによって描かれます。
更にそれぞれの仕事についての変遷も紹介されます。
有名な映画がどんな風に作られていったかといったエピソードも、興味深いものでした。
ハロルドは脚本を読み監督の頭の中を想像し、手書きで絵コンテを作成します。
それは、こういったアングルで、こういったセットでといったことが、ひと目でわかるような絵です。
その絵の通りに撮影していけばいい・・・それって、もうあなたが監督なんじゃないの? と言いたくなるような仕事。
それなのにクレジットに名前が出ないこともあったという裏方仕事。
そして妻のリリアンが担当していたのは、リサーチの仕事。
映画に説得力をもたせるため、実際はどういったものなのかを調べ上げるのが役目。
資料を探したり、ツテを頼って当事者に話を聞きに行ったりといった仕事で、時にマフィアにアポを取ることもあったようで。
そんな大変な仕事を、とても楽しそうに回想していたリリアンの姿が新鮮でした。
結婚離婚を繰り返すハリウッドにいて、ハロルドとリリアンの愛情は確固としていて、傍目からは羨ましいを通り越して、美しく見えます。
一人の人を深く愛して、また愛されていると感じられることの幸せ・・・その素晴らしさに気付かされるドキュメンタリー映画です。


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